第3話 頼りになる人
「俺の後ろの戸は、2週間前に出現したんだ。昼間は開いていないんだ。だけど夜に寝ているときは開いている気がする。夢を見ているだけかもしれないけど。」
「今まで怪異に巻き込まれるようなことはあったのか」
「あるわけないさ。この扉が初めてだ。」
「ちょうど2週間前に空知君も休み始めたでしょ?誰かに教えられた”空知要が全てを知っている”って言葉と合せて、時期的にも君がキーパーソンなんだろうなと思ったの。」
「実際問題は、俺が何も知らないってことだな。さっきも言ったが不思議な現象に関わったのはほぼ初めてなんだ。」
言いながら、自分で首をかしげる。
本当に“ほぼ初めて”なんだろうか。
幼い頃、何度か人の手に余る現象に巻き込まれていた気がするのだ。
ふと、墨色の髪に鼈甲色の瞳の男が過る。
夕闇に紛れるように存在しながらも、どこか目を引く魅力を持つ男。
彼ならば、戸についても空知要の疑問にも答えてくれるだろう。
少なくとも、神ではあるのだから。
「確かめたいことがある。一日、時間をくれ。それと連絡先だけは交換しよう。進展があれば連絡するし、端山たちも遠慮なく連絡をくれ。」
「わかった。グループ作っておくね。」
「気にはなるけど、嫌な予感とか身の危険は感じてないから大丈夫だ。それに協力してくれるだけで御の字だ。」
端山も間川も話が早い。彼ら自身も事態解決のために行動するだろうし、空知要は今回の事態を深刻にとらえていなかった。
第三校舎の音楽室を後にする。校門を出る頃には空は夕暮れと化し、影が長く伸びていた。
気づけば影が二つに増えていた。帰路につきながら二人は話を進める。
「神にも影があるんだな。」
「導師には肉体があるからね。さて、君の疑問が一つ解消されたようで何よりだ。」
「また一つ増えたけどな。…冥さん、今日の出来事を聞いてほしい。」
無言を肯定と捉えて、端山の扉の事を先に冥に伝える。
冥はとくに驚いた様子はなく、ときおり首肯しながら話を聞いている。
扉の話の時に疑問を浮かべていたようだったが、終始静かに聞き役に徹している。
手に持つゼリー飲料の存在が気になるが、今は横に置いておく。
気づいたら何か食べてるなこの神。
空知要は、自分なりにまとめた考えを述べる。
「奉神についてだ。不死国という別の世界に奉神は存在している。俺たちが知る日本の八百万の神とは異なる神格、むしろ代替わりした神だっていうのが定説だよな。本来、二つの世界は分離されていて、異界の神格が人間の世界に来ることはなかった。しかし二週間前に何らかの出来事があって、異界の神格が自由に行き来できるようになった。原因は貴方が幸福の奉神を追っていた際に“すべてを開いた”からか?」
「概要は当たっている。しいていうならば、奉神は昔から此方の世界こと“現国”と不死国を行き来している。原因については当たらずとも遠からずだ。」
冥が動くたびに桃の香りが鼻を衝く。淡く甘い香りに反して、思考は明瞭になる。
心地の良い香りだ。
「貴方はなんで“すべてを開いた”んだ?」
「導師の役目だからね。」
「また煙に巻こうとして…。それじゃ答えになっていないだろう…。」
「“空知要”が知らないことを知ろうとすることが大事なんだよ。」
「貴方と話すことが嫌になりそうだ。」
「もう嫌だって顔になってるよ。」
夕日はまだ空に残っている。
山の際にみえる光が心に温かみをともしてくれる。
明日も変わらずに学校はあるのだから、早めに帰らなければならない。
特に収穫はなかったなと肩を落としていると、冥の奉神が自身の肩をつつき、空知要に後ろを見るように促した。
「一度後ろを見てみたらどうだい。」
「後ろ…」
ホラー映画であれば、後ろにはすでに何かが立っていることが鉄板だが果たして…
おそるおそる上半身をねじって背後を見る。
「なんで、戸が…」
「勿論端山少年の元にも変わらずに扉はあるだろうけど、君にもついてきたようだ。」
背後の戸に顔をゆがめて、ため息をつく。
木製の引き戸が空に溶け込むように、しかし、確かに空知要の背後に存在していた。
「手助けをお望みかい」
「大いにお望み中だが」
「その戸、とある奉神の真体を一部分ずつ呼び出すものと見た。
端山少年や君が気づいていないだけで、背後に戸を持つものは何人かいるはずだ。」
空知要は指を折り数える。
「頭・右腕・左腕・胴体・右足・左足の最低6つは扉があると考えていいか。」
「ああ、それ以外の部位を持つものでなければ6つで充分だ。」
「神と人を同じ土俵で考えるなよって?」
「奉神は人型を取れるけれど、必ずしも真体が人型とは限らないからね」
空知要は頭を抱えたくなったが、なけなしのプライドが邪魔をして額に手を当てるだけにとどめた。ついでに空を仰いでみたりもしたが、ご愛敬だろう。
相変わらず、冥は口の端に笑みを浮かべている。
「まあ、今回の奉神は人型さ」
たった二週間の付き合いだが、この男は空知要に対して嘘を吐くことはしないが、真実も言わないようにしている節が見受けられる。聞けば真実は教えてくれるが、断片のみであり、全ては教えてくれない。
「それは…人が抗えるようなものなのか」
「抗いたいと思えるうちは」
「物理的には無理ってことじゃないか。」
「ところで、明日はどうするんだい。」
「さっき聞いた情報を端山と間川に共有するよ。それより…」
なによりも気になることがあるのだ。
これから夜を迎えるこのタイミングを逃してしまえば、後は聞く機会がない。
明日を寝ずに迎えられる自信はなかった。
「寝るときこの戸はどうなるんだ?下敷きにできるのか?このままで眠れるのだろうか。」
「…」
数秒間フリーズして大爆笑し始めた冥をにらみながら、空知要は改めて帰路に就いた。