4−2 ゾンビマスターのゾンビたち 〜ルーナ・オリジンは忠誠に生きる〜
──シュパッ、ズドンッ、ダンッ
ルーナが大通りを駆け抜けながら手足を振るうたびに、ミーレルの街を歩く人々が倒れ伏していく。
「手加減がうまくいかず最初に数人吹き飛ばしてしまいましたが……まあそのくらいはきっと誤差範囲でしょう。私の体液を与えておけば、ばらばらになっていても何かしらの腐族にはなれることでしょうしね」
ルーナが言う通りに彼女の体液の乗った攻撃を受けた人々は、すぐにゾンビとして立ち上がりあたりを徘徊し始める。
ちぎれた体を引きずるようにして動き始めるものもいることから、彼女の体液による腐族化の効果はかなり強いものであるのだろう。
「最初は意志をもたぬ骸となるものが多いようですが、我が主への忠誠心さえあればそこから這い上がって来られるはずです。立派な腐族の仲間として成長して戻ってくることを期待しておりますよ。さあ、最初の仕事です。周囲の生物を襲い、噛み、引っ掻き、我が主アキト様の仲間とするのです」
エンシェントゾンビたるルーナにはある程度のゾンビへの強制力があるのか、指示を受けたゾンビたちは散らばりながら生物を探し始める。
ルーナはそんな彼らを一瞥すると、同じように腐族への生まれ変わりを待つ人々を探し始める。探知にも駆動力にも優れるルーナは、次々と隠れる人々を見つけ出しては容赦なく腐族へと変えていく。
どんどんとミーレルの街から人族の気配を持つ存在が消え失せていく。
そうして短時間でミーレルの街に大量のゾンビを産み出していくルーナだったが、時折その足を止めることに成功するものもいた。
「おいおい、俺らの住む街で随分好き勝手やってくれてるじゃねえか……」
「そうよっ。せっかくのこの街がいい具合に私たちの遊び場になってくれてるってのにさっ」
「くくっ、お前、顔も体もいいなっ。手足をもいでから傷口を焼いて、死にたくなるまで楽しんでやるぜっ、ぐふふっ」
ルーナの道を塞ぐのはミーレルの街を拠点とするS級冒険者パーティー『バーバリアン』。
大剣を抱える筋肉質な男、縦長の盾を構える大柄な男、そして不思議な力を感じさせるローブを身にまとう長髪の女。
そんなバランスの良さそうなパーティーを前にして、ルーナは柔らかく微笑む。
「少しは歯ごたえがありそうな雰囲気ですが、何秒持つものでしょうか……さて、かかってきなさい」
「なめやがってっ! リズ!」
「ええっ……《シャドウミスト》!」
漆黒の霧がルーナを包み込む。
それを確認した大剣使いは迷うことなく黒い霧の中へ走り込むと、上段に構えた大剣を勢いよく振り下ろす。
慣れた連携がはまったことで、大剣使いの男は勝負が決まったと確信する。
だが──
──ギィンっ
硬いものにぶつかったような音とともに、男の大剣は弾かれてしまう。
「ちっ、防がれたかっ……」
「防いだわけではありません。このくらいの等級の武器をあなたくらいのレベルのものが振るうだけでは私には全く効果がないというだけのことです」
「ちっ、戯言をっ。何かしらの特級防御スキル持ちってことかっ」
「そんなことは…………なくもないですね。《アブソリュートガード》を持ってはいますが、今回は使ってませんよ……今度は私から行きますよ」
ルーナがゆっくりと歩き出す。
「ちぃっ、ロベルソンっ!」
「おおっ!」
男は暗闇の中から飛び出すと、盾使いの男に救援を求める。
大剣使いの男に追い縋るルーナの前に、ロベルソンと呼ばれた男が盾を構えて飛び込む。
「……《シールドバッシュ》!」
「……盾系のスキルには能力差を覆すことができるものが多いのですよね」
輝く盾にはルーナを弾き返せそうな力が込められているようにも見える。
「ですが、それは常識的なレベル差であれば、の場合です」
「……べぐぅっっ!!」
ルーナがそのまま大盾を殴り飛ばすと、ロベルソンと呼ばれた男はあっさりと吹き飛んでいく。
