閑話 社会の影で動く者達
閑話 社会の影で動く者達
──時は僅かに遡る。
サイド なし
去っていく『インビジブルニンジャーズ』の背中を、山下が目で追う。
しかし、周囲にいる警官たちを押しのけてまで話しかけに行こうとは思えなかった。
彼は、ダンジョン内で謎の集団に殺されそうになった所を『インビジブルニンジャーズ』に助けられた。
しかし、山下は疑問に思う。なぜ、彼らはこのタイミングであの場に居合わせたのだろうと。
「………」
はたして、それは本当に偶然なのか。
『インビジブルニンジャーズ』の構成員であるあの2人は、間違いなく『Cランク』以上の実力を持っている。それが、何の理由もなく『Dランクダンジョン』に来るものだろうか?
無論、救われた事に感謝はしている。だが、あまりにも不可解であった。
「いったい……何が起きているって言うんだ……」
「それはこちらの台詞だよ」
目の前から聞こえた声に、山下が勢いよく顔をあげる。
そこには、全身を黒い布で覆った不審者がいた。『錬金同好会』のメンバーである。
元々2人のメンバーが山下の護衛の為ゴーレムを引き連れてやってきていたが、更にもう1人来ていたらしい。
そして、その者の声を山下は知っている。
「会長……!」
「声で気づかれるかもしれないから、小声で話したい。君の耳なら問題ないね?」
いつの間にか、周囲に警官たちはいなくなっていた。数人がストアの受付で事情聴取や防犯カメラの確認をしているが、山下の近くには同好会メンバーと今回のパーティーメンバー。そして戦闘用ゴーレムのみ。
警官たちは何か言いたそうに彼らを見ているが、『上からの圧力』により同好会に対して余計な詮索はしないよう命じられている。
なお、圧力をかけた張本人が同好会の長なので、職権乱用と言えた。
「まず、無事であった事に祝福を。そして、軽率な判断に怒りを伝えたい。副会長も『この前警告してやったばかりなのですが』とケモ化薬を作りながら怒っていたよ」
「すみません……。まさか、自分が命を狙われるなんて……」
くしゃりと、山下が己の前髪をつぶす。
「よく考えれば、いつかこういう日がきてもおかしくはなかった。でも、勝手に自分は大丈夫だって……」
彼が特別平和ボケしていたわけではない。
日本で生まれ育ち、この前まで中小企業の平社員だった男だ。モンスターはまだしも、『人間』に殺されかける事を警戒するのは難しい。
しかし、もはやその『覚醒の日』以前の感覚が許される時代でも立場でもなくなった。ただ、それだけ。
「君の環境の変化が激しいのは同意するがね。今度からは気を付けてくれよ」
「はい……。具体的に、どう気をつければ良いんでしょうか?」
「取りあえず、周囲には信頼できる腕利きを常においておけ。たしか、君より強いギルメンも何人かいただろう?後、『縄張り』からあまり外へ出るな。君個人は暫く神奈川県内……いや。『ウォーカーズ』のビルがある付近だけに活動範囲を絞りなさい」
「そうします……」
尻尾をだらんとさせ、うつむく山下。会長は彼の隣に座り、小さく息を吐く。
「小言はこの辺にしておこう。私も忙しいので、現在わかっている事を君に伝える」
「え、良いんですか?そういうのって捜査情報のろうえ」
「何のことだね。私はただの一般人。偶然聞こえてきた噂話を、知人に話すだけじゃぁないか」
「……うっす」
あまりにも無茶苦茶な理屈だが、声高に否定する余裕もない。
そう思い、山下は彼の言葉に耳を傾けた。
「結論から言おう。君達を襲った犯人を捕まえるのは、少々……いいやかなり難しい」
「え?」
会長の言葉に、山下は首を傾げる。
そして、視線を一瞬だけゲート室の方に向けた。そこには当然監視カメラも、受付の自衛隊員もいる。
「それは、とんでもない実力者だからとか、もう国外に逃げた後だからとか、そういう事ですか?」
「違う。そもそも、顔も名前もわかっていない」
ますます言っている事がわからないと、山下が眉間に皺を寄せる。
「世の中にはね。自分の名義や口座を、はした金で他人に貸してしまう人は少なくないのさ。受付の証言や監視カメラに残っていたデータから、一応容疑者の顔も名前も把握している。だが、恐らくは姿をスキルか魔道具で似せた別人だ」
「そこは、ハッキリしているんですね」
「ここは不人気ダンジョンだからね。今日入ったのは君達3人以外だと、救助してくれたらしい2人組。そして、犯人と思しき4人組の合計9人だけだ」
「調べるのは簡単な人数だったと」
