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天憫罪(旧題:浴槽は舟には成り得ない)  作者: 露おちぬ
第1章 戸は彼らを分かつもの
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第4話 夢

柔らかな敷布を背に感じながら、床に就いた空知要は天井を見つめていた。

先の二週間前もそうだが、冥は必要以上に空知要の家に入ってくることはない。

幸福の奉神撃退時のみで、基本的には検査入院が終わり自宅療養になったときには、家に来ることはなかった。勿論、空知要は家に上がれなど一言も口にしていないため、常識的に考えれば普通のことではあるのだ。自分の記憶のどこかで、彼が空知要の家に上がらないことに違和感があること以外は、何らおかしなことはない。

「俺は、何も知らないよ。」

違和感を抱えたままの入眠に抵抗はあったが、身体は不可思議な体験に疲弊していたらしく、

自然と目蓋はおりていた。



子が野を駆ける。頼りない草鞋はしかと地を踏みしめては、勢いよく蹴り上げる。

子がころころと笑い声をあげて飛びつくのは、父の背である。

なにやら川辺で屈んで作業をしている父の背に抱きついた。

日に焼けた父の肌は浅黒い。背は鍛えられてがっしりとしている。

父は驚きながらも逞しい背と腕で子を背負いあげ、その場を駆けまわる。

その姿を見た母がおっとりとした笑みを浮かべ、二人の元に駆け寄った。

父の背で寝入った子供の頭を優しくなでて、母はうたった。

子の成長を願う、慈愛に満ちた歌。

真昼の太陽に照らされた、温かい日の光と家族の笑顔、音色に溢れた心地の良い空間

家族団らんの時

酷く幸せな時間だった。

酷く幸せだったのです。

嗚呼 お父さん お母さん

嗚呼

ああ

ア゛ア゛




「あんたの涙で溺れちゃいそうだ。」

空知要は寝転んだ自分の頭に覆い被さるように、身をかがめて泣く巨女を見つめた。

大きな涙粒が空知要の顔に落ちる。

彼女が大きな目を更に見開いたように見えた。


身を起こし、カーテンを開ける。

空知要の顔は濡れていない。

夢だったのだと証明出来る。

夢と同じようで、異なる日の光を浴びて目を細める。

「夢か…端山と間川も何か見てたりするだろうか。」

確認事項が増えた。

空知要はいそいそと登校準備に取り掛かるのだった。



おはようと語尾が間延びした、のほほんとした物言いの少年は、俺の前の席に座る冴里君一(さえさときみいち)だ。

一学年のときからそれなりに仲のいい人物だ。構内の出来事は全て冴里から得ているといってもいい。空知要と同じく造作は整っているが、印象が薄い容姿をしている。常と変わらず、焦げ茶色の蓬髪と同じ色のベストを身に着けている。

「そういえば、国語の源三は結婚するし、カウンセラーのさやちゃんは辞めちゃうらしいぞ。」

今日も又、他愛のない会話が始まった。

国語教師の先崎源三(せんざきげんぞう)は、文学性よりも筋肉にステータスを全振りした男性教師だ。ダンベルの代わりに辞書で自身を鍛えているような男だ。生徒の話をよく聞いてくれて頼りになり、ノリも良いことから生徒たちから人気である。

しかし、源三の結婚よりも空知要は冴里の背後が気になっていた。

先ほどから、空知要の視界で存在を主張する白い戸、早速戸の持ち主が一人見つかった。

隙間からは巨大な左手の指先がのぞいている。長く整えられた白い爪が床にしがみつくかのように刺さっている。

「…ああ、左手が…」

「お、よくみてるなあ~そうなんだよ源三の奴、左手の薬指に指輪はめちゃっててさ~」

「おう…立派な左手だな…」

「立派な指輪だったよ!かっこいいよな~!ん?立派な左手?」

「…おまえ…何か…いいよな…」

胡乱な目を向ける。帰ってきたのは満面の笑みだ。

「よくわからんがありがとう、お前も最高だぜ」

「リスペクトし合うのは良いが、授業だぞお前ら」

話題の源三により頭をはたかれた冴里は痛いよと嘆きながら、身体を教壇側へと向けた。

源三はやれやれと頭を振りながら、空知要に目を向けた。

「空知、お前腕の調子はどうだ?」

「2週間じゃ治んないです。。」

「だよな。よく寝てよく食べときゃ一か月で治るわ。」

何とも歯切れのいい物言いと輝かしい笑みを浮かべて源三は教壇に戻っていった。

逞しい背中には、白い戸が整然と存在していた。

空知要はそっと目を伏せる。


先生。

複雑骨折は、一か月じゃ治らないです。


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