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2−7 異世界ヒロインは斯く堕ちゆく



「……こ、これはなんの真似でしょうか?」

「いや、僕の元いた世界の常識なんだけどね……傷つけられない、傷つけたくない敵キャラってのはくすぐって負かすっていうセオリーがあるんだよ」

「…………貴方の出身地の人たちは馬鹿なのですか?」


 そんな会話を交わす僕たち。


 僕の前にいるのは、僕の指示に応えて頭の上で両手のひらを組み、絶対零度の視線を送りつけてくる美少女ゾンビ。


 僕はそんな彼女の脇腹に手を当てると、こちょこちょと彼女の脇腹をくすぐっていく。


「私も元はハイヒューマンです。くすぐったいという感覚に覚えがないわけではないですが……今の私はゾンビでですし、感覚などありません。何をされているのかもわかりませんよ」


 そういう彼女は余裕な表情で僕を見下ろしている。


 そんな彼女の敏感なはずの部位、脇の下、膝、足裏などをくすぐらせてもらうけど、どの部位を攻めてみても彼女がくすぐったさを感じることはないようだった。


「くっ、しかしこれはっ……感覚は感じなくても、何やら屈辱は感じますねっ……はっ!? まさか、それが狙いですかっ!?」

「そんな屈辱だなんて……もっとリラックスして、僕との勝負を楽しんでよ」

「くっ、好きに攻撃しろとは言いましたが……まさかこんなことをされるとは想定していませんでしたから……しかし、こんなことを続けていても無駄ですよ? 私には感覚というものがないのですから……」


 ま、僕としてもこの最初の1分は準備運動のようなもの。


 ここで彼女にダメージを与えられるとは思っていない。


 やがて、1分の時が過ぎ、再びの攻守交代となる。


「では、今回は最初から本気でかからせていただきますよっ!」


 調子を取り戻した様子の美少女ゾンビから、物理・魔法を織り交ぜた凄まじい攻撃が飛んでくる。


 普通の状態なら100回は死んでいるだろうけど、今の僕はやはり全く彼女の攻撃ではダメージを受けないようだった。


「ふー、はー、はーっ……くっ、倒せませんでしたかっ、ですが、次の1分には別のアイディアがありますっ!」

「奇遇だね……僕もこの1分にはちょっとした考えがあるんだよ……それじゃ、そろそろ本気でいくからねっ」

「ほ、本気っ、ですかっ!?」


 びくっと身体を揺するハイヒューマンエンシェントノーブルゾンビは、身構えるような姿勢を取る。


 彼女もここまでの展開で、僕には侮れない何かがあると理解しているのだろう。


 僕も高レベルゾンビである彼女を普通に責めて、堕ちてもらえると思っていたわけではない。


 だけど、僕にはこの【ゾンビ・マスター】という職業……そして《スキル》があるのだ。


「……《パーシャルターンアンデット》」


 これまで一度も使っていなかったこの一番最初に得た《スキル》。


 ゾンビの弱々っぷりのおかげですっかり忘れてたわけだけど、【ゾンビマスター】の職業効果が見えてきた今、このスキルだってそれなり以上の効果があってしかるべきだ。


 ターンアンデットなんていうと、ゾンビを殺しちゃいそうな雰囲気だけど……このパーシャル、部分的にってのがミソなはず。


 僕はそのスキルを、彼女の脇腹を狙って発動する。


 すると……彼女の青白かった皮膚が、その部分だけ人間の皮膚のように血色が良くなる。


 そんな色合いの変わった場所を狙い、僕は指先を走らせていく


「……んっ……んぅっ、ふぉぉっ!? あははっ! や、やめっ! な、なんでぇっ、感覚がぁっ!?」


 彼女の冷たかった脇腹に少しの熱がこもり、その場所を指先で撫でていくとどんどんと温まっていく。


 そうなってしまえば、敏感な脇腹をくすぐられている彼女が笑いを堪えることなんてできるわけがなくて。


「ふふ、これはね、君の一部だけを人間……じゃなくて、ハイヒューマンか……に戻してあげたんだよ」

「ゾンビの体をハイヒューマンに戻す……《スキル》ですって? そんなの、もはや神の御業では……あはははははっ、やっ、やめぇっ! ははっ、ひひっ、あはっははははははぁっ!!」


