2−4 異世界戦闘は楽勝モード
「ふーっ、はーっ、はっ……あー、疲れたし、足痛いし、お腹減ったなあっ……」
あれから一体何層を下ってきたのか……もう覚えてもいない。
薄暗いダンジョンの中の生活が続いているから、どれだけの時間が経過したのかだってイマイチわかっていない。
腹はかなり減ってきてるけれど、なんとか地下水だけをすすりながら生き延び続けている。
「まだしもうばらくは歩けそうだけど……そう長くはもたない、ってとこなのかなあ」
人間が水だけで生きられるのって……2−3週間くらいだったっけか?
今のところは腹が減って身体に力が入らない感じはするけれど、目が掠れたり身体が痺れたりだとか、命の危険を知らせる兆候のようなものは感じていない。
言ってしまえば前世で過労で死ぬ前の限界ギリギリの状況よりはまだまし……ってところだ。
そんないい具合に弱ってる僕がまだまだダンジョンの先を目指せているってのには、もちろん理由がある。
「……このダンジョンのゾンビたち、弱すぎなんだよねえ」
カオスゾンビスライム、エンペラーオークゾンビ、カースドフェンリルゾンビ……
僕の行く手を塞いできたのは、名前だけは立派なゾンビたちだった。
いや……名前だけじゃなくて、見た目だってそりゃあ立派なんだよ。
フロアを埋め尽くすような玉虫色のスライムだったり、数百匹のオークゾンビを従えるガチムチの巨漢オークだったり、心の芯まで凍りつくような叫び声をあげてくる巨大な狼型のゾンビだったり……
揃いもそろって目にも留まらぬ高速移動攻撃をしてきたり、信じられないサイズの武器を振り回してきたり、フロアごと埋め尽くすような派手なエフェクトのスキルなんかを使ってきたりもする。
だけど、その効果は0。
レベル1のこの僕に対してまったくの0だ。
何をされてもダメージなんてくらわないし、状態異常が起こることもない。
しかも、数発、せいぜい数十発殴ったり蹴ったりするだけで、どのゾンビもあっさりと死んでしまった。
「そりゃあ【ゾンビ・マスター】なんて禁忌職にもなるわけだよなあ……」
【ゾンビ・マスター】が言葉から想像できる通り、こんなゾンビたちを操れるような【職業】だったとしても、弱っちすぎることこの上ない。
ま、あの巨体に瞬間移動に派手スキル……はったりやら目くらましくらいになら使えるのかもしれないけどさ。
「ふう……ここが安全なダンジョンだったのは良かったけどさ、ゾンビたちがこんなに低性能なんじゃ外に出られたとしてもお先はまっくらだよなあ……」
このダンジョンから脱出することはまず重要なわけだけど、僕にはその先をどうするのかって課題もあるのだ。
なんとかしてこの剣と魔法のファンタジー世界で生きていかなければいけないわけだし、できることならば『アマゾネス』の奴らや皇女ベルに復讐だってしてやりたい。
そんな話も、そもそもここから出られなければ始まらないわけで……僕は足をとめることなくひたすらに雑魚ゾンビを狩りながらダンジョンを下り続けているわけだ。
「お、今度はなんだ、この階層は昆虫型のゾンビが出てくるのかな……カマキリみたいだけど、こりゃまたでかいなあ……」
そびえたつビルのようなカマキリ。
ちょっと前の僕だったらおしっこちびっていたところだろうけど、もう見かけ倒しのモンスターたちには慣れたもの。
ところどころ身体が腐り落ちているようだし、こいつもどうせ見た目に似合わないよわよわゾンビってことなんだろう。
のんびりとカマキリを眺めていると、その鋭い刃が僕にむけて振るわれる。
──パシュッ
鋭い風切り音をたてて飛んでくる鋭利な刃。それは視認できないほどの高速な斬撃なわけだけど……
「……慣れてはきたとはいえ、やっぱりこんなのが首筋に当たってると見た目だけは怖いよな……やっぱり効果は無いわけだけどね……」
めちゃくちゃ良く切れそうなギラリと光る刃は、僕の首の柔皮膚一枚を切り裂くこともできず首元でぴたりと止まっている。
そのことが予想外だったのかなんなのかは知らないけど、カマキリのやつは自ら体勢を崩しているくらいだ。
「さてと……ふっ!」
