第八話 最弱のダンジョン
第八話 最弱のダンジョン
ライトが照らすダンジョンを進む事、3分。
『次を右だね。そうすれば』
「待ってパイセン。足音がする」
エリナさんの言葉に、足を止めた。
『五感強化』
名前の通り、視覚を始めとした5つの感覚を任意で強化するスキル。これにより、彼女は人間を遥かに超えた聴覚を発揮している。
右手に握る片手半剣の感触を確かめながら、前に出た。
白蓮はあくまで『いざという時の囮』であり、このダンジョンで積極的に戦闘をさせるつもりはない。言うなればお守り兼荷物持ちだ。
何より、このランクで戦えない様では冒険者業で稼ぐなど出来ない。
ポフポフと気の抜ける足音と共に、角から巨大なキノコ……『マタンゴ』が現れた。
学者さん曰く、嗅覚があるらしくそれによって人間を捕捉しているらしい。
こちらを発見したのか、短い脚で走って……走っているのか?あれは。
とことこ進んでくるマタンゴに、無言でナイフを投げる。風の加速を得た刃は、あっさりと突き刺さった。
衝撃で倒れたマタンゴが、少しだけジタバタとした後に塩へ変わる。
え、よわ。
……この辺の住民が、『避難』に反発する理由が凄くわかった。
などと考えるも、慌てて首を横に振る。油断や慢心など、ルーキーがして良いものじゃない。
近寄ってナイフとコインを回収し、エリナさんへ振り返った。
「えっと、お願い」
「おーけー!」
コインを差し出せば、彼女は虚空に四角形の『穴』を開けてそこに放り込んだ。
『空間魔法──アイテムボックス』
そう、あのアイテムボックスである。『鑑定』に並び数多のファンタジー作品で活躍する、アレだ。
エリナさんが何の荷物も持ち歩いていないのは、これがあるからである。
背中に何か担いだ状態で戦うのは、意外と大変だ。故に、確かに『便利』な魔法である。
だが万能ではない。容量は段ボール2箱分程度と聞いた。レベルが上がれば変わるだろうが、今はダンジョン庁が推奨している『ロープ』や『毛布』などの入ったリュックまで入れるのは大変だ。
少なくとも2人分はきついので、白蓮の出番である。
……このランクだとゴーレムを出す意味はなかったかもしれないが、『安心』は大事だ。
そう自分に言い聞かせ、ナイフを鞘にしまった。
『ふむ……動画では見た事あるが、やはり不思議な生命体だね。モンスターは』
イヤリングから、アイラさんの声がする。
エリナさんが首から下げている、ペンダント型の鏡。それをカメラにしている様だ。このイヤリングの方は、あくまで通信用らしい。まあ、小さいので見えづらいだろうし。
『しかし、何故塩になるのだろうね?可能なら持ち帰って欲しい所だが……』
「それだけは絶対にしませんからね……?危ないので」
『はっはっは!勿論だとも。そもそもストアで止められるしね』
そう、危ないのだ。ダンジョンの『塩』を持ち帰るのは。
前に自衛隊がダンジョン内のサンプルを持ち帰る為に、石やら何やら集めたらしいのだが、その中に倒したモンスターの塩も含まれていたらしい。
だが、塩を回収して持ち歩き始めた途端モンスターとの遭遇率が上がり、ゲートから出ようとした時には目を赤く光らせてダンジョン内全てのモンスターが襲ってきたとか。
設置した監視カメラの映像から、放置された塩はやがて地面に吸収されるらしい。跡形もなく、綺麗に。
有力視されている仮設の1つに、『ダンジョンはモンスターをリサイクルしている』というのがある。
塩を持ち去る事を、迷宮は酷く嫌うのだ。
もっとも、その論を利用して『外にモンスターを誘導して撃滅すれば、増えなくなるのでは』と実験がされたらしいが……詳しい事は報道されていないけど、効果はほぼなかったと聞く。
『さて。まずは予定通り出口にたどり着くのを最優先にしよう』
「はい」
それから彼女の指示に従いダンジョンを移動。
道中6体のマタンゴと遭遇するも、自分とエリナさんが交互にナイフと棒手裏剣を投げるだけで終わった。
エリナさんの攻撃だと一撃とはいかないらしいが、そもそも相手が遅いし軽い。棒手裏剣が刺さるとひっくり返り、追撃を避けられないのだ。
これが『最弱のモンスター』。ダンジョン庁から『最初の敵』認定されるだけはある。
そんなこんなで、ダンジョンの出口に到着。交番みたいな建物の傍で、エリナさんが石壁に手を付けた。
「……■■……■……」
何らかの呪文を唱えている様だが、上手く聞き取れない。
