1−3 異世界勇者の始まりは【ゾンビ・マスター】の職業と共に
「それでは参りましょう、アキト様」
「うん、ベル……いこうか……」
アリシュテルト神聖皇国皇女ベルティアナ──いつの間にか愛称でベルと呼ぶようになった彼女に導かれ、僕は皇城の離れにある聖堂を目指す。
今日、僕がこの世界に転移してからちょうど1月となるこの日は、僕にとってとても大切な日になる。
僕がこの世界で得た固有能力である【職業】がなんなのか……それが判明する日なのだから。
「緊張されていますか、アキト様?」
「それは……流石に少し、ね……」
周りの人はみんな僕がすごい【職業】を得るはずって言ってくれているけど、やっぱり蓋を開けてみるまでは何が出るかわからないわけで。
出来の良かった入学試験の結果発表を待っている……そのくらいの気持ちだろうか。
「ご心配なさらないでください……アキト様の肉体強化のレベルは過去の勇者様方に比べても飛び抜けて優秀と聞いております。【職業】や《スキル》の方もそれに相応しい素晴らしいものが得られるはずですよ。さあ、こちらです……」
「うん、ベル……」
僕が案内された聖堂は小さなものだった。奥に女神像のようなものが一つ置かれているだけのこざっぱりとした部屋だ。
そんな聖堂の中心にあるのは、地面から生える石柱に円形の石板が乗っかっているようなオブジェ。
そこに近づいていくベルの後を追い、僕はその石板の前に立つ。
「さあ、アキト様、こちらの石板にお手を触れてください……そうすることで、アキト様のステータスを書き出せるようになります。一度ステータスを見ることができるようになったら、ご自身でも《ステータスオープン》という汎用スキルが使えるようになるはずですよ」
「わかったよ。それじゃ、早速……」
僕はドキドキ胸が高鳴るのを感じながら、手のひらを石版の上に乗せる。
すっと身体の中を何かが走り抜けるような感触が走ったと思った瞬間──目の前に半透明のディスプレイのようなものが浮かぶ。
そこには、僕のこの世界でのステータス詳細が描かれていた。
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名前:ヒラヤマ・アキト
種族:異世界人
称号:異世界勇者
Lv:1
HP:582/582
MP:617/617
攻撃力:672
防御力:554
魔攻力:623
魔防力:601
素早さ:565
職業:
【ゾンビ・マスター】
固有スキル:
《オートトランスレート》
《ステータスアップ・勇者》
汎用スキル:
《ステータスオープン》
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ああ、そういえばなんでこの世界で言葉が通じるのか不思議だったけど《オートトランスレート》ってのが働いてくれてたってことか。異世界ものじゃ定番の異世界言語理解ってやつだよな……
にしても……
「固有スキルの《ステータスアップ・勇者》ってのは身体強化能力のことだろうし……職業【ゾンビ・マスター】ってやつが重要、ってことでいいのかな? 一体何ができるのかイマイチわからない【職業】だけどさ……」
「………………【ゾンビ・マスター】……ですか? ……なるほどー、それは、これまでに聞いたことのない職業、ですね?」
ベルが不思議そうに首をかしげる。
「え、ベルが知らないような職業もあるの?」
「ええ、勇者様が授かるのは【マジック・マスター】、【ホーリー・マスター】や【ウエポン・マスター】などわかりやすいものが多いと聞いていたのですが、極稀にですが詳細が不明な職業を授かることもあるようです……ですが、ご安心ください。そういった場合にはこちらの指輪をつけて頂ければその職業の詳細がわかるようになっていますので。さあ、アキト様こちらへ指を……」
なるほど。こういう詳細不明の職業が出た場合への対応も準備ができているってことか。
彼女の方へ左手を差し出すと、ベルはその指輪を躊躇うことなく僕の薬指へとつける。
この世界では別にそういう習慣があるわけじゃないんだろうけど、左手の薬指にベルのような美少女に指輪を付けられるってのはドキドキしてしまうもの。
高鳴る心臓の鼓動を感じながら指輪のついた左手を眺めていると……
「……えっ?」
突如指輪から黒いモヤのようなものが浮き上がる。
