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天憫罪(旧題:浴槽は舟には成り得ない)  作者: 露おちぬ
第1章 戸は彼らを分かつもの
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第3話 頼りになる人

「俺の後ろの戸は、2週間前に出現したんだ。昼間は開いていないんだ。だけど夜に寝ているときは開いている気がする。夢を見ているだけかもしれないけど。」

「今まで怪異に巻き込まれるようなことはあったのか」

「あるわけないさ。この扉が初めてだ。」

「ちょうど2週間前に空知君も休み始めたでしょ?誰かに教えられた”空知要が全てを知っている”って言葉と合せて、時期的にも君がキーパーソンなんだろうなと思ったの。」

「実際問題は、俺が何も知らないってことだな。さっきも言ったが不思議な現象に関わったのはほぼ初めてなんだ。」

言いながら、自分で首をかしげる。

本当に“ほぼ初めて”なんだろうか。

幼い頃、何度か人の手に余る現象に巻き込まれていた気がするのだ。

ふと、墨色の髪に鼈甲色の瞳の男が過る。

夕闇に紛れるように存在しながらも、どこか目を引く魅力を持つ男。

彼ならば、戸についても空知要の疑問にも答えてくれるだろう。

少なくとも、神ではあるのだから。

「確かめたいことがある。一日、時間をくれ。それと連絡先だけは交換しよう。進展があれば連絡するし、端山たちも遠慮なく連絡をくれ。」

「わかった。グループ作っておくね。」

「気にはなるけど、嫌な予感とか身の危険は感じてないから大丈夫だ。それに協力してくれるだけで御の字だ。」

端山も間川も話が早い。彼ら自身も事態解決のために行動するだろうし、空知要は今回の事態を深刻にとらえていなかった。


第三校舎の音楽室を後にする。校門を出る頃には空は夕暮れと化し、影が長く伸びていた。

気づけば影が二つに増えていた。帰路につきながら二人は話を進める。

「神にも影があるんだな。」

導師(わたし)には肉体があるからね。さて、君の疑問が一つ解消されたようで何よりだ。」

「また一つ増えたけどな。…冥さん、今日の出来事を聞いてほしい。」

無言を肯定と捉えて、端山の扉の事を先に冥に伝える。

冥はとくに驚いた様子はなく、ときおり首肯しながら話を聞いている。

扉の話の時に疑問を浮かべていたようだったが、終始静かに聞き役に徹している。

手に持つゼリー飲料の存在が気になるが、今は横に置いておく。

気づいたら何か食べてるなこの神。

空知要は、自分なりにまとめた考えを述べる。

奉神(ぶしん)についてだ。不死国という別の世界に奉神は存在している。俺たちが知る日本の八百万の神とは異なる神格、むしろ代替わりした神だっていうのが定説だよな。本来、二つの世界は分離されていて、異界の神格が人間の世界に来ることはなかった。しかし二週間前に何らかの出来事があって、異界の神格が自由に行き来できるようになった。原因は貴方が幸福の奉神(こうふくのぶしん)を追っていた際に“すべてを開いた”からか?」

「概要は当たっている。しいていうならば、奉神は昔から此方の世界こと“現国(うつしくに)”と不死国(しなずのくに)を行き来している。原因については当たらずとも遠からずだ。」

冥が動くたびに桃の香りが鼻を衝く。淡く甘い香りに反して、思考は明瞭になる。

心地の良い香りだ。

「貴方はなんで“すべてを開いた”んだ?」

「導師の役目だからね。」

「また煙に巻こうとして…。それじゃ答えになっていないだろう…。」

「“空知要”が知らないことを知ろうとすることが大事なんだよ。」

「貴方と話すことが嫌になりそうだ。」

「もう嫌だって顔になってるよ。」

夕日はまだ空に残っている。

山の際にみえる光が心に温かみをともしてくれる。

明日も変わらずに学校はあるのだから、早めに帰らなければならない。

特に収穫はなかったなと肩を落としていると、冥の奉神が自身の肩をつつき、空知要に後ろを見るように促した。

「一度後ろを見てみたらどうだい。」

「後ろ…」

ホラー映画であれば、後ろにはすでに何かが立っていることが鉄板だが果たして…

おそるおそる上半身をねじって背後を見る。

「なんで、戸が…」

「勿論端山少年の元にも変わらずに扉はあるだろうけど、君にもついてきたようだ。」 

背後の戸に顔をゆがめて、ため息をつく。

木製の引き戸が空に溶け込むように、しかし、確かに空知要の背後に存在していた。

「手助けをお望みかい」

「大いにお望み中だが」

「その戸、とある奉神の真体(しんたい)を一部分ずつ呼び出すものと見た。

 端山少年や君が気づいていないだけで、背後に戸を持つものは何人かいるはずだ。」

空知要は指を折り数える。

「頭・右腕・左腕・胴体・右足・左足の最低6つは扉があると考えていいか。」

「ああ、それ以外の部位を持つものでなければ6つで充分だ。」

「神と人を同じ土俵で考えるなよって?」

「奉神は人型を取れるけれど、必ずしも真体が人型とは限らないからね」

空知要は頭を抱えたくなったが、なけなしのプライドが邪魔をして額に手を当てるだけにとどめた。ついでに空を仰いでみたりもしたが、ご愛敬だろう。

相変わらず、冥は口の端に笑みを浮かべている。

「まあ、今回の奉神は人型さ」

たった二週間の付き合いだが、この男は空知要に対して嘘を吐くことはしないが、真実も言わないようにしている節が見受けられる。聞けば真実は教えてくれるが、断片のみであり、全ては教えてくれない。

「それは…人が抗えるようなものなのか」

「抗いたいと思えるうちは」

「物理的には無理ってことじゃないか。」

「ところで、明日はどうするんだい。」

「さっき聞いた情報を端山と間川に共有するよ。それより…」

なによりも気になることがあるのだ。

これから夜を迎えるこのタイミングを逃してしまえば、後は聞く機会がない。

明日を寝ずに迎えられる自信はなかった。

「寝るときこの戸はどうなるんだ?下敷きにできるのか?このままで眠れるのだろうか。」

「…」

数秒間フリーズして大爆笑し始めた冥をにらみながら、空知要は改めて帰路に就いた。


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