「ああ。すぐに全国の警察に容疑者の顔や名前を送り、冒険者免許に記載されている住所にも覚醒者の警官が向かったよ。そして……犯行の時間、4人とも別の所で目撃されている事がわかった」
1人は競馬場。2人は大阪の高級クラブ。残る1人はパチンコ店。
全員自分の名前を貸して手に入れた金で、刹那的な享楽に浸っていた。最近突然羽振りが良くなったという近隣住民の証言も、既に上がってきている。
「4人とも確かに覚醒者だし、冒険者免許も取っている。だが、調べてみたら『Dランク』どころか『Eランク』相当の腕前もない。しかし、確かに彼らは正規の手順で昇格試験をクリアしている」
「それって……今回の犯人たちは、以前からその4人に変装して冒険者をしていたって事ですか……?」
「ああ。前々から、『弾』として準備はしてあったのだろうね。姿と名前を偽り、犯人たちが昇格試験を受けていたらしい」
スタングレネードなんて物を使った段階で、突発的な犯行でない事は明白だった。しかし、これが計画的な犯行であったという根拠がより強くなる。
山下の背筋に、冷たい汗が流れた。それだけ、自身に向けられている殺意が強いという事なのだから。
「厄介な事に、この『弾』の用意は君だけを狙っての事ではないだろう。名前と顔で追えない『戦える覚醒者』というのは、テロ屋からすれば喉から手が出るほど欲しい人材だからね。今頃、政治家や金持ち達がこぞって自分の警備を再チェックしている事だろう」
「いったい、どんな組織が」
「そこまではまだ不明だよ。捕まった4人も、すぐには喋ってくれない。彼らは大なり小なり借金を抱えていたが、借りていた先も別だ。そこから探るのも時間がかかるだろう」
「そういう借金持っている人って、試験で落とされたりしないんですか?」
「明確に反社からの借金だと証明されていなければ、『D』までなら無視されるよ。無論、大抵そういう者達は面接でやらかすのだけれど……変装していた者達は真面目君ばかりだった様だ」
再度、会長がため息をつく。
「現在、実行犯の指紋や落ちていた髪の毛から追いかけているが……突き止めるのは難しい。前科持ちなら楽なのだがね。これだけの計画を練った相手だし、望み薄だろう」
「……実行犯たちは、明らかに『Cランク冒険者』相当かそれ以上の実力を持っていました。その辺りの情報から、追う事は出来ませんか?」
「一応、ダンジョン庁とも協力して君が襲われた時間『Cランク冒険者』達が何をしていたか調べているが……『隠しダンジョン』を使ってレベル上げした可能性も捨てきれない」
『隠しダンジョン』
テレビゲームの攻略本にでも出てきそうなその言葉は、現在『重大な犯罪行為』として認識されている。
通常、ダンジョンのゲートを発見したら即時にその地方自治体や警察に通報する義務が、ダンジョン法により定められている。
だがしかし。通報をせず、自分や所属組織でのみ保有し利益を得ている者達もいた。
『プライベートダンジョン』とも呼ばれ、主に反社等が資金源かつ『兵隊』の戦力増強に使っているとされている。
モンスターを倒す以外でもレベルを上げる手段はあるが、ダンジョンに通う以上の効率的な手段はない。故に、昇格試験に落ちた脛に傷がある冒険者がそういった反社グループに所属してしまうケースもある。
ダンジョン庁と警察で裏ルートで売られているドロップ品を追いかけているが、全てを捕らえる事は未だ出来ていない。
「個人で『プライベートダンジョン』を持っている愚か者は、ドロップ品の販売ルートが杜撰だからちょくちょく見つけられるのだが……蛇の道を知っている輩は、正直難しい。大きな声では言えないが、外国や議員と手を組んでいる者達もいる」
そう言って、彼は視線をストアの自動ドアへと向けた。
「今回の一件は、『偶然居合わせたCランク冒険者』が君達を助けてくれたから発覚した事だ。もしも山下君達が全滅していたら、ただの事故として処理されかねなかったよ」
「……偶然、ですか」
「ああ。偶然、ね」
そう口にしながら、山下も会長もこれがただの幸運だとは思っていない。
実際は完全に偶然なのだが、先入観とは恐ろしいものである。
「……これも、噂話に過ぎないのだがね」
「なんでしょうか」
「『インビジブルニンジャーズ』という組織は、恐らく存在しない。だが、その名前を隠れ蓑にして、英国貴族出身で現在は大学教授をやっている『とある人物』が何か動いているかもしれない。……なんて話を、知り合いの自衛官から聞いてね」