──バキィィッンッ
「クプァァァァァァッッッッッ!!!」
僕が軽く右手をあげて振り下ろすと、その鋭く光る刃があっさりとバラバラに砕けていく。
僕は怒りの叫びをあげるカマキリにゆっくりと近づいていく。
「ギピィィィッッッ!!」
怖気づいたように蠢くカマキリだけど、逃げる気はないようだ。
残った片手の刃を僕には見えない速度で振り回し始める。
僕の目には全く見えないその攻撃が、ペシペシペシペシっ、と身体のいたるところにぶつかっているのはわかるけれど、最弱モンスターゾンビの攻撃なんてどこに当たったって痛くも痒くもない。
「グピィィィッッッ!!」
打撃攻撃が通じないとわかると、今度は魔法スキルを使ってくる。
お決まりのようにカマキリが派手な緑光に包まれるのと同時に、僕の身体を包みこむような巨大な竜巻が巻き上がる。
吹き荒れていく風の暴虐──見た目だけならば即死しそうなエフェクトだっていうのに、この軽い僕の身体一つ浮かせることすらできないっていうんだから……残念スキルだと言わざるを得ない。
僕はそんな見た目だけの嵐の中を、ただゆっくりとカマキリの足元まで近づいていく。
幸い矜持があるのかなんなのかは知らないけれど、カマキリは僕から逃げたりはしないようだ。
「その意気だけはよし、ってなっ……はぁっっっ!!」
足をしならせた回し蹴り。
──ズパァァァッン
っと綺麗な音を立ててカマキリの左足が吹き飛ぶ。
崩れ落ちてくるはカマキリの長い胴体の先についた巨大な頭。
僕はそこに向けて走りよると、助走のままにトーキックをお見舞いする。
──シュパァァンッ!!
着弾点から派手に弾け飛ぶカマキリの頭。
同時にカマキリの身体全体が煙となって消えていく。
──キラークイーンマンティスゾンビを撃破しました
──経験値を得ました
──レベルはロックされているため上がりません
──レベルはロックされているため上がりません
──レベルはロックされているため上がりません
………
………
──レベルはロックされているため上がりません
──レベルはロックされているため上がりません
──20種類のゾンビタイプモンスターの撃破を確認しました
──【ゾンビマスター】の派生スキル取得条件2を満たしました
──《ゾンビステータスアナリシス》を取得しました
「……相変わらずドロップする魔石だけはクソでかいんだよねえ、弱いってのに。これを持って帰れないのが残念だよ……」
上層で『アマゾネス』のメンバーが集めていた魔石はせいぜい小石サイズ。
こいつらが落とす魔石は両手で抱えても余るような特大サイズ。
これ1個を持って帰るだけで、上で集めていた魔石の総体積を優に超えているのは間違いない。
しばらくは遊んで暮らせるだけの金が手に入ることだろう。
「にしても《ゾンビステータスアナリシス》、ねえ……」
いわゆる”鑑定”的なスキルであることは想像に難くないけど、こんな弱っちいゾンビのステータスなんて知ってどうしろっていうんだろうね。
きっと全部の能力値が0か1って表示されるだけに違いない。
「……っと、ようやくこの層の階段か。まだまだ下層があるんだねえ……」
さっきのカマキリがこの層最後のモンスターだったようで、目の前に下りの階段への入り口見えてくる。
僕はもう緊張感を覚えることもなく、石造りの階段を下っていく。
「あれ、ここは……」
階段を下り続けた僕がたどり着いたのは、今までとは一線を画すような場所だった。
僕の目の前にあるのは、大げさなまでの装飾が施された扉。
「もしかして……この先って『ボスフロア』、だったりするのかな?」
頭に浮かぶんだのはそんな単語だった。
「ってことは、とうとう最終階層……だったりしちゃう……?」
よくあるダンジョンもののお話では、最終階層まで降りることで地上へと帰還できるってパターンは多い。
それが僕がこのダンジョンを上るのではなく、ひたすらに下ってきた理由でもある。
「でも……さすがに、ダンジョンボスまであんな雑魚レベルに弱いってことは、ないのかなあ……」
僕は期待と、少しの不安を感じながら、その扉を押し開いたのだった。