やがて、彼女の掌に魔力が集まったかと思えば壁にそれが吸着した。普通の眼では、一瞬だけ薄く光った様にしか見えないかもしれない。
「よし!これで『転移』できるよー」
「おお」
『空間魔法──転移』
彼女は、というか空間魔法の使い手はこうして『マーキング』した箇所に任意でテレポートが可能なのだ。しかもある程度なら触れている相手も一緒に。
ただし、マーキング出来る回数には制限があり、上限を超えると最初に刻んだのから順に上書きされるのだとか。詳しくは知らん。
重要なのは、『ダンジョン内から外には飛べないという』事。逆もまた然り。
だが、最初に出口付近でマーキングしてしまえば、後の探索ではいつでも戻れるという事だ。これも重要な『保険』である。
万が一モンスターに追われていても、自衛隊のいるあの交番に行けるのだから。
アイラさんが彼女を『非常に便利』と評したのも頷ける。というか、便利を超えて生命線だ。
「その……今後ともよろしく」
「うん?うん!!」
……今後も冒険者するなら、出来るだけこの人と組もう。
そうして脱出経路を確保した後は、ひたすらマタンゴ狩りだ。
やはりというか、嬉しい事に戦闘ですらない討伐が続く。ナイフを投げたら終わるので、かなり楽だ。
代わりに、稼ぎはかなり少ない。
ドロップ品のコインにも、ランクはある。例外はあれど、基本的にモンスターの脅威度に比例すると講習で聞いた。
マタンゴの落とす物は鉄貨なのだが、かなりボロボロだ。買い取り金額も、討伐報酬も雀の涙ほど。
このダンジョンにだけ通っていては、免許の更新費用すら払えないとネットで見た。
マタンゴのコインが、20枚ほど貯まった頃。開けた場所に出る。
ゾンビコボルトの時もあった、休憩所の様なスペース。腐敗して崩れた椅子や机が床に転がる中、比較的物の少ない隅の方へと移動した。
『では、頼めるかなエリナ君』
「合点承知!」
そう言って、エリナさんがアイテムボックスからテキパキとコインの入った袋とガスバーナー、ペンチなど色々と取り出し始めた。
ダンジョンの品は、法律でストアの外に持ち出せない。
だったら、ダンジョン内で簡易的なデータ取りをしてしまおう。というのが、エリナさんがいる研究室の方針だとか。白に近いグレーである。
ストア内でやったら絶対怒られるので、ここでやるらしい。
『京ちゃん君。白蓮君と一緒に護衛を頼むよ』
「わかりました」
コインを炙り始めたエリナさんを背に、周囲の警戒をする。『五感強化』ほどの汎用性はないが、『精霊眼』とて索敵能力は高い。
視界内に入れば、スキルによる隠密だろうと看破できる。そんなわけで、ここから暫くはただの見張りだ。
……思っていたダンジョン探索とは違うが、それでもこれで5万は確定ならやる気も出る。
張り切って周囲に睨みをきかせた。
* * *
ダンジョンに入ってから1時間半。データ取りも終了し、帰りがけにマタンゴを少し狩ってから帰還。
更衣室で着替えた後、買い取りコーナーで『壊していない』コインを換金したわけだが……。
『1700円』
それが、今探索での収入である。2人で『3400円』だ。
楽だった分、少ししょっぱい。まあ倒したけど破損が酷いと『受け取り』はしても、『買い取り』はしてくれないコインがあったのでしょうがないが。
『タダで回収するんだったら、こっちで買い取らせてくれ。実験室じゃないと調べられない事があってだねぇ……!』
と、イヤリングから聞こえる怨嗟めいた声はスルーする。その辺の事はダンジョン庁にでも電話で言って欲しい。
この探索で学んだ。アイラさんの話に一々反応していると、過労死する。
年上の美女相手に、男子高校生としてあるまじき対応かもしれない。でもそれぐらい雑に扱わないと、この残念美人とやっていくのは無理そうである。
良くも悪くも、遠慮しなくて良い相手認定した。ダンジョンって、人の心も強くしてくれるんだなぁ……。
閑話休題。こっちの収入はしょっぱかったが、本命は別だ。
『おっほん。まずは2人ともお疲れ様。初回から中々に有用なデータが取れた事を感謝しよう』
「こちらこそ、お疲れさまでした」
「お疲れっすパイセン!京ちゃん!」
『報酬の方は指定の口座に振り込んでおく。後で確認してくれたまえ。まあ、ストア内のコンビニにATMがあるからそれでわかるんだがね!』
「はい」
早速確認に行くつもりだ。
せっかくの初収入だし、何か買って帰ろうか。家族で食べられるものとかいいかな……?
