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天憫罪(旧題:浴槽は舟には成り得ない)  作者: 露おちぬ
序章 神と高校生は浴室にて出会う
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序-2 電子レンジの中に神一柱

 高校2年生に進級したばかりの空知要(そらちかなめ)は、制服のまま、自宅で作り置きのカレーを温めようとしていた。タッパーの蓋を少し開けて、電子レンジに入れる。時間を2分に設定したが、長いだろうか。

爆発はしないだろうしひとまず様子見だ。

 リビングを見渡してテレビのリモコンを探す。空知要の父親は失くしもののプロであり、リモコンや眼鏡をさして広くもないリビングの中で行方不明にする。リビングのドアの取っ手に眼鏡がかかっていた時には驚いたものだ。なぜ眼鏡置きにその場を選んだのだろうか。

 リモコンは比較的簡単に見つかった。食器棚の中、大皿の上だ。リモコンがメインディッシュだなんて嫌すぎる。リモコンを取り出して、テレビに向かって電源ボタンを押す。

 2秒ほどのラグはあったが、テレビも正常につきアナウンサーがニュースのトピックを語りだす。

今朝からありとあらゆる戸が開いてしまう現象の発生、電子機器の誤作動、とある高校で起きた殺人事件、白い体毛の愛らしい不死国の存在が水たまりに映りこんだという内容3本がメインのトピックのようだ。空知要は目を細める。目ぼしい話題は、相変わらずない。


 温め終わったよと電子レンジは鳴る。

蝉が鳴きながら絶命し、音が途切れて地面に叩きつけられる瞬間を思わせる音がした。

常の明瞭なチンという音ではない。鈍い音だ。

続けて電子レンジ内部から不可思議な音がし始めた。食べ物を温める機器からは鳴ってはいけない音だ。まるで、何かが電子レンジの中で暴れまわり、出ようともがいているような…。


 空知要は聡明な面立ちを驚愕に染めて、電子レンジを見つめた。人生16年、電子レンジに驚愕のまなざしを向けたのは初めてかもしれない。勢いよく電子レンジの扉が内側から開いた。

「おお!やっと出られた!」

「は?」

空知要のための甘口カレーは消え去り、代わりに電子レンジの中から少年が顔を出した。熟しきった赤い林檎色の髪を振り乱した同年代と思しき少年がいた。ほのかに雀斑が頬に散っており、茶目っ気のある笑みを浮かべてる。対して空知要はむっとした表情を浮かべる。への字に曲げた口を開いた。

「⋯なんで電子レンジから…。てか俺のカレーをどこにやったんだ…。」

「んなことより匿ってくれないか。追われてんだこちとら。」

 よいしょと某井戸やらテレビから現れる女性の如く、身を捩り電子レンジから出てくる少年をみて一歩後ずさる。今更ながら、普通の人は電子レンジから出てこない。そして、空知家の電子レンジは人一人通れるほど大きくはない。何せ一般家庭で使用されるサイズなのだから、押して図るべしである。空間を歪めたりしないかぎりは、出てくることは不可能だろう。不可能なはずだが、出来てしまっている。空知要は、そっと右足を後ろに引いた。

不思議には慣れているけれど、不審者には慣れていないのである。


 不審者と対話を試みるつもりは毛頭ない。空知要は制服の裾を翻し、リビングから出ようと画策した。後ろに引いた右足を回転させ、不審者に背を向けた瞬間、視界中の戸や窓が全て“開いた”。

 突然の出来事に、目を瞑り立ち止まった空知要が灰の瞳を開いた時には、吹き込んだ風に荒らされたリビングが広がっていた。

 テレビでは、好感度ランキング一位の男性アナウンサーがニュース原稿を読み上げている。

『昨夜21時より日本各地で、戸や窓がひとりでに開くという現象が起きています。』

場面は、都内の交差点や個人の投稿が映し出されている。。

高層ビルの窓、通りに面した店舗の扉、民家のペット用の入口、家電製品の戸、マンホールの蓋、

ペットボトルがひとりでに開く様、いずれも開いた状態で静止している。

『まるで“開く””開ける”という言葉が出来ようされるものは全て今回の現象が起きているようですね。』

アナウンサーの言葉通りに、戸や窓のみならず、蛇口や蓋が開いている。

『これも近年観測されている“不死国”によるものなのでしょうか。』


「お、ほんとうにこちら側でウチが認知されてるんだな。」

思考が追い付かない現象に動きを止めていた空知要の真後ろに少年が立っていた。どこからか取り出した傘をいじっている。黒い檜の持ち柄の立派な番傘だ。少年の右腕の傷から流れる血が、番傘へと伝い落ちている。少年は自身より少し低い位置にある空知要の目を見つめた。

「俺は、幸福の奉神!お願いだから助けて欲しい!」

空知要の肩に両手を置き、顔を覗き込んでくる。

困り気味に歪んでいる新緑の瞳の奥に平和ではない何かが渦巻いていて、空知要は怖いと感じた。肩に置かれた手からは温かさも冷たさも感じない。無機物めいた手と力を籠めないようにと加減している様子が末恐ろしい。容姿は人間と同じでも、根本が違う存在であると暗に教えてくる目の前の存在に恐怖を抱いていた。肩に置かれた手を振り払い玄関に向かおうものなら、空知要にとって好ましくない事態になることは明白だった。



空知要は、好物の甘口のカレーと引き換えに林檎色の少年と出会った。

だが勘違いしないでほしい。

彼との出会いは、空知要の人生における前菜にすぎないのだから。




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