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1−4 異世界奴隷の始まりは牢屋の中から






「はあ……なんだって、こんなことになっちゃったのかなー……」


 鉄格子の外を眺めながら呟いてみるけれど、もちろん僕に答えてくれる人なんていない。


 ポジティブな期待と不安にドキドキ緊張していた今朝の僕。


 まさかその1日の終わりが牢屋の中になるだなんて……まったく想像もしていなかった。


「今のところは、そう対応が悪いってわけじゃないけどさ……」


 こうして牢屋に閉じ込められているわけだけど、別に見張りがいるってわけではない。


 突っ込まれた牢屋に他の危険な囚人がいるわけでもないし、特別汚かったり臭かったりすることもない。


 ましてや拷問を受けたり、なんてことはないわけだけど……だからって僕のこれからに希望が感じられるわけでもない。


「……………何なんだよっ【禁忌職業】ってさ。【ゾンビ・マスター】ってのがなんなのかは知らないけど、そんな自分で選べないものに文句言われたって知るかよっ! この世界に勝手に呼び出したのはそっちの方じゃないかっ!! いや、前世の僕に異世界転生願望があった、ってのは事実だけどさー……」


 脳裏に浮かんでくるのは、氷のように冷たい表情を浮かべたあの時のベル。


 この異世界に転移してからいつも良くしてくれていたベルと同一人物だと思えないほどに、彼女の態度は冷たすぎるものだった。


 女は化けるもの、とは言うけれど……


「くそー、ここから出られたら、あの女絶対にわからせてやるからなっ……こういう展開のラノベだと、絶対ざまぁされることになるんだぞっ! 覚えてろよっ!」


 ラノベでは異世界勇者を追放した王族なんてものに良い未来が待ち受けていることはまずない。


 現実となったこの場所で同じことが起こるかどうかは何とも言えないところだけど……この世界の女神様とやらだって見るものは見ているはず。


 そんなことを考え続けることしばらく……ようやく昂ぶっていた気持ちが少しだけ落ち着いてくる。


「……はあ、そんな復讐を実行に移すためにも、まずは現状把握が重要だよな。よしっ……《ステータスオープン》」




***********

名前:ヒラヤマ・アキト

種族:異世界人

称号:異世界勇者

装備:封印の指輪(呪)


LV:1 (固定)

HP:8/8

MP:2/7

攻撃力:5

防御力: 4

魔攻力: 7

魔防力:6

素早さ:6


固有職業:

【ゾンビ・マスター】

固有スキル:

《オートトランスレート》

《ステータスアップ・勇者》(封)

汎用スキル:

《ステータスオープン》

***********





「うっわー……ひどいなこれは、ってなんでMP減ってるんだ……?」


 ……あー、《ステータスオープン》でもMP使うってことなのかな。そうすると、このMP量じゃ僕はほとんどの汎用スキルを使えない状態ってことなのか? 《ステータスオープン》ってすごく基本のスキルっぽいよね……? 

「……にしても、ステータスがすっからかんじゃないか。肉体強化の所に封って書かれてるけど、僕のこの世界でのすごい動きは全部《ステータスアップ・勇者》っていうパッシブスキルの恩恵だったってことなんだね……」


 牢屋に閉じ込められてから確認した感じ、今の僕の動きは地球での僕のものとほとんど同じってとこ。


 いや、ここのところ毎日のように訓練してたから、ってことで少しのプラスはあるのかもしれないけど……いかんせんこの指輪を付けられる前の無敵感すらあった身体感覚との差が大きすぎる。


「っていうか今更だけどレベル制だったのね、この世界って。僕が普通の【職業】を得られていたら、ダンジョンとかに行ってレベル上げをしながら鍛えて……みたいなことをしていたんだろうけど”固定”かぁ……」


