4−1 ゾンビマスターはデュラハンと出会う
──ボゴォォォッッ
全力で振り抜いた拳がニヤついている男の顔を捉え、男の首から上を吹き飛ばす。
都合初めての殺人に手を染めることになったわけだけど、そんなことは全く気にならなかった。
目の前で命を消したナーニャのこと、そして心の底から湧き上がる人族への敵意に感情を支配されていたから。
頭を吹き飛ばされた男を見てヘラヘラと笑うばかりだった取り巻きたちの顔色が変わったようだけど、そんなことももはやどうでもよかった。
僕は一人、一人、と距離を詰め、その顔を、身体を全力で一発、一発、と殴り抜いていく。
人の体ってのはこんな簡単に吹き飛ぶようにできているんだ。
そんな脆弱な存在が、なんで僕のナーニャを傷つけていいだなんて思い上がれたんだろう……?
そんな静かで冷たい声が心の奥から聞こえてくる。
最後の方は命乞いをするような声も聞こえていたけれど、ゾンビのように冷え切った僕の心にもはや響くことはなかった。
その場にいた全員を殴り飛ばしたあとで、僕は身体と頭に別れてしまったナーニャの元へと戻る。
「…………ナーニャ。なんで君が、こんなことに…………」
僕は落ちた彼女の首に近づき、彼女の前に両膝をつく。
こちらに顔を向けている彼女の表情は、意外と穏やかなものだった。
だけど、そのコロコロと変わる優しい表情は、もう動くことはない。
「なんで、そんな穏やかな顔してるんだよ……もっと怒ってたっていいじゃないか……」
誰よりもこの街の人のことを思って行動していたナーニャ。
そんなナーニャが同じ人族の手にかかって殺されてしまったのだ。
彼女の表情が人族への憎しみに染まっていても全く不思議ではないはずだ。
「何か、希望があるってでも言うの……?」
僕は落ちたナーニャの顔を腕の中に抱え、彼女の唇に唇を合わせる。
まだ暖かさの残っている唇からは、塩辛い血の味が伝わってくる。
まるで生きているようなその唇に吸いつき続けるけれど、その温かさはやがてゆっくりと冷えてきてしまう。乾いていく唇から、僕は唇を離す。
「ナーニャ……君の守ろうとしていたこの街だけど……僕は、この国の人族を許せそうにはないよ……」
心の奥から湧き上がってくるのは、目の前の愛しいナーニャを骸へと変えたこの街の人間、人間という種族への憎しみだった。
僕はただこの気持ちに従うだけでいい。
僕には、力があるのだから。
「ナーニャ……僕と一緒にきて、僕の腕の中で見ていて……」
僕はナーニャの頭を腕へと抱くと、復讐へと向けて立ち上がった──
「え……?」
──その時だった。
腕に抱えたままのナーニャの頭が、その瞼が小さく揺れる。
そして、次の瞬間……脳内に機械質な音声が響く。
──ナーニャ・キャティーと【腐界の王】の第1級接触は既に確認されています
第1級接触……これって、あの、マリーの時と一緒?
──ナーニャ・キャティーと『腐界の絆』が結ぶことが可能です
それは一抹の希望。
──【腐界の王】のエネルギーでナーニャ・キャティーのアップグレードが可能です
ナーニャをゾンビ化する一発逆転の復活。
──特殊形状による限定進化のため、進化先はワーキャットデュラハンゾンビのみになります
「かまわないっっ!! するっ、ナーニャをアップグレードするっ!!! だから彼女を生き返らせてくれっ!!!!」
──ワーキャットデュラハンゾンビが選択されました。
──ナーニャ・キャティーのアップグレードを実行します
──アップグレードには336時間が必要です
「336時間ってことは……14日ってことか。マリーの時よりもだいぶ長いな。人間形態で元々の特色に近づけたマリーの進化とは違って、全然違う存在になるから、ってことなのかな?」
ただの商人だったナーニャがデュラハンだなんて物騒なものになるのだ。
その変換には時間がかかる、ってのも自然なことなのかもしれない。
「でもいいんだ。たったの2週間待つだけで、ナーニャ……君が戻ってきてくれるんだから。その間に僕は、やるべきことをやっておくよ……」
ナーニャが戻ってくるとわかった今となっても、心に吹き荒れる激しい復讐の炎が消えることはなかった。
そしてナーニャが生まれ変わるこの世界を、彼女が暮らすのにふさわしい場所に変えておきたい、人族や他種族中心ではなく僕たち腐族中心のものにしておきたい──そんな気持ちがよりはっきりとしたものになっている。
「……あれ……僕たち腐族? ってどういうことだっけ? 僕は人……じゃなくて……ゾンビ、マスター……腐族の、王? んー、なんだか頭が、すっきりしないな…………でも、まあ別に良いか。やることに変わりがあるわけじゃないし……《サモンゾンビ》」