「英国貴族で、大学教授ですか。それはまた……数学の教授だったりしません?鷲鼻の」
「人類学か考古学かは忘れたが、数学ではなかったよ。それと女性で、エルフの美女だそうだ。ナポレオンというより、ナポレオンに口説かれる側の見た目だね」
「エルフ……」
「今回君を助けてくれた者の1人は、その教授のお孫さんらしい」
貴族の出でなおかつ大学教授。本来ならむしろ社会的信用が高そうな組み合わせだと言うのに、却って胡散臭いと山下は苦笑を浮かべる。孫が動いたタイミングを含めて、余計に。
恐らく、この場に件の大学教授がいたら全力で首を横に振るだろう会話がされていた。
「まあ、彼らは今回に限り味方なのかもしれない。そうでなくとも、君を狙った組織と敵対関係だと予測できる。こちらもリソースは限られているのだ。直ちに危険はないと見逃す他ない。それよりも」
「私を狙った組織の方に警戒すべき、ですね」
「ああ。もっとも、候補が多すぎて見当もつかないがな」
お手上げだと、会長が両掌を上に向ける。
『ウォーカーズ』は、急激に大きくなりすぎた。
諸外国が、メンバーの引き抜きに邪魔だからと山下を疎ましく思ったのかもしれない。
ギルメンの誰かが、山下を排除して組織の多大な影響力を奪おうとしたのかもしれない。
別の冒険者集団が、自分達の活動に悪影響が出るかもしれないと山下を危険視したのかもしれない。
他にも政治家に財界人。反社会的勢力に、テロリスト。最近海外で話題となっている反覚醒者団体や新興宗教等々。
可能性で言えば、両手の指では足りない数の容疑者が出てくる。
「……彼らは、今回の失敗をこのままにしないはずだ。何らかのアクションを起こすに違いない。その時に、上手くカウンターが出来る様に備えるしかないだろう。残念ながら、未だ警察に『スキルを使った犯罪』への完璧な対抗策はない」
『覚醒の日』から、およそ2年と2カ月。
社会が新たなる理に適応するには、まだあまりにも時間が足りていなかった。
「精々気を付けたまえよ、山下君」
「……ええ」
強く拳を握りながら、彼は頷く。
「絶対に生き延びます。もう、俺だけの問題じゃぁない」
「ほう……」
瞳を輝かせる青年に、会長は面白そうに笑う。
彼も、かつては希望と野心に燃えていた頃があった。今は我欲を満たす事にしか興味をもてず、それを改める気すらない。
しかし……この青臭い光を、少しだけ綺麗だと思う感性はまだ残っていた。
「なるほど……副会長が気に入るわけだ」
「はい……?」
頭巾越しかつあまりにも小さな声だった故に、山下は上手く聞き取れずに首を傾げる。
「治癒用のポーションと結界発生装置を追加で『ウォーカーズ』の事務所に送っておく。お守り代わりに持っておくんだな。護衛役にも渡しておきなさい」
「良いんですか?」
「貸しにしておく。無利子無期限の、出世払いで良い。だから絶対に返しにこい。さもなければ地の果てまで追いかけるぞ?副会長が」
「なにそれ恐い」
「くくくく……!変な薬を飲まされたくなければ、借金の踏み倒しなんぞしない事だな」
悪役めいた笑い声をあげた後、黒いマントを翻し会長が立ち上がった。
「私はこれからかなり忙しくなる。もっとも、きちんと有給が取れる程度の忙しさだがね。ダンジョン庁や自衛隊ほどブラックな環境で働く気はないよ」
「お疲れ様です。それと、色々ありがとうございました」
背中を向けた会長に、山下も立ち上がり頭をさげる。
「ああ、それと」
歩き出した会長が振り返り、山下に人差し指を向ける。
「君の妹さんや友人がかなり心配していたぞ。潔くお説教を受けるんだな」
「……はい」
自分1人の問題ではないと、山下自身が言ったのだ。
ならば、『頼りになる仲間達』にも全て相談するべきだろう。彼ら彼女らも、狙われる立場かもしれないのだ。
猫耳と尻尾を揺らして、山下は己の頬を叩く。
「……よし!」
ちょうど会長と入れ替わる様に、省吾達が慌てた様子でストアに入って来る。彼らは山下を見つけ、名前を呼びながら駆けだした。
その姿に苦笑を浮かべながら……日本最大手の冒険者集団。『ウォーカーズ』のギルドマスターは仲間達のもとへと歩き出す。
──彼はまだ、立ち止まらない。
またしても何も知らない有栖川教授
「くちゅん……!はて、誰か噂でもしているのでしょうか。ん?アイラからメールが……は?ミーアが?」
読んでいただきありがとうございます。
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