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2−2 異世界ダンジョンは裏切りの舞台







「はぁぁぁっ!! 《マルチスラッシュ》!!」


──ガッ、ガガッ、ガッ、ギィンッ


 鋭く振り抜かれる連続の斬撃が、薄暗いダンジョンの中に軽やかな衝突音を奏でていく。


 剣を振るう彼女の前を塞いでいた骸骨兵士たちは、そんな音とともに粉々に砕かれ、やがて煙となって消えていく。


 持った剣を合わせようとする気骨のある骸骨もいたけれど、その剣ごと叩き潰されてしまう有様だ。


「あぁっ、くせぇくせぇっ! 穢れダンジョンの依頼を受けなきゃいけないなんて、ホントついてねーぜっ。モンスターはよえーのばっかだけどなっ」


 そんなことをぼやくのは、S級冒険者グループ『アマゾネス』の前衛を務める【ソード・エキスパート】のアマンダ様。


 彼女はアンデッド系モンスターの湧くダンジョンへの愚痴をこぼしながらも、あっさりと骸骨兵士の群れを一人で殲滅してしまう。


 まだまだ自分たちの出番はないとでも言わんばかりに、【プリースト・マスター】のクリーシュラ様も【シールド・スペリアー】のサフィナ様も【マジック・エキスパート】のダリア様も、アマンダ様の蹂躙をただ眺めているだけだ。


 異世界勇者なんて大層な扱いで召喚された僕だけど……彼女達のような高レベル冒険者がいるんだったら、この世界に僕を呼び出す必要なんて全くなかったんじゃないかって思えてくる。


 少なくとも、封印される前のレベル1の勇者だった頃の僕ではてんで相手にならないくらいに彼女達は強い。


 今から考えると神聖皇国騎士団長のロダンとかだって、きっと勇者として歓待されている僕の前、模擬戦でも僕に花を持たせるために手を抜いていたのだろう。


 そんなことを思い出していると、目の前の戦局に変化が訪れる。


 満を持したように奥から現れた巨大骸骨兵士──その凶悪な威容に、『アマゾネス』のメンバーたちの顔つきが少しだけ変わる。


「……おっ、でけーのがきたかっ……頼むぞっ、サフィナっ!」


 前方に駆け出し大剣を振るう巨大骸骨兵をしっかりと見据えたまま、アマンダ様は剣を構えたまま後ろへと飛び退る。


「ああっ、防御は俺に任せろっ!」


 代わりに前へと飛び出たのがサフィナ様。


 ガッチリした体躯の彼女は、構えた大盾で巨大骸骨兵の振るった剣を完璧に受け止めてみせる。


 ずざぁっ、とその身体を押し流されながらも、彼女の身体の芯はブレることはない。


 そして、サフィナ様は大盾の後ろを支えながら大きく叫ぶ。


「《シールドロア》!!」

 

 盾から飛び出す蒼光の波動。

 

 それを受けた巨大骸骨兵が大きく体勢を崩し、その身体表面を構成する骨がパリパリと地面に崩れ落ちていく。


「《ウインドブラスト》!」


 そして、時を置かずして僕の横で奏でられた呪文。


 その言霊に合わせてサフィナ様から打ち出されたのは、直径50cmほどの風の砲弾。


──ドガガッ、ガシャンッ


 っと音を立てて、巨大骸骨兵の胸部が大きく崩れ落ちる。


 むき出しになったのはその中に隠れている黒色のコア。


「よくやった、二人ともっ! 後は俺に任せておけっ!! はぁぁぁぁぁっっ!! 《マルチススタブ》!!」


──ガガガガッッッッ、ズシャァァンッッ


 露出したコアに向かって連続で叩き込まれるアマンダ様の突き。


 その最後の一突きが、巨大骸骨兵のコアを、綺麗に撃ち抜いたのだった。





「ああ、くせぇくせぇっ、ほんとこのダンジョン『穢の住処』はろくなもんじゃねーぜっ」

「お疲れだよっ、アマンダ。そうだねー、聖職者である僕としてもここの匂いとモンスターたちは本当にきついよっ。B級ダンジョンらしくモンスターは弱っちいのばっかけどねっ……早く指定の魔石集めて皇都アリアにもどろー。それはともかく、はいっ《ホーリーピュア》」

