プロローグ
よろしくお願いします。
プロローグ
非日常に、憧れた事がある。というより、憧れている。
現代の若者なら普通の事と言えるかもしれない。つまらない授業や難しいテストとは無縁な、剣と魔法の世界。
怪物をバッタバッタとなぎ倒し、富と名声を得る。そんな生活を夢見ていた。
ただ、夢見ていただけ。本気でそんな『非日常』がやってくるとは思っていない。
思って、いなかったのだ。
『ご覧ください。病院の前で騎士や魔法使いの様な格好の人々が集まっています!今日はハロウィンでも、エイプリルフールでもございません!』
興奮した様子でカメラに向かって喋る女性アナウンサー。
かく言う彼女も、『ダークエルフ』になっている。褐色の肌に銀色の髪。元々整っていた容姿に磨きがかかり、何より耳が左右に伸びてピコピコ動いている。
世界が、突如として一変した。
夕方。学校から帰って来てテレビをつけた直後、小さな揺れを感じた。
画面の上には『震度2』と出たが、震源も地域も何も書いていない。それを不思議に思った瞬間、少しだけ眩暈がした。
その後、変化は起きたのだ。
一部の人達がゲームで見る様な服や鎧を身に纏い、更に少数だが『種族』まで変わった。
紛れもない、非日常。そして、その中に自分もいる。
「マジか……」
籠手に覆われた自分の手を見下ろし、呟いた。
足はブーツに鋼の脛当て。腰には鎖帷子が内側に縫われた腰布と、剣帯に吊るされたナイフと片手半剣。あと、分厚い本も腰の後ろにベルトで留めてあった。
胴体も襟みたいなのがついた胸甲に覆われ、頭は『サーリット』と呼ばれる兜が被さっている。露出しているのは、口元だけだ。
中世を舞台にした、ファンタジー作品に出てくる様な装い。そして、何故かわかる自分に宿った不思議な『力』。それを意識すれば、掌に小さなつむじ風が起きる。
「マジ、かぁ……」
唐突に放り込まれた非日常に、喜びや驚きを表現しようにも自分の語彙力は死んでいた。
こういう時、気の利いた台詞を言える人って凄いと思う。なんて、我ながら呑気に考えていた。
* * *
矢川京太。中学2年生。普通の一般家庭に生まれ、普通に暮らしてきたどこにでもいる日本人である。
そんな自己の認識を再確認しなきゃいけないぐらい、自分同様変わってしまった人達に対して世間はパニックになった。なんなら、本人達より周囲の方が混乱している。
両親にはかなり驚かれたし、『目の色が変わっていた』事もあって身体にどこか異常はないかと病院にも連れて行かれた。きっと、誰かに『大丈夫』と保証してもらいたかったのだと思う。我が子の健康を。
流石に、呑気に『僕……選ばれし者になっちまったかー……!』と内心でドヤッっていたのが申し訳なくなった。
ただまあ、診察はすぐに受けられなかったけど。というのも、選ばれし者……わりといる。
その後のニュースで判明したのだが、日本人の50人に1人の割合で『変化』があったらしい。
いや、『変化』だと何とも味気ない。ここはネットでよく使われている『覚醒』と言おう。その方が格好いいし。
その覚醒した者達、通称『覚醒者』についてだが、健康的な被害はこれと言って見受けられない。中には、元々の持病が治って健康になった人もいるとか。
かく言う自分も健康……というか、肌ツヤとか髪質が良くなった。自他共に認める『中の中』である顔面が、『中の上』になった気がする。あくまで、『気がする』だけだが。
ついで、身体能力の上昇。残念な事にステータスと念じても何も出ない様で、詳しい数値とかはわからない。
しかし、物は試しと握ってみたスチール缶がいとも容易く潰れた辺りかなりの膂力だ。
だが何より気になるのは、超能力じみた特殊な力……こちらもネットの有志が名付けたのだが、『スキル』の存在。
どうも、覚醒者は大なり小なり『スキル』を持っているらしい。自分にも、そんな力があると直感でわかる。
生まれつき人が呼吸を出来る様に、ごく自然に使い方と大まかな効果がわかるのだ。これは、何とも不思議な感覚である。
そんな変化だらけの世の中なわけだが──世間を賑わすニュースがもう2つ。
1つ目は、『覚醒者は日本にしか現れなかった』事。
謎の小規模な地震が日本全土で発生した時に、日本国内にいた人だけが覚醒者になったのである。まだ確認が取れていないだけの可能性もあるが、少なくとも目に見えてわかる変化は海外に起きていない。
海外にいた日本人にも変化はなく、逆に日本在住の外国人にも覚醒者が少数いた事から遺伝的なものではなく土地由縁のものなのかもしれない。
2つ目は、『謎の扉とその先の異空間』。
これも日本でしか確認されていないのだが、各所にて謎の扉が出現したらしい。
白い装飾のついた両開きのその扉は、家の中だったり、廃墟の中だったり、森の中だったりと。規則性もなく突然現れた。
そしてその中に入れたのは、現状『覚醒者のみ』。
興味本位で入った動画投稿者や、覚醒者の警察官曰く。内部は寂れた鉱山跡であったり古い城の中であったりと様々。気温や湿度も入る扉によって異なるらしく、中には壁が凍っている様な所もあったとか。
共通しているのは───中に怪物達がいた事。
ゴブリンに、スケルトン。その他諸々。『モンスター』だ。モンスターが、いたのだ。神話や伝説にしかいないと思っていた存在が、形を得て生息していたのである。
故にその扉の先を、ネットやテレビでは現在この様に呼んでいる。
ダンジョン、と。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマークなど頂けましたら、大変励みになります。どうか、今作をよろしくお願いします。