そう思っていると、アイラさんが声をかけてくる。
『おっと京ちゃん君。もしかしたら親孝行な子かもしれない君に、ちょっとだけアドバイスだ』
「はい……?」
* * *
途中のスーパーで買ったパック寿司を手に、家へと帰った。
無事にダンジョンから帰って来た事を、母さんは本気で喜んでくれた。仕事から帰ってきた父さんも同じく。
それから、報酬の一部を家の口座に入れる事を受け入れてもらう様に説得して……ついでに、父さんに税金の事とか色々と聞いた。
『いいかい、京ちゃん君。人には誰だって、大なり小なりプライドがある。七罪というだけあってね。そして、親は子に良い顔をしたいものさ。そこを、わかってあげて欲しい』
そう前置きした後にアイラさんから貰ったアドバイスは、非常に役立つものだった……と、思う。
最初は僕の稼ぎの一部を家の口座に入れる事に渋い顔をしていた父さんも、税金面で頼るうちに顔が柔らかくなっていった。
胡散臭いし少し五月蠅い人だが、何だかんだアイラさんは頼りになる。
……名前で呼び合える同級生の友達に、家族以外で頼れる大人。
どうも、クラスでこそボッチではあったけど『人の縁』には恵まれたらしい。
そう思いながら、アイラさんにお礼のメールをしたのだが。
『ふっふっふ。やはり私は運動以外頼りになる大人のレディだろう?それはそうと、君ぃ。時々探索中もエリナ君の胸元に目がいっていたね?鏡の位置でわかるとも』
『いやいや責めてはいないさ!彼女も気づいていながら指摘していないわけだからね!男性のチラ見は女性にとってのガン見だぞぅ?一説では禿げている男性も頭部への視線に敏感だという事でね』
『ダンジョンに入る前聞いたが、さては君の性癖は女性の胸だな?特に大きな胸が好きと見た。実に健全だな!私の胸も平均を上回っているのだが、もしやそう言う目で見られているのかな?』
『そう慌てるな青少年!私は頭だけでなく顔も良いからね。そういう視線には慣れているとも。しかしまあ、愉快愉快!安全圏から人を煽るのは楽しいなぁ!』
『ん?今の音かい?ストゼ▢を開けた音だが?なんなら6本目だ。そうとも!私は既に酔っている!もう少し話に付き合いたまえよー。綺麗なお姉さんとの電話だぞー?』
『うむ。ゲームしながらだ。私の最近の趣味でね。酒を飲みながらオンゲをするのだよ。なんだね。寂しい大人と思ったかね。大学生なんてこんなもんだよ君ぃ。友達が少ないので詳しくないがね!」
『はーっはっは!その時私は言ってやったのだよ。君のジャンプではアリすら飛び越えられないとね!後から思い返すと、どういう例えだと意味がわからなくっておかしくってねぇ!』
等々。電話がかかってきて1時間ぐらい長話に付き合わされた。借りもあるしと、今回だけスルーせずに聞いたらこれである。
……うん。
やっぱエリナさんとアイラさんって、親戚なんだなぁ……。
現状京太に一番必要な装備、ツッコミ用のハリセンとそれを振るえる勇気説。あると思います。
読んでいただきありがとうございます。
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