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第三話

 「彼女は、俺の初恋の人だ」

 「……は?」


 リジェは驚きのあまり、また手を止める。男はそのことに気づかずに言葉を続けた。


 「そして、俺の元婚約者だ」

 「……は?」


 これが冗談だとしたら、相当に悪質すぎるーー混乱している頭の片隅でそう思いながら、リジェは記憶を思い返してみる。


 (私に婚約者なんていたわけが……ん、待って。そういえば、私が姿を消す直前に結ばれた婚約があったような…確か公爵家からの圧力が凄かったとかなんとか、父上が言っていた気がする。じゃあこいつまさか…)


 そこまで考えて、リジェはハっとする。


 「あんた、カシアード公爵だったの?」

 「そうだが。問題あるか?」

 「…いや」

 (問題はないけど、これであんたがあっち側の人間だという可能性は、大分薄れたよ)


 声に出さずにそう言うと、リジェは背後にいる男に視線を移す。


 (黒髪に黒目、ブランシャでは珍しい色。そして先代のカシアード公爵夫人も黒髪に黒目だった。カシアード公爵家は代々ブランシャに忠誠を誓っている家門だから、簡単には王国を裏切れない。…本当に、意図せず私に依頼したの? だとしたらものすごい偶然ね)


 リジェは何度目がわからないため息をつくと、視線を棚に戻し、その男ーーディランにキッパリと言った。


 「悪いけど、その依頼は受けられない」


 断言したリジェの言葉に、ディランは静まり返る。


 「なぜだ?」


 ようやく口を開いたディランだが、その声は確実に最初よりも冷たかった。


 「なぜもなにも、私は人探しなら受け付けてるけど、死体探しは違う。とにかく、諦めな」

 (子供を身を挺して助けられる男なんだから、きっと少しくらいの良心はあるはず。私の情報が漏れる心配は、それほど必要ない)


 そう考え強気に出たリジェだが、リジェの予想した反応とは違い、ディランはその顔に冷たい笑顔を浮かべた。


 「彼女が死んだと、どうして言い切れる?」

 「…そりゃ、ほぼ確実だからーー」

 「ほぼ? それを確実にするのが情報屋の仕事じゃないか?」


 ディランの言葉は正論であり、リジェは言い返せずに口を閉ざした。


 「普通情報屋は、真偽が確かでない情報に興味を持つものだろ? お前の反応は、既に王女の居場所を知っているようだ。違うか?」


 すらすら語るディランに対し、リジェは思う。


 (…こいつ、探偵か何かなの? どうしてこうも勘が鋭いのよ?)


 私が本人だってバレてないだけマシかーーと考えながら、リジェはスッと両手を上げ、肩を竦めた。


 「降参するよ。でもその推理は称賛に値するけど、私はただ面倒事に巻き込まれたくなかっただけで、新しい情報に興味はある」


 無論、真っ赤な嘘だ。だがその場しのぎには最適であり、このことに関してはリジェが一枚上手だったと言える。


 「…そうか。では受けてくれるんだな?」

 「…検討はしておく。とりあえず話は聞くよ」


 まあ、後で適用に理由を付けて断ればいいーー後にリジェはその考えを、甘かったと後悔することになる。


 ◇◇◇


 ――私は魔女、と呼ばれている。


 (秘密が多くて不思議な薬を売っているような女なんだから、自分でもそう呼ばれるのは納得してるし、不満はない。それに魔女って聞こえは悪いけど、この呼び名は結構気に入ってる。だって、魔女って呼ばれるってことは、それがなんであれ、そう呼ばれるだけの力があるってことでしょ? ……でもね、それはそれ、これはこれなのよ)


 リジェは内心顔をしかめ、両耳を塞いでしまいたい衝動にかられながら、後ろに立っているディランを睨みつけた。


 幸か不幸か、リジェはローブで顔を隠しており、ディランはそのある人物(・・・・)のことを考えていたのか、ディランがリゼが睨んでいることに気づくことはなかった。


 そして、そんなリジェの心情はつゆ知らず、ディランは淡々とした口調で飽きもせずに続けた。


 「彼女は誰もが見惚れるほど端麗な外見を持つだけでなく、天使かと思うほどに心優しい、純粋で愛らしさも持ち合わせるまさに完璧な方だ。きっと18歳になった今でもそれは変わっていないだろう」


 誰がその『天使かと思うほどに心優しい』と表現された人物が、今ディランを憎しげに睨んでいる本人だと思おうか。リジェは口を引きつらせながらも、なんとか平静を装う。


 「……えー、整った外見に、優しい18歳の女ね。どこにでもいる」


 ああ、耳が腐る…私ってばなんでこんな事してんだろ――と、リジェは棚に並べてある薬を整理しながら思う。その次の瞬間、どういうわけか、リジェはこれまでにないほどの殺意を感じ取った。


 リジェは何度も命を狙われた経験があるが、ここまでの殺気を放つ人と対面するのは初めてであり、本能的に身構える。

 

 「…お前、何様のつもりだ? 不敬にもほどがある。殺されたくないならば口を慎め」


 ドンッ、とカウンターを叩き、呑気に棚の薬を整理しているリジェの背中を睨むディランは、今にも殺しにかかりそうである。しかし、そんなことで臆するリジェではない。


 (いや、私がそんなに失礼なこと言ったわけ…? そもそも、どうして私は自分を貶したことで殺されそうになっているのよ…)


 「…へえ、そう。恩返しと言ってここを訪れた人が、その恩人を殺そうとするなんて。王女もあんたから逃げて正解だね」

 「…本当に殺されたいようだな。俺がお前を殺せないとでも?」


 臆すことなく平然と言い返すリジェに対し、ディランはギリッと歯ぎしりをする。それと同時に、カチャッという音が響く。その音を横目で確認したリジェの目には、件の柄に手をかけたディランが映っていた。


 そして、とても冗談には見えない様子を見てもなお、リジェは薬の整理をしている手を止めなかった。


 はっ、私を殺す? 出来るものならやってみなさいよ――と悪態を付きたいところを、リジェは己のためにもかろうじて我慢した。


 断固として動じないリジェを見て、ディランはチッと納得がいかないような顔で舌打ちすると、剣から手を離し、煽るように言う。


 「やはり魔女だから感情もないのか」

 「……は?」


 その瞬間、リジェの頭の中で、何かがぷつりと切れた。何がとは、言わずもがな。


 (私は魔女だけど、そう呼ばれるだけの力もあるけど…! 魔女だからって、人の心がないわけじゃないんだから!! 何が楽しくて自分の惚気を、しかもよく知らない男から聞かないといけないわけ!?)


 「今すぐ私の店から出ていきなさい!! この変態ロリコンが!!」

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