頭に浮かんでくるのはルーナ、マリー、そして他の数々のゾンビたちの顔。
なんでだかは知らないけれど、ルーナに加えてマリーやその他のゾンビたちもこのスキルで召喚できるようになっているようだ。
なんだかどこかで見たことがある気がする顔のフレッシュゾンビたちがいたような気もしたけれど、今はそれは置いておくことにしよう。
今僕に必要なのは、この場所を蹂躙するために必要な戦力。
ただそれだけなのだから。
「ルーナ」
僕の言葉に応えて目の前が暗い闇に包まれる。
そこから現れるのはもちろん、僕の最初の配下である、そして最強のゾンビでもあるルーナ・オリジンだ。
「……はっ! お呼びいただきありがとうございますっ、アキト様! ……お顔つきが少々変わられたようですが、何かございましたか?」
「……僕の仲間が、この街の人間に殺されたんだ。復讐、してあげようと思っているんだけど、ルーナはどう思う?」
「王の身内に手を出したのです。当然の処置かと……すぐさま全滅させましょうか?」
全滅……か。別にそれでも良いやと思ってしまうくらい、僕の心の奥にある何かは変わってしまっているみたい。
だけど、後々のことを考えると全滅させるってのは、最善手ではないとも感じてもいる。
「……できる限り腐族を増やしておきたいと思うんだけど、可能かな? なんだかそうしておいた方が後々のために良いような気がしているんだ……」
「はっ! 殺すよりも多少時間はかかるかと思いますが、不可能なことではありませんっ!」
「そう……それじゃ、ルーナは街を周って強そうな奴たちから腐族に変えていってくれる? ルーナの安全が一番だから、無理があるようなときは消しちゃっていいよ。僕はマリーと一緒に、この街の城にいる貴族を落とそうと思うんだ」
「了解しましたっ! アキト様もお気をつけくださいっ! ではまた後ほどっ!」
ルーナは無表情なままでありながらも、ウキウキとした様子で街へと駆け出していく。
すぐに外から激しい爆発音や逃げ惑う人々の声が聞こえてくるけれど、やはりそれが僕の心に響くことはなかった。
僕を呼び出したこの世界の人間は……結局のところ僕の仲間ではなかったのだ。
僕の仲間は…………
誰よりも僕を信頼してくれているルーナ。
いつでも僕のそばで見守ってくれているマリー。
僕の手のひらの中でデュラハンへと進化を遂げつつあるナーニャ。
そして僕を、僕の仲間たちを決して傷つけることはないゾンビたち。
この子たちこそが、僕の本当の同族。
「……《サモンゾンビ》《サモンゾンビ》《サモンゾンビ》《サモンゾンビ》」
僕は続けてスキルを行使していく。
僕の目の前に連なるのはどこかで僕が出会ったことのあるゾンビたち。
ゾンビステータスアナリシスが働いてるのか見るだけでわかるんだけど、僕の目の前のゾンビたちは『精鋭』と呼べる力を持つものたちだ。
いつだかゾンビダンジョンで見た、エリートジェネラルゾンビ、エンペラーオークゾンビ、カースドフェンリルゾンビなんかもいる。
普通の人間が対応できるようなメンバーではないはずだった。
「いけっ!」
街中の人族を全員ゾンビ化しろという思念を込めて、目の前を埋め尽くすゾンビたちに号令を出す。
「「「「「「「「「「「「「ゔぁーゔぁー」」」」」」」」」」」」」
「「「「はいっっ」」」」
ゾンビたちは僕の声に応え、一斉に街の中へと駆け出していく。
「……って、あれ? 今何人か、人間の言葉を喋ってるやついなかったか? …………まあ、別にいいか……マリー」
「ゔぁー」
声をかけるとマリーがすっと僕の目の前に現れる。
「僕はこの街を落とそうと思うんだ……」
「ゔぁーゔぁー」
「うん、中枢が残ってると厄介だからさ、僕たちはあの城に乗り込んでトップを抑えてしまおうと思ってね。マリーは危なさそうなやつがいたら《暗殺》しちゃってくれる? 基本的には腐族を増やす方針で行こうとは思うんだけど……」
「ゔぁー!」
「うん、マリーなら完璧にやりこなしてくれる、って信じてるよ」
元気に返事を返してくるマリーに微笑みを返し、僕はアリシュテルト神聖皇国第二の都市ミーレルの街に足を踏み出す。
街のどこかで派手に暴れているルーナを目眩しにして、僕とマリーは騒がしい街の中を城へ向かってのんびりと歩いていくのだった。
というわけで、あっという間にナーニャちゃん復活です。
ここから4章になります。4章は週1回、土曜日の更新を続けていきたいと思います。引き続きよろしくお願いします。
〜Novpracd