黒いモヤは僕の腕を駆け上がり、そのまま僕の身体の中心へと吸収されていく。
「……え、なにこれっ? ぃっ、いたっ……」
同時にぎゅぃっと小さく締まり、ギチギチに指を締め付けてくる指輪。魔法のサイズ調整機能がついてるのかもしれないけど、それが正しく動作していないのは明らかだった。
「ベルっ、これっ、締まりすぎて指が痛いんだけどっ……ぁっ、あれっ、力がっ……」
続いて感じたのは、凄まじい脱力感だった。
まるで今まで無重力の中で活動していたかのように、全身にずっしりとした重さがのしかかってくる。
立っているだけでも辛くて、僕は地面に膝をついてしまう。
「な、なんで……こんなに身体がおも……」
僕はなんとか顔をあげてベルを見上げる。
「……え? ……ベル……?」
そこにいたのは、僕のことを心配するような顔をしているベル……ではなく、嘲笑うような笑みで僕を見下ろす僕の知らない一人の女だった。
「………………ふふ、今あなたにつけていただいた指輪は『封印の指輪』というものなのです。扱いにくい勇者がこの世界に現れてしまったときに能力を抑えこむために使われるものなのですが、大人しく従順な存在だったあなたに使うことになるとは思っていませんでしたよ」
「ふ、封印? なんで?」
ベルが僕を封印しなきゃいけない理由なんて思いつかない。さっきまでは勇者である僕を尊敬してて、僕に全幅の信頼を置いているって感じだったのに。
「……そんなの当たり前でしょう? まさか勇者として呼び出されたあなたが穢に通ずる【禁忌職業】を得るだなんて……危うくこの人畜無害そうな顔に騙されるところでしたよ……」
「え……な、なんのこと? 何を言ってるの、ベル?」
「《禁忌スキル》の一つを得るだけでもおぞましいと言うのに……穢そのものであるゾンビに関した【禁忌職業】を得るなど……適切な処置をしなければ、女神様からこの国に神罰が落とされてしまうことでしょう」
彼女は本当に嫌そうに身体を震わせながら、女神様への謝罪の祈りを捧げ始める。
「……ベル? え、何? じょ……冗談、言ってるんだよね?」
とは言ってみたけれど、彼女が冗談でそれを言っているとはとても思えなかった。
僕を見るベルの瞳には、これまでにあった優しさは皆無になっているから。
絶対零度の冷たい視線が僕を見下していた。
「冗談なのはあなたの存在の方でしょう。異世界召喚勇者ともあろうものが穢らわしい【禁忌職業】を授かるなど……このアリシュテルト神聖皇国で前例のない大問題ですよ。ですが幸い今回の召喚に関しては一部のものの間だけで情報統制していますし、まだやりようはありますね……」
ぶつぶつと呟きながら何かを考えているベル。その瞳に僕の姿はもはや映っていないようだ。
「この召喚にかかった手間暇が無駄になるのは残念ですが、やはり廃棄して再召喚するプランが一番でしょうか? ですが、廃棄と再召喚に関しては女神様からの制約もあります……少し適切な方法を考える必要がありますね。あなたたち、これはもう必要ありません。処分が決まるまで牢にいれておいてください」
彼女はもはや僕に関するすべての興味を失っているようだった。
部屋にいる兵士にテキパキと指示を出すと、僕を一瞥することもなく聖堂から出ていってしまう。
「はっ! かしこました、皇女様っ! さぁっ、貴様っ、ついてこいっ!」
さっきまで丁寧に僕に対応していくれていた兵士たちだけど……今の彼らは同じ人間だとは思えないほどの豹変ぶりを見せていた。
彼らに雑に引っ張り上げられるけれど、力の入らない身体では上手く歩くこともできず倒れ込んでしまう。
「ぅぁっ……やっ、やめっ……」
「貴様っ、抵抗するかっ! この穢れものがっ!」
──ボグッ!
「ぁがぁっ! ぃっ、ぃたぁっっ!!」
殴られた顔に走る凄まじい衝撃──それは、この世界に来てから初めて感じた強い痛みだった。
ロダンの木刀が直に当たったって大して痛むことのなかった身体だっていうのに……一体、どうなってるんだ?
「ぁあっ、いくっ、ついていくからっ……殴るのはやめてくれっ!」
「けっ、おとなしくついてくればいいんだよっ! 面倒かけるようなら、もう1発くらわすからなっ!」
『人に殴られる痛み』には、僕の心をあっさりとへし折るだけの衝撃があった。
僕は言われるがままに、兵士の後におとなしくついていくことしかできなかったのだ。