第七十四話 焦る乙女
第七十四話 焦る乙女
自分達は警察の質問攻めから解放されたが、直接の被害者である山下さん一行はそうもいかないらしい。
大変だなぁと遠目に眺めつつ、イヤリングに触れる。
「これ……僕らはもう帰って良いんですよね?」
『そのはずだな。警官が1人も『送ってあげようか?』と言いに来ないのは不快で不可解だがね』
「しょうがないでしょう。凄く忙しそうですし。というか、三好さんの車がありますので……提案されても困るのですが」
『ほう。パトカーで警官に送られるよりも、爆乳美女に車で送ってもらう方が良いという事か。このスケベめ!』
「黙れボケナス」
『シンプルな罵倒はやめるんだ、京ちゃん君。私の心は君が思っているより弱い』
「めんどくさ……」
そんな事を話していたら、受付の方に行っていた三好さんが戻ってきた。
「お待たせしました、矢川君。トラブルはありましたが、探索は無事終了です。ドロップ品や討伐報酬のお金は口座に振り込まれているはずなので、確認してください」
「はい。ありがとうございます」
「いえ。それと、ボスモンスターのドロップなのですが……」
そう言って、彼女が取り出した銀色の指輪。
内側に金色の文字で何かの呪文が刻まれたそれは、ファンタジー系の映画やゲームに出てくる魔法の指輪めいている。
だが実際は魔道具の『材料』だ。
自分が使っている『炎馬の指輪』の様な魔道具を作るのに、一役買うらしい。具体的にどうやって作るのかまでは、『魔装』の本を見ながらでないと何とも言えないけど。
しかし、残念な事にこの指輪のランクでは大した物は作れない。売ってしまうのが妥当だろう。
「どうしますか?矢川君は錬金術を使うと姉さんから聞いていますが」
「いえ、特に欲しくは……」
「わかりました。では売ってしまいましょう。山下さん達とも、話はついていますので」
彼女がチラリと視線を向けた先には、相変わらず警察に囲まれて何やら話している山下さん達がいる。
何やら話したそうな顔でこちらをチラチラ見ているが、感謝や謝罪ならダンジョンを出るまでに散々聞いた。
……それに、今はあちらに近づきたくない。
黒い覆面姿の人物が2人、彼の傍にいる。
『錬金同好会』
ネットで、彼らが会合を開く時の服装は知っている。同盟関係にある『ウォーカーズ』のギルドマスターがいる以上、偽物ではあるまい。
流石に、ただ立っているだけで固有スキルの事がバレる事はないと思うが……予想が外れた場合のリスクが高すぎる。
山下さんには悪いが、ここは帰らせてもらおう。
「ゴーレムの積み込みは終わっていますので、運転をお願いします」
「わかりました。ああ、そうそう」
ニッコリと微笑み、三好さんが続ける。
「依頼の報酬は別に口座へ振り込んで──」
『依頼……?』
イヤリング越しに聞いていたらしいアイラさんが、ボソリと呟く。
そして、エルフの聴覚は鋭い。三好さんにもその声が聞こえた様で、その笑顔が硬直した。
……あ、これ面倒な事になるやつだ。
『どういう事だね。君達が突然2人でダンジョンに行くなんて変だと思っていたが、金銭で雇っていたのか。パパ活ならぬママ活、いいや姉活かねミーア!私がお姉ちゃんだぞ!!』
「人聞きの悪い事を言わないでください!冒険者から、冒険者への正当な依頼です!」
『でぇはその正当な依頼とやらの内容を言ってみたまえ!後ろ暗い事がないのなら私に教えてくれても良いだるぅぉおおおお!?』
「そ、それとこれとは別です。姉さんに教える義務はありません」
『京ちゃん君はうちの研究室と契約しているんだ。彼がどの様な副業をしているのか、知る権利はあるんじゃないかね』
「副業の内容を報告する義務について、彼との契約に明記しているのですか?そうであるのならともかく、無いのならやはり教える義務はありません!」
『確定申告等の問題が出るだろう!彼1人でまともに税金の支払いに対応できると思えん!私かババ様が手伝う事になるのだ、教えてくれてもいいだろう!』
「……ふ、副業と呼べるほどの期間の依頼ではありません」
『期間の問題ではないね。金額の問題だ。そして、彼ほどの冒険者を動かすとなると相応の報酬を支払う事になる。控除の範囲外になるんじゃぁないかぁ?そもそも彼は高校生。基本的な生活費は親が出している。つまり扶養被扶養の関係でも後々の面倒を回避する為そこら辺は明確にしていてほしいものだねぇ』
「くっ……!」
ねっとりとした声で追い詰めるアイラさんに、三好さんが悔しそうに歯を食いしばる。
……一応当事者だし、自分も口を挟んだ方が良いのだろうか。
「あの、アイラさん」
『なんだね京ちゃん君。別に君のお口からつまびらかにミーアの秘密を暴いてくれてもいいのだよぉ?』
「依頼された内容は、今回の事件と関係ない……と、思います。たぶん。彼女が狙われた可能性は低いので、落ち着いてください」
『………』
立て板に水とばかりにマシンガントークをしていたアイラさんが、ピタリと静かになる。
「その、今回の一件は明確に山下さん……『ウォーカーズ』のギルドマスターを狙った事件……の、はずです」
「矢川君……?」
訝し気な三好さんから、そっと目を逸らす。