 ご丁寧なことにこの呪われた指輪は、僕のレベル上げまで制限してくれるものらしい。


 割と詰んでいる感が否めない。


「くそっ……ってなると、この封じられてない【ゾンビ・マスター】の職業の方でどうにかするしかないんだけど。ゾンビ……なんてこんなとこに突然湧くはずもないよなあ」


 古き良きゾンビゲームなんかを考えれば、牢屋ってのはゾンビの1匹や2匹隠れていてもいい場所なような気がしてしまうけど、そう都合が良い話はない。


「じゃ、じゃあ………………《ゾンビ召喚》っっ!!」


 片手の手のひらを前に出しながら、声に出してみる。


 恥ずかしさを堪えながら試してみたわけだけど……


「だ、だめだよな……そりゃそうだよね、そんな《スキル》があるんなら《ステータスオープン》で見れるんだろうし、《派生スキル》は【職業】を得た後で、覚えていくものって言ってたものね」


 もちろん僕の前にゾンビが召喚されることなんてなかった。


「【ゾンビ・マスター】って言うくらいなんだからゾンビがいれば何かできるんだろうけど、肝心のゾンビがいないんだからねえ──」

「何をされているんですか?」

「えっ、わぁっ!? …………って、君は、リリー?」


 いつの間にここに来ていたのか……鉄格子の外からこちらをじっと見ているのは、僕付きのエルフメイドのリリーだった。


「……も、もしかして、今の見てたり、した?」

「いえ、特に何も…………お元気でしたか、アキト様?」


 少しの沈黙のあとに、リリーは何事もなかったかのように話し出す。本当に見ていなかったかは怪しいところだけど、何も見なかったことにしてくれたようだ。


「まあ、見ての通りの状況だけど……身体だけは元気だよ」

「そうでしたか。それは良かったです」


 エルフメイドの彼女の表情は無表情のままだけど、少なくともベルや他の兵士たちとは違い、僕のことを蔑んでいる様子はない。


 もしかして、彼女は、彼女だけは僕の味方ってことなんだろうか?


