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天憫罪(旧題:浴槽は舟には成り得ない)  作者: 露おちぬ
第1章 戸は彼らを分かつもの
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第2話 戸

空知要は廊下側の後ろから2列目の席だった。

空知要不在の新学期2日目にして、姓名順の席をつまらないと思った人物が教師を説得し、くじ引きで席替えをしたらしい。何とも酔狂で将来は大物になりそうな人物もいたものだ。

 二週間欠席していた人物が登校してきたと、ひそかに湧きだっていたクラス中だったが、別段騒がず派手さのない空知要の様子に影響を受けたためか、それとも授業が6時間目に入り疲弊していたのか、理由はさておき午後になれば熱は収まっていた。

 全体から向けられていた興味の矢印の数は減っていたが、個人の興味は簡単には無くならなかったようだ。

「空知、体調は大丈夫なのか。腕も…痛そうだ。」

名前は端山賢(はやまけん)だったか。名前の通り賢そうだが、頭が固い訳ではなく世渡りが上手そうな人物というのが、空知要が抱いた印象だった。スポーツ刈りで凛々しい目つきが頼もしそうでもある。クラスどころか学年中で人気な人物なのだろう。彼が空知要に話しかけた瞬間に、視線が集まってきたことからもわかる。

「大丈夫だ。経過観察は必要だけど。」

「そうか。ならよかったんだが…。」

「なに口ごもってるのよ、空知君にききたいことがあったんでしょ」

端山に発破をかける溌溂とした声の少女が、空知要の視界に入り込んできた。

席替えを提案した大物が、空知要に話しかけてきた。

「こんにちは、一年の時は同じクラスじゃなかったからほぼ初めて会うようなものだよね。私は間川智(まがわとも)、よろしくね」

「間川か、よろしく」

賢英と智慧、ふたりとも名は体を表すと言うべきか、立ち振る舞いや話し方から知性を感じる。

「早速なんだけど、三人で話せないかな。今なら音楽室が空いてるんだ。」

「あ…わかった」

学年中から信頼を集めている二人の機嫌を損ねる必要もないだろうと空知要は腰を上げた。

端山が何か言いたげに口を開いたが、間川に押されて教室を出ていった。

言いたいことがあるのなら、はっきりしてほしいものである。



6時間目も終わり、部活が始まる時間帯。校庭や第1・第2校舎は部活動で人の動きが活発だが、第3校舎は人影がなく物静かな雰囲気である。

「用件は?」

「これを消す方法を教えてほしくて、人がいないところまで来てもらったの。貴方は何でも知っているってきいたから。」

間川はアーモンド型の目を大きく見開き、端山を見つめた。正確には、端山の後ろに存在する大きな白い引き戸を見つめていた。間川に指摘されるまでは気づいていなかった異様な戸は、空知要が認識してからより存在感を増しているようだった。

「なんだ?白い…引き戸?…」

「みえるのね、私と端山以外にはみえていなかったのに。」

「俺は、お化けとか怪異とかそういう手合いは詳しくないんだが、何をもってして俺が戸を消す方法を知っていると思ったんだ。それに、俺がなんでも知っているなんて与太を言っていた人物は誰なんだ。」

空知要の追求に怯まずに返答しようとした間川を遮り、端山が口を開いた。

「俺たちもわからないんだ。誰かが俺たちに教えてくれたということはわかるのに、肝心の誰が教えてくれたかはわからないんだ。」

記憶を消されているとでもいうのか、端山は意味不明なことを述べる。

隣の間川も同意していることからふざけているようではないし、二人とも思い詰めているようだった。

夕日が差し込み、端山と間川が逆光になる。

二人の顔が見えない。

ふと、馬鹿げた発想が過る。

逆光になっているこのタイミングで目の前にいる二人は本物の「端山」と「間川」なのか。

自身の目が、彼らを彼ら本人とは認めていない。

黒い影が二つ空知要の前に立っているように見えた。

恐怖を覚えた空知要は、自分が冷や汗をかいている事に気づく。


鈴の音が鳴り、音楽室が厳かな気配に満ちる。

周囲を見渡せば、音楽室の壁に掛けられた偉大な音楽家達の肖像が額縁の中で一斉に背を向けていた。今この場に在る二つの影への忌避を表しているようだった。

黒い影は二つとも、空知要に害を与える様子はなく静かに語り始めた。

一人は低い男声だ。

「戸は部屋に、道に、つながっている。善きにしろ悪しきにしろ、つながっている。」

もう一人は稚い少女の声だ。

「閉じるもよし、開くもよし。この戸をどうするのかはあなたなら知っている」

今朝の冥の言葉を思い出す。まさかとは思うが、口に出す価値はあるかもしれないと思った。

「貴方たちは不死国(しなずのくに)に関係があるのか?」

今日の自分は問い質してばかりで嫌になる。


少女の声が答える。

「不死国は我らが祖国よ。我らは奉神、そこな戸もひいては我らに関係がある。」


丁寧に煎られた豆のように、深みのある声が割り込んできた。

「貴殿がすべきことはこの戸について知ることだ。知らねば貴殿は何もできない。救うものも救えず、壊したいものも壊せない。急ぐことだ。」


抽象的な言葉を最後に、黒い影は消えた。音楽家たちも正面を向き、常と変わらず、ひたと前を見据えている。瞬きをすれば、変わった様子もない端山と間川が空知要を心配そうに見つめていた。

「ひとつ聞くが、一日に二人も神を自称する人間が現れたら二人は信じるか。」

二人は仲良く顔を見合わせた。

「いつもの私たちなら信じないね。」

つまり今の彼らがおかれている状況であれば、信じるということだ。人間は、日常が非日常に変わるような体験を一度でもしようものなら、神だっていてもおかしくないと思えるものらしい。


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