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1−1 異世界の始まりはテンプレ召喚皇女と共に




 …………あれ……なんだ……ここは?




 僕がいたのは暗い……ただひたすらに暗くて静かな場所だった。



 身体はどろどろに溶けてしまっているみたいで、自分という存在をはっきりと感じることすら難しい。



 そんな真っ黒な場所。



「……まっ…………ゆ……さまっ……」



 そんな僕に唯一届くのは……どこか遠くから響いてくる小さな声。


 その微かな声の響きだけを道しるべに、僕は暗闇の中を進んでいく。


 やがて、暗闇の中、遠くの方に見えてきたのは薄ぼんやりとした光だった。


 そこに何があるのかはわからないけれど、そこだけが僕が目指すことのできる唯一つの目的地。


 僕はただゆっくりと、そこに向かって足を進めていく。


 少しずつ、少しずつその光が大きくなり、聞こえてくる声も大きく感じられるようになってくる。


 やがて……


「……っっ!? ……勇者さまっっ!! お目覚めですかっっ!?」


 僕のすぐ側から響く、涼やかな女性の声。


 慌てたようなその声に応えようとは思うけど……なんだか随分と長いこと眠っていたような感覚で、うまく身体を動かすことができない。声を出すことだってできなかった。


 張り付いてしまったかのように重いまぶた。それをなんとか押し上げていくと、まばゆい光が網膜を埋め尽くしていく。


 やがて、少しずつ焦点を結んでいく視界。そこに映し出されたのは……重々しい雰囲気の石造りの天井だった。


「……これは……知らない、天井…………ってやつ?」


「……勇者さま」


 綺麗な高い声のする方にゆっくりと首を回していくと、そこには艶やかなブロンドヘアを揺らす高貴そうな女性が座っている。

 

 心配そうにこちらを見ている彼女は、アメリカだかヨーロッパだかは知らないけれど、欧米のどこかの国にでもいそうな美少女だ。


 今まで一度も話したこともないような美貌の女性が優しく微笑んでいるわけだけど、それだけにどこかその笑顔には作り物めいた印象を覚えてしまう。


 それはともかくとして……


「…………君は? ……勇者さま、って……僕、のこと?」


 まだ頭がうまく回っていないのを感じているけど、思い浮かんだ疑問を掠れた喉でなんとか言葉にする。


「はい。突然こんなところにいて、勇者さまも驚いていることでしょう。勇者さまには今から現在の状況を一つ一つ説明させていただきますね──」


 ……彼女の説明はいかにもな、言ってしまえば一昔前のひねりのない異世界転生小説のプロローグのようなものだった。


 この世界は人族と魔族が存在する剣と魔法のファンタジー世界であり、人族は魔族の理不尽な猛攻を受け存亡の危機に瀕しているということ。


 このアリシュテルト神聖皇国の皇女たる彼女が、そんな人族を危機から救うべく勇者召喚の魔法を発動したこと。


 勇者召喚の魔法は無事に成功し、召喚勇者である僕がこの世界に現れたこと。


 そこまで説明を受けたところで、ようやく前世で死ぬ間際に起こったことを思い出す。徹夜明けに幼馴染の愛奈と最高の時間を過ごした後での腹上死転生──トラックに跳ねられてぐちゃぐちゃ、ってよりはよっぽど良い転生方法なのかもしれないけど……


「まさか、あの幼馴染の愛奈が異世界転生装置だったとかね。『転生トラック』じゃなくて、あんなに身近なところに『転生トラップ』があったってことかあ……」

「……え? なんの話でしょうか?」

「あ、ごめん、こっちの話。それで……なんで僕はここで寝てるの? 身体が、すっごく重いんだけど……」


 普通異世界召喚といったら、魔法陣の上とかに派手な光と共に召喚される……ってのが相場ってもんだろう。


 起きたら身体がめちゃくちゃ重くてベッドの上で寝たきりってのでは、ちょっと悲しすぎる始まりと言わざるを得ない。


 まさかこのまま病弱召喚者もの……一生ベッド生活って落ちじゃないよね?


「はい、それには理由があります。その理由とは……勇者様の魂をこの世界に召喚する際に、勇者様の魂に合わせたお身体をこの世界の物質で作り上げたためです。容姿は勇者様の元の世界でのお身体を模倣して作られているはずですが、その肉体の方は勇者様としてこの世界でご活躍頂くために強化されたものになっているはずです」

「へえ……そうなんだね」


 ゆっくりと腕を動かして、自分の手を眺めてみる。


 見覚えのありすぎる手のシワ、そして手の甲につく古傷の跡……確かにこれは、前世のものと全く同じ僕の手のようだ。


 手をグーパーと握ったり開いたりしてみるけれど、今のところ地球での身体と同じ、いやむしろそれよりも力が入っていないように感じられるくらいだ。


「……強力な身体能力を得た方ほど、相応しい肉体を作り上げるために長い眠りにつかれるとの記録が残っています。勇者様の場合、召喚後1週間ほど眠りにつかれていました。過去の記録と比べても長い睡眠時間ですので、かなり強力な身体性能を備えていらっしゃるのかと思います」