アイラさんはたぶん、三好さんが何か危ない事に巻き込まれているんじゃないかと心配になっているだけだ。
それは姉として至極正しい感情であり、この人にしては真っ当な判断とも言える。
だから、まずはそこの心配をどうにかしたかったのだが……。
『……たぶんだの、はずだの。随分と不安そうに言うじゃないか』
「すみません……その、全く状況がわかっていないので。推測しか……」
不満げなアイラさんに、しどろもどろになりながら答える。
というか、たぶんだけど彼女は今冷静ではない。
本来なら祖母である有栖川教授や、三好さんの親御さんが会話に入ってくるべき所で、アイラさんだけが喋っている。普段の彼女なら何だかんだその辺の報連相はするはずだ。
恐らく、警察や自衛隊への通報を済ませた後は鏡にかじりついている状態で、他への連絡まで思考が回っていない。
これらも結局予測でしかないのだが、声の勢いが弱まったので的外れでもなかったのだろう。
イヤリング越しに、小さくため息が聞こえた。
『……良いだろう。君達の間にどの様な契約があったのかを聞きだすのは、後回しだ』
「はい。その、ありがとうございます。後日、三好さんと相談したうえでお伝えしますので……」
『では私も君に依頼する。京ちゃん君、ミーアを家まで送ってあげてくれ』
「わかりました」
「え、ちょ、ちょっと待ってください!」
こちらの会話を見守っていた三好さんが、少し慌てた様子で口を挟む。
「それでは矢川君が大変でしょう。帰りはどうする気ですか」
「いえ。ダンジョンの外ならスマホが使えるので、地図アプリを見ながら徒歩で帰ろうかと」
『そんな事をさせるか。住所を教えてくれればこちらでタクシー会社に電話をするから、それで帰ってくれ。エリナ君にも向かってもらうから、ゴーレムも運べる』
「あ、ありがとうございます」
「で、ですが」
『ミーア』
静かな声が、イヤリングから響く。
『お願いだ。わかってくれ』
「……はい。姉さん」
ギシリ、と。
彼女の拳が、音をたてた。
……さて。
三好さんには色々と思う所がある様だが、こちらにも考えねばならない事がある。
……流れで家に行く事を了承しちゃったけど、玄関までだよね?
背中に冷や汗が伝う。遊びに行くわけでもないし、自分から上がり込もうなどという気はないが、それでも相手は爆乳美人女子大生。
緊張で喉が渇き、頬が引き攣りそうになりながらも、どうにか仕事モードを維持する。
殺人未遂事件に巻き込まれた以上、彼女を家まで送り届ける事に否とは言えない。だが、当の三好さんはそれ以外の理由で非常にナーバスな様子である。
とっても気まずい。はたして、僕は生きて帰る事が出来るのだろうか……。
* * *
「だからですねぇ!私は『ちゃんとした子』でなきゃいけないんですよぉ!!」
どうしてこうなった。
三好さんを家まで送る……といっても、運転は彼女がしたのだが。その道中、彼女からそのまま家に寄っていく様提案されたのである。
曰く、『色々と迷惑をかけてたのに、もてなしも無しというわけにはいかない』と。
最初は当然断った。だが、営業スマイルを取り戻した三好さんの圧に勝てるわけもなく。車内という逃げ場のない空間で、気づいたら丸め込まれていた。
一応、ただ食べたり飲むだけではなく例のパーティーについてや、今日あった事に関しても話す予定でもあった。
そういうわけで、途中のスーパーで軽くつまめる物なんかを買って彼女の家に招待されたわけなのだけど……。
「うっぐ……ひっぐ……どうして、どうして私ってやつはいつも……!」
真っ赤な顔してるだろ。酔っているみたいだろ。素面なんだぜ、これで。
机の上には『ノンアルコール』のラベルが貼られたビール瓶がある。
──最初は、自分も正直浮かれていたのだ。
このノンアルコールビールは、三好さんが『少し大人な味でもどうですか?』と、帰り道でいたずらっぽく笑って購入した物である。
ただでさえ異性の、それも美女の家に招かれてしまったのだ。こちらは心臓が破裂しそうなのに、大人な雰囲気まで出されてはたまったものではない。
『賢者の心核』が限界を迎えて心臓が壊れるのではないか、と。心配していたのだが。
今日の事の感謝や謝罪をしながらノンアルビールを飲んでいた三好さんの様子が、段々とおかしくなっていったのである。
で、飲み始めて約5分。
「私だって頑張っているんですよぉ!勉強も、家の事も、冒険者も!なのにどうして何にもうまくいかないんですかぁ……!」
ねえこれ本当にノンアルだよね?
思わずビール瓶を手に取って確認するが、やはりそこには『ノンアルコール』の文字が。
「ん……!」
「え?あ、はい」
こちらが瓶を持ったのを曲解したのか、三好さんが空になったグラスを突き出してくる。
正面からだとつぎづらいので、椅子から立ち上がって横に向かった。
「ラベルは上に」
「はい」
すわった目で告げる三好さんに、頷いて返す。
……アイラさん。もう1回、イヤリングに魔力無理矢理流して良いですか?
「ん!」
「はい」
再び突き出された空のグラスにおかわりを注ぎながら、遠い目をする他なかった。
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