第二話 (最初だけ男視点)
(…今、瞳が赤かったような……いかん、ついに気でも触れたか)
去っていくローブを被った女の背中を見ながら、男――ディランは心の中で、己の願望からきた錯覚だと、考えを否定する。
そして、傍らで縮こまっている双子に視線を移し、声をかけた。
「保護者はどこにいる?」
しかし双子はその質問に答えることなく、じっと一方を見つめる。
「…?」
(確か、さっきの妙な女が去った方向だが…)
「魔女さん、行っちゃった」
「行っちゃった」
残念がるように、双子が呟く。
「…魔女?」
(そういえば、この町に魔女と呼ばれている者がいるという報告は受けたが…あの者がその魔女なのか?)
不思議な女ではあったなーーと考えを巡らせると、ディランは双子の前に跪く。
(魔物は俺の騎士団が全て討伐するだろうから、気にしなくてもいいだろう。なら、)
「その魔女の話、詳しく聞かせてくれ」
そう双子に尋ねるディランの目は、プレゼントをもらった子供のように輝いていた。
◇◇◇
「ここが、魔女の店で間違いないか?」
魔物が出現した日から一週間が経ち、町も落ち着いた頃。ゆっくりしていたリジェの日常に、また変化が訪れる。
「…間違いないよ。私に何か用?」
(ん? この顔にこの声、どこかで……)
疑問に思ったのも束の間、リジェはすぐに答えを知ることになった。
リジェの存在に気づいた男は、ニヤリと口元を緩める。
「恩を返しにきた。貸しは作らない主義でね」
無駄に整っている男のその顔は、リジェにとって腹立たしい以外の何者でもない。
(この腹立たしい顔に恩…ああ、あの時のあいつか。見たところ上位貴族のようだけど…伯爵? いや、侯爵くらい? どちらにせよ、面倒なことに変わりはないけど)
心の内で舌打ちした後、リジェはぶっきらぼうな口調で、しっしっと追い払うような仕草をする。
「無駄足だったね、帰りな」
「そうか。それは残念だ」
妙にあっさり引き下がる男に、リジェは嫌な予感を感じる。案の定、男は笑みを深め、リジェの予感に応える。
「では、依頼をしよう。探してる人がいる」
男の言葉に、リジェは再び心の内で舌打ちをした。
(こいつ、どこで聞きつけてきたんだか…)
リジェが情報に関しての依頼も受け付けていることを知っているのは、ほんの一部の人間だけ。つまり極秘であり、それを知った人には口止めをしなければならない。
(相手は上位貴族。断れば何をされるかわからない…)
ため息をつき、リジェは後ろを振り向き棚の薬の整理を始める。棚を整理するのはついでであり、本当はとある薬を探すためだ。そして、リジェは背中越しにいる男に尋ねる。
「そいつの名前は?」
男は少し間を空け、落ち着いた口調で答えた。
「エレンティア・ブランシャ。ここブランシャ王国の第三王女だ。王族だからミドルネームは公にしていない」
「……」
予想外の返答にリジェはピタリと手を止める。
(…何者なの? 正体がバレた? どうして私が生きていることを…父上が送ってきた人間? いや、あっち側の人間かもしれない…とりあえず、何も知らないフリをしておくのが得策か)
そう結論付けると、リジェ再び整理する手を動かし、通常通りの声をつくる。
「あの悲劇の王女? 随分前に死んだはずだけど」
「まだ死体は見つかっていない。生きていてもおかしくはないだろう」
表向きには5年前、『第三王女』は十三の時に魔物退治に出て行方不明になり、死んだことになっている。死体が見つかっていないからといって、五年前に行方不明になった人物を、普通探すだろうかーーと、リジェの中で男への疑念が更に増す。
「非現実的だね、王女は死んだ。どうしてそこまで王女にこだわる?」
「…彼女はーー」
そこまで言い、男は言葉を濁す。リジェの男への疑念がMAXに達した、その時。
「彼女は、俺の初恋の人だ」
「……は?」
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