 なるほど、つまりは肉体強化系の転生チートの恩恵には預かれそうってことか。


 基本といえば基本な能力だけど、それだけにその恩恵は大きい。


 あらゆる異世界転生系のライトノベルを読み漁ってきた僕の知識に照らし合わせれば、今のところ外れ転生のような匂いは感じない。


「……どんな風に身体性能が変わってるの?」

「力強く、素早く、そして怪我・病気をしにくい肉体となっているはずです。勇者様のお体が回復されたら、こちらはすぐにご自身で確認できるかと思います。以前の勇者様も少しの訓練を受けていただいただけで、この世界の熟練の騎士よりもずっと強くなったことが記録されていますから」

「おお、それはすごい……」


 戦闘を生業にする異世界騎士よりも強い……


 ふむ、ハズレ転生どころか、当たり転生の匂いがしてきたぞ、これは……


「はい……ですが、そんな身体能力よりも重要になるのは、勇者様の固有特殊能力になります。この世界の人間が須く取得することになる【職業】、そしてその職業ごとに後々覚えることができる《スキル》。勇者様の場合、非常に強力な固有能力である【職業】と《スキル》が得られる、ということも記録に記されております」


 固有の【職業】に《スキル》ね……これはすごそうなのが来たな。


 こっちこそ、いわゆる本物の転生チートってやつなんじゃないだろうか?


 肉体強化に特殊能力……このレベルの転生チートがあるなら、召喚されたこの国の状況がかなり悪かったとしても問題なさそう。


 少なくとも僕自身の身の安全くらいは確保していくことができるだろう。


「へえ、【職業】、《スキル》ね……ってことは、勇者ってのは【職業】ではないんだ?」

「はい、勇者という肩書きはこの世界では【称号】という扱いになります。【職業】、そしてそれに紐付く《スキル》ほどではありませんが、身体能力強化など勇者様への恩恵があるはずです」

「なるほどね……わかったよ。それでだけど、固有特殊能力……僕は、ど、どんな能力が、使えるの?」


 いよいよすごそうな能力の内容を聞くってことで、ちょっと興奮してどもってしまう。


 でも、それもしょうがないことだろう。


 僕が今から知ろうとしているのは、僕だけが持つ特殊能力。


 異世界転生ラノベファンタジーが大好きだった僕が、ちょっとくらい興奮してしまうのも当然のことだと思うんだ。


「……それが、実はこちらは今すぐに確認して頂くことはできないのです。職業やスキルは勇者様がお目覚めになられてから、勇者様がこちらの世界で活動する中で身についていくものと言われています。能力が発現するまでには通常で約1ヶ月ほどかかると言われておりますので、その間は勇者様にはお体を癒やしていただいたり、簡単な戦闘訓練などを受けて頂ければ、と思っています……」

「ふーん、なるほどね……わかったよ……」


 どのみち今の身体の状態じゃまともに動くこともできない。


 しばらくは寝て過ごして、元気になったら身体の動きを確認してみる、って感じかな。


「ご理解いただきありがとうございます。ですが、ひとまずは勇者様にしっかりとお体とお心を回復して頂くのが一番重要なことになります。そのために、ですが……」


 にっこりと微笑んだ皇女様は、パンパンと手のひらを叩く。


 その乾いた音と同時に部屋の扉が開き、10人ほどのメイド服を着た女性たちが次々と入ってくる。


 金髪に銀髪、黒髪に茶髪……前世では見たことがないような、サラサラの緑色の髪を揺らしている女性もいる。


 うわ、あの金髪お姉さんの胸でかっ……愛奈のあの巨乳よりも更にでかいぞ……


 それに……あの茶髪の女性は、猫耳? ふかふかと気持ちよさそうな猫しっぽも生えてる? 獣人ってやつか?


 あの緑髪のスタイルの良い美女は耳が長く飛び出している。もしかしなくてもエルフってやつだろうな……


 そんな様々な身体上の特徴は違えども、一つだけ共通していることがある──それは全員が全員、極上の美人だってこと。


「こちらのメイドたちは、勇者様のお世話をするため、専用に雇ったものたちになります」

「僕の、お、お世話を、専用に……」

「はい、何でも言うことを聞くように、という契約をしてありますので、お好きにお使いくださいね。勇者様の専属メイドを一人選んで頂いても構いませんし、日替わりで全員使っていただいても構いません」

「何でも、言うこと……専属……日替わり……ごくっ…………」


 目の前に並ぶのは、よりどりみどりの美少女メイドたち。


 彼女たちを日替わりで好き勝手にしていいだなんて……そんなことがあっていいのだろうか?


「わ、わかったよ……」


 こうなってしまっては間違いない。


 僕の異世界転生は……どうやら完璧なまでの当たり転生ってやつだったようだ。






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