 神の御業ってほど大げさなものかは知らないけれど、ターンアンデッドが単純にゾンビを殺すスキルじゃないとは思っていたんだ。


 だって【ゾンビマスター】の基礎能力があるのであれば、ゾンビを殺すのなんて僕がしてきたように蹴って殴ればいいってだけ。


 仮にターンアンデットがゾンビを殺すスキルだったとしても、部分的──パーシャルなんて限定枕詞がついている必要は無かったはずなのだ。


 何かって言うと、このパーシャルターンアンデットは、ゾンビを殺すスキルではなくて、ゾンビを生き返らせるスキルってこと。


「ふふっ、どうだい、何年ぶりかは知らないけど……久しぶりに感じる身体の感覚? くすぐったさはさ?」


 僕はドヤ顔をきめながら、彼女を見上げる。


「くっ、ぁっ、こ、こんなのぉっ、んっ、なんでもっ、なんでもぉっ!! んぅふぅっっ、ひひっ、いひひひひぃっっ! ぁっ、あははっ、ははっ、あひひひひひひぃっ!」


 言葉では気丈に反論しようとしているけれど、ビクビクと全身を揺すりながら笑っている彼女の反応を見れば、そのくすぐったさがかなりのものだってことはわかる。


 まあ長いこと無感覚状態だったところから急に感覚が戻って、すぐさま敏感な場所をくすぐられているんだから然もありなん。


「んっ、んははははぁっ、こんなのっ、くらいぃっ! た、耐えるの、ですぅっ、んひひぃっ、私ならぁ、耐えれるっ、はずぅっ……でもぉっ、ぃっ、ぃひひひひっ! あははっ、あははははははぁっ!!」


 彼女の脇腹はますます敏感になっているのか、彼女の笑い声はどんどんと大きなものになっていく。


 笑い続けて息も絶え絶えって感じになってきてはいるんだけど……


「あ、もう1分たっちゃったなあ……1分じゃ攻めきれなかったかぁ……」


 僕は残念そうな顔を見せながら、タイム・リミットを彼女に告げる。


「……………ひっ、ふー、ふーっ……た、たた、大したことは、なかったですねっ……ふー、ふーっ……」


 美少女ゾンビはなんとか表情を取り繕いながらそんなことを言ってくる。


 涙目になってしまっていることやぷるぷると震えている体を見れば、くすぐりがかなり効いているってのは間違いなさそうだけど……ま、僕も彼女の虚勢に付き合ってあげるとしよう。