「も、もしかして……助けにきてくれた、とか?」

「いえ……アキト様の処遇が決まったということで、皇女ベルティアナ様からの処分をお伝えに参りました」


 僕の薄っすらとした期待は、無表情な彼女にあっさりと否定されてしまう。


「…………そう……それで、なんで君が?」

「異世界勇者としての貴方の存在は秘匿情報とされることに決まりましたので、接触する人間を最小限にしたいとのことです。私はアキト様と一番接触しておりましたので……」


 確かに……他のメイドに手を出さなかったわけじゃないけど……僕は一番もの珍しかったエルフメイドの彼女とほとんどの時間を一緒に過ごしていた。


 そんなリリーが僕への連絡役として選ばれた、ってのは理にかなっている。


「なるほどね……それで、僕はどうなるの?」

「はい、アキト様の処遇ですが、【禁忌職業】を発現させた咎を禊ぐため、アリシュテルト神聖王国の冒険者ギルドでの奉仕活動に従事する──というものになりました」

「へえ……」


 ……奉仕活動? あの時にベルが漏らしてた不穏な言葉と比べると、なんだか大したことがないような処分に聞こえるけど……


「……24時間冒険者ギルドの監視付きの強制労働と言い換えることもできます」


 なるほど。言ってみれば言葉を取り繕った労働奴隷ってことか。


 殺されるよりはマシだけど……いずれにしろ僕に選択肢はないんだし、ここは従っておいて逆襲のチャンスを待つしかないか。


「……わかったよ。拒否権はないんだよね?」

「はい、残念ながらアキト様に拒否権はございません。では、参りましょうか……申し訳有りませんが移動の間お身体の方を拘束させていただきます」


 視界まで塞ぐ拘束具に身を包まれた僕は、リリーに連れていかれるのに身を任せるしかなかったのだ。




 ♢   ♢   ♢




「到着しました……」 

「……ここは?」


 拘束を解かれた僕の目に飛び込んできたのは、ランプの光に照らされる古ぼけた木造りの部屋だった。


「冒険者ギルドの一室になります……まもなく引き継ぎのものが参りますので、少々お待ち下さい」


 如何にもなファンタジー世界の冒険者ギルドの一室……って感じに見える部屋は、こんな状況でもなければ興奮して眺めていたことだろう。


 だけど、お先真っ暗のこんな状況じゃそれを楽しむこともできやしない。


「わかったよ……」


 しばらくリリーと二人無言の時を過ごしていると、ドアの外からドタバタとした足音が聞こえてくる。


 すぐにドンッと扉を押し開いて入ってきたのは、大柄な女だった。


 筋肉質な身体が目立つけれど、勝ち気な美貌にも目を見張るものがある。


「よぉっ、待たせて悪かったなっ、そいつが今回の奉仕活動員か?」

「はい、ギルド長。既に報告が来ているかと思いますが、こちらのアキト様が皇女様指定の特別(・・)奉仕活動員になります」

「そうかそうかっ、それなら丁重に(・・・)扱ってやらないといけないな……よしっ、そういうことならちょうどいい。アキト、お前の仕事はS級冒険者グループ『アマゾネス』の補助役としようじゃないかっ。S級グループと誼を結べるなんてなかなかないことだぞっ! 良かったな!」


 話すことはわかっているとばかりに、二人の会話は最低限のものだった。


 あっさりと僕のこれからの役目が決定される。


 しかしS級冒険者グループの補助役か。なんだかすごそうだし、もしかして僕の扱いって本当にそんなに悪くなかったりする……ってことかな?


「特別奉仕活動員はこの冒険者ギルドの中にある特別室で過ごしてもらうことになるからな。何、そんなに心配するなっ、普通に暮らせる部屋だからよっ」

「わ、わかったよ……」

「よしっ、それじゃあいくかっ。あんたは……」


 ギルド長がリリーの方に鋭い視線を向ける。


「はい……私はこれで失礼いたします。それではアキト様、冒険者活動では()()()()()()()おかしくありません。くれぐれもお気をつけください」


 リリーが頭をすっと下げながら静かに囁いたその言葉は、僕の耳にやけに鮮明に響いたのだった。




 ♢   ♢   ♢




「……で、どうだった?」


 冒険者ギルドを出て静かな夜道を歩いていく緑髪の美女──リリーの背に声をかけるものがいた。


「……我が主がおっしゃっていたとおりになりました。異世界召喚勇者は皇女の望む存在ではなかったことが判明し、放逐されることに。その放逐先は冒険者ギルドと決まりました……ですが、よろしかったのですか? このままでは勇者は消されてしまうのでは? 異世界召喚魔法には召喚者を直接害することができないという制約はありますが、抜け道はいくらでも──」


「くくっ……勇者がそんなに生易しい存在なら、うちの先代が殺られたりはしなかっただろうよ。勇者ってのはその実力も確かなものだが、本当に厄介なのはやつらが持つ天運の方よ。邪魔をしようと思えば力を増し、消えたと思ったら蘇る……勇者とはそんな厄介な存在なのだよ。くくくっ」


 リリーの背後の人影は楽しそうに身体を震わせる。


「くくくっ、それに奴らは勇者という存在を勘違いしているのだっ。あれは聖に属するものを救う存在でなければ、魔に属するものを殲滅する存在などでもない、その本質は逆転よ。混沌には安らぎを、そして安定には破壊を……今の状況がどうなのかは、くくっ、わかるな?」


「我が主の深淵なる叡智には及びませんが、今のアリシュテルト神聖皇国が特別の問題を抱えているとは存じません」


「くくっ、まあ見ているが良い。きっとすぐにこの国は、この世界は面白いことになるはずだよ。どれ、我も『漆黒の宵闇』へと潜り、久しぶりに鍛え直しておくとするかな……くくくくくっ、くはーっはっはっはっはっはっ!」


 静かな夜道に、彼女の笑い声は溶けるように消えていったのだ。






お読みいただきありがとうございます。ここで1章がおしまいです。2章の序盤から少しずつ主人公が本領発揮していく感じになります。『ここまでまあまあ面白い』『続きが気になる』と思っていただけましたら、↓の☆☆☆☆☆評価やブクマ登録から応援していただけると幸いです。


〜Novpracd


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