「おっといけません、このくらいで殺してしまいますか。高レベルの冒険者であれば優秀な腐族になる可能性があるのですから、気をつけないといけませんね」
ルーナは自らの手首を切ると、流れ出てきた体液を固め、ぴくぴくと震える男の身体へ向けて投げつける。
ルーナの体液を受けた男は一旦動きを止めたが……やがてゆっくりと立ち上がる。
その視線には、もはや元の男の意志は感じられない。
「な、なんだっ、なんなんだっっ! てめえはっ!!」
「なんだと言われても……腐族の王アキト・ヒラヤマ様の忠実な僕。種族で言うならばハイヒューマンエンシェントノーブルゾンビ。あなたにとっては死神……いえ、素晴らしい存在に転生するための転生の女神かもしれませんね、ふふっ」
にっこりと微笑むルーナの笑顔は信じられないほどに美しいものであったが……大剣使いの男、そしてその後ろに立つ闇魔法使いの女は背筋が凍るような寒気を覚えていた。
「ちなみに、レベルは10241を数えました……」
「い、一万だとっ……そ、そんなことがあるはずはっ……」
「そ、そうよっ、そんなの嘘っっ!」
「ふふ、人族とはいえ、あなたたちくらいのレベルの方が冷静に私を見れば、わかるはずなんですけどね……」
そう言われた男は、改めてじっくりとルーナを見つめる。
男にはルーナの力を見通すことは全くできなかった……ただ、絶対に勝てないんだろうな、という漠然とした、そして画然とした力の差を理解できただけ。
「ちっ、ハズレをひいちまったみたいだな。だけど……勝てなさそうだからって、諦めるわけにはいかねーんだよっ! リズっ、達者でなっ! くらえぇぇぇっ……《ソウルソードスラッシュ》!!」
「そ、そのスキルはっ、や、止めっ──」
男の持つ大剣が目も眩むような輝きを放ち始め、男はその大剣を抱えルーナへと飛び込む。
「命を引き換えにした斬撃ですか。しかも良い剣筋ですね。これは身体にダメージが通るかもしれませんね、普通の状態なら……《アブソリュートガード》」
ルーナはスキルを行使した上でその剣を片手の手のひらで受け止める。
まばゆい光が当たりをつつみ、その光が消え去った時……そこには片手で男の大剣を掴み取ったルーナの姿が残されていた。
「ちっ、無傷か……ば、化け物がよっ……ぅっ、くぅっ……」
「そんな化け物にスキルを使わせ、しかも《アブソリュート》系のスキルを抜いてきたあなたもなかなかのものだと思いますよ。褒めてあげましょう」
ルーナが手のひらを覗き込むと、そこにはうっすらと傷がつきルーナの体液が漏れ出てきている。
そんなルーナの目の前で、エネルギーを失い切った男が地面に崩れ落ちかける。
「おっと、死なれては困ります。あなたも優秀な素材のようですし、これからもよろしくお願いしますね」
ルーナはちょうど良いとばかりに手のひらにできた傷を絞り、男の口内に体液を注ぎ込む。
「さてあなたが最後ですね……あなたは大したことはなさそうですが、一旦腐族となれば同胞です。生まれ変わった際には、暖かくお迎えしますよ」
「……きゃぁぁぁっっ!!」
ルーナが姿を消した、と思った次の瞬間──そこには傷ついた手のひらを使った手刀で、闇魔法使いの胸部を貫くルーナの姿があった。
ルーナが突き刺した手をずるっと抜き取ると、ぴくぴくと身体を震わせる闇魔法使いの女性だったが……彼女はそのまま倒れることなく、ずるずると足を引き摺りながら街を徘徊し始める。
「このくらいの力のものたちであれば、腐族の戦力増強になるでしょうか……しかし、ほとんどはノーマルゾンビの壁を破れないどころか、ファルメントゾンビやスケルトンに落ちてしまいそうですね。とはいえアキト様の指令です、腐族を増やすことに手を抜くことはできません。どんどんと行きましょう」
最強のゾンビ、ルーナ・オリジンの行く手を阻むことができるものなど、ミーレルの街には存在していなかった。