「おっ、わりーな、クリーシュラ……これでだいぶ匂いがマシになるぜっ」


 【プリースト・マスター】であるクリーシュラ様の放った《ホーリーピュア》の暖かな光がアマンダ様を包む。その光はアマンダ様を浄化するとともに、彼女の身体の表面の擦り傷まで回復していく。


 僕はそんな彼女たちの会話を聞きつつも、スケルトンたちが崩れ落ちたあたりからすべての魔石を探しだし、速やかにかばんへと回収していく。

 

 魔石を拾い忘れるなんてことがあったら、どんな折檻をうけることになるか想像もできない。


 彼女たちは僕の作業をのんびりと待っていてくれたりなんてしてくれないから、彼女たちに置いていかれることがないように急ぐ必要もある。


「おらっ、いくぞっ、アキトっ! 遅れるなよっ」

「はいっ、ただいまっ!」


 たくさんの魔石を詰めずしっと重くなったかばんを担ぎなおし、僕は必死で彼女たちを追いかけるのだった。






「ふーっ、はーっ、はっ……」

 

 ダンジョンを駆け回り続けた一日もようやく終わろうとしている。


 ずっしりと重くなったかばんを背負ったまま、僕は『アマゾネス』のパーティーメンバーの背中を必死で追いかける。


 こんな毎日の重労働を繰り返して、少しずつ体力がついてきている気がしないではないけど……レベルアップの恩恵を受けられない僕のステータス上昇は微々たるものだ。


「大変そうだね、アキト。もう少しだし、そのかばんは僕が持ってあげるよ」


 必死で前に進む僕にそんな優しい言葉をかけてきたのはクリーシュラ様だった。


 珍しいこともあるもんだな……普段だったら僕が遅れてることを叱責しながら蹴り飛ばしてくるくらいなのに……


「えっ、いいんですか?」


 とは思うけれど、ぐいぐいと肩にくいこんでくるかばんの重さを考えると、彼女の手助けという誘惑に抗うことはできなかった。


 それに、僕が疲れてる原因の一つは、昨日野営した空き家の中で彼女たちへの奉仕活動を強制されたことでもある。


 ちょっとくらいクリーシュラ様に助けてもらえるだけの活躍は、あの時にしていたってことなんだろう。


「もちろんだよ。君もここまで頑張ってきたわけだからね……もうすぐこの穢れダンジョンの探索もおしまいなわけだし、最後くらいは楽したらいいさっ」

「わ、わかりました。クリーシュラ様っ! 優しいお言葉ありがとうございますっ!」


 僕は背負ったかばんをおろすと、クリーシュラ様に手渡す。


 彼女はそれをひょいっと片手で抱えると、まるでそこに中身なんて入っていないかのように歩いていく。


 力は比較的低いはずの後衛職のプリーストだっていうのに、高レベル冒険者ってのは本当に人外の力を見せつけてくれるもの。


 まあ、封印される前の僕も、そのくらいのことができるくらいの力は持っていたわけだけどね。


「……せめて僕も、身体強化だけでも封印されていなければなあ。ま、それは言ってもしょうがないことか……荷物も持ってもらっちゃってるわけだし、せめて遅れないようについていかないとな……」