「この僕の攻撃を1分も耐えきるだなんて、君もなかなかやるもんだね……それじゃ、攻守交代だよ」

「え、ええ……」


 再び始まるエンシェントノーブルゾンビの攻撃。


 万全な状態であってもノーダメなわけだけど、くすぐりの効いている彼女の体では、腰の入った攻撃が放てていないように見える。


 腰も気持ちも入っていない彼女の攻撃や《スキル》を受けきること1分……再び僕の攻撃の時間が訪れる。


「ふっ、ふーっ……1分、ですねっっ……こ、交代ですかっ……くぅっ、また、あの時間がっ……またぁ、私の、脇腹がぁっ……」


 恐れるような表情で自らの脇腹を見下ろす彼女だけど、そんな同じ場所への攻めを繰り返したらどんどんと効果は落ちてしまうもの。


 当然、僕は別の場所に狙いを定める。


「……《パーシャルターンアンデット》」

「……え?」


 僕は彼女の両脇の下に《パーシャルターンアンデット》を使うと、ワキワキと動かす指先をそこに近づけていく。


「ひっ、ひはははははっ! はははははっ! はひっ、はひっ、はひぃっ! いひひっ、いひゃひゃひゃひゃひゃぁっ!!」


 脇腹よりも脇下の方が弱点だったのか、そこをくすぐってあげると彼女の口から飛び出す笑い声はとんでもなく大きなものに変わる。


 淑女としては決して見せちゃいけないような顔を、今の彼女は見せてしまっている。


 そんな彼女の弱点である脇下を1分間遠慮なく攻め続ける僕。


 タイムリミットで僕が指の動きを止めると、彼女は地面に崩れ落ちて、はぁはぁと息を荒げる。


 起き上がるのもしんどそうだし……もう、彼女の限界は近そう。


「さあ、好きなだけ攻撃してきてよっ。僕はその間に次はどこを攻めるか考えておくからさっ」

「ひっ……な、なんとか、この一分で勝負を決めなければ……そうでなければ、私っ、私ぃっ……」


 そんなことを言う彼女だけど、当然彼女の攻撃が僕にダメージを与えることはなかった。


 ゆっくりと攻撃を終えた彼女に近づいていく僕。


 彼女はまるで僕を恐れるかのうように一歩後ずさる。


 僕はそんな彼女に最後のチャンスを与えることにする。


「……ところで、ギブアップしないの? もうこれ以上やっても、君に勝ち目はないと思わない?」


 彼女の攻撃が僕にまったく通じていないってことは明白な事実だ。


 手を変え品を変えって感じで彼女は色んな《スキル》を使ってきているけど、僕に通じた攻撃は今のところ何一つとしてない。


 僕のくすぐり攻撃が仮に通じないにしても……彼女の方が僕にダメージを与えられる可能性はゼロに感じられる。


「すっ、するわけがありませんっ。確かに私の攻撃が今通じていないのはわかりますが、私にはまだまだ引き出しが残っていますからっ……さあっ、貴方の順番ですっ! 攻撃を、再開してくださいっ! つ、次の攻撃こそしっかり耐えきって、私の攻撃への弾みにしてみせますっ!」


 気丈にも僕のことをきっと睨みつけてくる美少女ゾンビ。

 

「わかったよ、君がそう言うのであればしょうがないね……次は……」

「…………次は?」


 びくんっっと大きく震える身体。


 彼女のクビがゆっくりとこちらに周り、涙目の灰色の瞳が僕を見据える。


「君の足裏をくすぐらせてもらうよっ……《パーシャルターンアンデット》」


 ごくっと唾を飲む彼女を見れば……そこもまた彼女の弱点であることは確か。


「あひゃひゃひゃひゃひゃっ! いーっひっひっひっひっひっ! あははははははははぁっ! や、やめぇっ、うはははははははぁっ! じ、じぬっ、じぬぅっ! いひゃひゃひゃひゃひゃひゃぁっ!!!」


 足裏をくすぐられた美少女ゾンビは、地面でのたうち回りながら笑い声を上げ続ける。


 そんな状態で1分間をなんとか耐え切った彼女だけど、その目にはもはや力を感じることはできなかった。


 そんな感じで手を替え品を替え……攻守交代すること10回。


「ひっ、ひーっ……ふっ、ふーっふーっっ!!」


 彼女の様子は、どうしてこうなった……といわざるを得ないものだった。


 ってまあその理由はもちろん自明なんだけど……彼女は耐えられないレベルのくすぐったさを、耐え過ぎてしまったってことだ。


「ひっぃ、ふっ、はーっ、はっ……おねがひぃっ、しまふぅっ……わたひの、わたひのまげだかあっ、もう、わたひのことぉ、くしゅぐらないでぇっ!!!! なんふぇもっっ、なんふぇも、しまふぅぅうからぁぁぁぁっっ!! おねがいしまひゅぅぅぅぅぅッッ!!!」


 美しすぎる目元からは涙を流し、綺麗な舌は引きつってろれつが回らず、だらしなく開いた口の端からはよだれがこぼれてしまっている。


 《パーシャルターンアンデッド》をかけながらくすぐりを続けること計10分ほど、ハイヒューマンエンシェントノーブルゾンビはとうとう僕に負けを認めたのだった。




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