 僕は既に通路の先を曲がって姿を消している彼女達を追いかける。あの重いかばんさえなければ、僕だってまだまだ動ける。


「待ってくださいよーっ……」


 そう声をかけながら、曲がり角を曲がった──その瞬間だった。


──ガスンッッ

「えっ? うっ、ぅああっ!!」


 踏み込んだ曲がり角の中心にあった大きな石板がぐっと沈み、地面に描かれる魔法陣のようなものから闇色の光りが飛び出す。


 螺旋を描くように飛び出したそれは……僕の身体へぐるぐると巻き付いてくる。


 その螺旋の影は強い物理的拘束力をもっており、僕の身体をその魔法陣の中へと引きずり込み始める。


 身体をバタバタと動かして抗おうとするけど……少しずつ地面にぐっ、ぐっ、と沈んでいく身体を、僕には止めることができなかった。


「えっ、これっ、何っ、なんなのっ!?」


 動かせない身体で慌てて首だけ左右に振って『アマゾネス』の仲間たちを探すと……彼女たちはすぐそばにいた。


「え……な、なんで?」


 僕が拘束されているっていうのに、その横で焦ることもなくいつもと同じように立っているだけの4人の仲間たち。


 彼女たちは何事も起こっていないかのように、僕のことを見ているだけだ──まるで僕がこうなることを最初から知っていたかのように。


「おー、ようやくはまったかー……」

「そうだね。アキトって妙に勘がいいっていうか注意深いっていうかさ……まさかこんなに長いこと君とパーティー組むことになるとは思ってなかったよ」

「うむ……」

「そうね〜……」


 口調はいつものように軽いままだけど、彼女達の僕を見る目は冷たいものだった。


 いつか見た、皇女ベルティアナを思い出すような冷たい瞳。


 まるで僕がこうして拘束されているのは当然のこと……とでも言わんばかりの瞳だった。


「ア、アマンダ様っ、クリーシュラ様っ? サフィナ様っ、ダリア様っ!? こ、これはっ!?」


 問いかける間にも、地面へと沈みこんでいく僕の身体は止まらない。


「それはな、このダンジョンの下層への転移トラップだよっ。一度発動しちまったらS級パーティーのあたしらでもどうしようもねえなあ。助けてやりてー気持ちはあるけど、そんな方法はねーんだわっ。わりーなっ!」

「そうだねっ。転移トラップはこのダンジョンで一番危険なトラップって言ってもいいものだよっ。絶対踏まないようにってのは、E級冒険者だって気をつけてることなのにねっ。あーあ、残念だけど戦闘力のないアキトじゃ、転移する下層から生きて帰ってくることは絶対にできないだろうねえっ……うーん、残念残念っ」

「そ、そんなっ……た、助けに来て、くれるんですよね?」


 僕は必死で彼女達に問いかける。それだけが僕がこのダンジョンの下層から生きて戻れる唯一の可能性なのだから。


 だけど……

 

「いやっ」

「んーんっ」

「否……」

「いいえ〜」


 彼女たちからの答えは無情なものだった。


「そ、そんな……な、なんで、僕が? 一生懸命荷物持ちしてたのにっ! 昼だって、夜だってあんなに一生懸命にサポートしてきたのにっ……」

「うんっ、ようやくまともな奉仕活動ができるように育ってきたとこでもったいない気持ちはあるんだけどさ……まあ、もともと君、『禁忌者』であるアキトは、処分する予定で冒険者ギルドから、ってか皇女様から引き受けていたわけなんだよ。僕らもほら、敬虔なミディラヌ神の信徒なわけだしね。この世界から穢れは払わないといけないんだよっ」

「……ベ、ベルが、また」


 僕の脳裏に浮かんでくるのは、計画通り、と言わんばかりに笑っている彼女の顔。


「アキトの場合は直接ヤッちゃいけねー、って指定があったからこうして罠にかかるのを待っていたわけだが……アキトが毎回罠に勘付いて避けてくから、こんなに時間がかかっちまったぜ。だが、これで、よーやくお仕事完了ってやつだなっ。あたしたちがおめえに恨みがあるってわけじゃねえけどさ、まっ、穢れものとして産まれちまった自分のことを恨むんだなっ」


 アマンダ様が冷たい言葉を吐き捨てる。


「くっっ……くそぉぉっ、お、お前らっ、許さないぞっ!! ぜ、絶対に出てきて、復讐してやるからなぁっっ!!!」


 レベル1の僕に何かができるとは思わないけど、それでも復讐を誓わずにはいられなかった。


 心の底から湧き上がる罵詈雑言を、彼女たちに叩きつけていく。


「おお、やれるものならやってみなっ! でもな、アキト……ついでだから教えてやるが、この穢れダンジョンは、だいぶ前に下層への入り口は塞いじまってるんだよっ……下に潜れば潜るほどくせーからな。つまりだなっ……」

「アキトが出てこられる可能性は0ってことだね。残念だったねっ、アキトっ」

「そ、そんな……くっっ、くそおっ、くそぉぉぉおおおおっっっ!!!!」


 地上に残ったのは首だけになってしまった僕。


 僕はせめてもと元パーティーメンバーたちのことをにらみつける。


「ばいばい、アキト」

「じゃーな、アキト」

「うむ……」

「それじゃあね〜……」


 呑気に手を振ってくる美女たちの姿を、僕は絶対に忘れないと心に刻みつけたのだ。









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