はじめての外の世界
父親が不思議な魔法の壺を持って帰ってきたあの日から二日経った。
あの日の夜、俺は魔法の存在するこの世界に夢想してとてもワクワクしていたのだが、俺は魔法を使えないと親が告げたときのあの空気感に、同時に不安も覚えていた。
次の日は普段通りだった、両親も昨日の事などなかったかのように振舞っていた。
父親は朝食を済ませるといつもの時間に出かけていったし、母親はいつも通り家事を済ませると絵を描いていた。
魔法を使えないということが、この世界でどれだけの欠点になるんだろう。
涙を流すほど悲壮な空気になるのだ、ほんのちょっと不便がある程度の話では済まないだろう。
わざわざ重そうな壺を担いで来たのだ、こんな小さいうちに調べなくてはいけないほどだ、早いうちに影響を知っておきたいのだが、どうにも聞くことが出来なかった、食後に尋ねようと思っていたのに、ひどく気が重くて聞けなかった。
次の日の朝、朝食にレーズンパンもどきを食べている最中に父親から声をかけられた。
「そうだアルカ、今日は父さん仕事が忙しくない日なんだ、いっしょに仕事場に行ってみないか?」
父親がどこでどういう仕事をしているのかは知らなかった。
母に聞いたときは、街に行ってお仕事をしているとだけ言われた、まさか魔法のある世界だと思っていなかったので何とも思っていなかったが、目の前で超常現象を見せられた以上は信じざるを得ない。
いまだ一歩も出たことのない外の世界には興味がある、魔法のある世界の日常が知りたい。
「行っていいの?いきたい」
「そうか!じゃあご飯食べたら身支度しないとだな、今は冬だから外は冷えるしな」
返事を聞いた父はニコニコしながらそう言ってご飯をかき込む。
窓の外の景色は雪と木だ、季節が変わっても色味ぐらいしかあまり変わらない。
変化のない家の中だけの世界に正直飽き飽きしていたので、外に出れるならば喜んで出よう。
父の仕事について、俺は何も知らない。
何度か二人に尋ねたことはあるが、答えはいつも決まって「そのうち教えてやる」だった。
「お父さんはなんの仕事をしているの?」
「ん?町に行けば分かるさ」
またはぐらかされた。
はじめてのお外、ってやつだ。
季節は冬、子供の肉体に雪景色の寒さは堪えるので、肌着を二重にしっかりと着込む。
温かい毛糸の手袋と帽子を装備した、耐寒性能の上昇と防御力の上昇を感じる、寒さ対策はともかく物理防御はせいぜい+2ぐらいだな、ドラクエ基準で。
分厚いと言っても、犬にでも噛まれればしっかり痛そうなかんじだ。
玄関の扉を開くと、外は真っ白の雪景色だ。
ふだん窓から見ていたように、木々には雪が積もっていて見ているだけで寒々しい。
一歩足を踏み出すと、昨晩までにつもった雪に埋もれて足がとられる。
自分よりもずっと身長の高い父は、仕事に行くときに決まって着ている服に着替えている、いくらか上質そうな滑らかな布地のシャツに細身のズボンと質素な装飾を付け、その上からファーのついた暖かなケープを付けている。
雪の深さに身動きが取りにくくなっている俺を見て、父は笑いながら後ろに回り込む。
「よっし!じゃあ肩車してやろう!」
「おぉっ!!?」
見てくれは子供だが中身は二十代半ばの俺は、肩車なんて最後にされたのが何年前かも覚えてないほど前の事だ。
突然の浮遊感と高くなった視点に心底驚く。
「まだまだ冬だなぁ、そういやアルカは雪に触ったことないもんな」
「うん」
前世は雪国育ちだが。
息を吐くと白い煙になっていく、露出した頬がひんやりと冷えていくのがわかる。
家の周りは木が多く、家からでは周りがいまいち見にくかったのだが、どうやらそばには小さい川も流れているようだ、家の窓からでは身長が足りず見えなかった。
木は針葉樹でまっすぐな幹をしている、杉だと思うが、ここは異世界なので杉そのものなのかは怪しいところだ。
自分の足で歩くより数倍速い速度でほんの数分進むと、ちょっとずつ開けてきていた木々が大きく捌けて広場のようになっていた。
雪かきをされてきれいに開けた広場からつながる道は、点々と佇む家々にそれぞれつながっている。
雪が多い地方なのだろう、建物は三角屋根の木造建築だが上に雪が積もっている、周りに生えている杉のような木を使っているのだろうか、どの家を見ても屋根に雪が積もったままになっている。
屋根の雪下ろしでケガをしないためだろうか、無落雪屋根のような構造を持っているのかもしれない。
「ほら、あっちにある赤い屋根の家がカーナさんの家だぞ?リナちゃんも一緒だ」
カーナは度々家に来ていた乳母の人だ、リナはその娘さんの名だった、どちらも髪の色が目に鮮やかな赤色をしてるが、まさか家の屋根まで赤いとは。
他の建物の屋根は深い緑色をしていたり、黒かったり茶色だったり地味なので目立っている。
「思ってたよりひろいね」
立地的に外の景色が見えにくかったが、すこし外に出てみれば村らしく建物がそれなりにあるし、村としての敷地は広めにあるように見える。
川向うも家が広がっており、木々に隠れているがまだ道が広がっているようだ。
「アルカ、あっちの木の隙間に屋根が見えるか?これからあそこにいくんだぞ」
高い木々の上の隙間から、遠くに建築物が見える、距離感を掴むのが苦手なのだが、5kmさきぐらいだろうか。
石造りで村の建物に似た三角屋根をしているが、この距離から見えるほどに巨大な建築物であるのがわかる。
さらに別の木々の隙間から三角屋根より下の部分を見ると、非常に高い城壁のようなものが見える、城壁もなかなかの高さがあり、あの場所はこの村よりもはるかに重要な拠点としているのがわかる。
「とおいね」
「ん?あぁ、ハハハ!そうだな!アルカが歩いて行ったら一日かかるかもなぁー」
一日かかっても付かない自信があるが、実際それなりに遠い。
まあ大人ならば一時間ちょっと歩けば付く距離だろうか、しかし直線距離ではないし、道は悪いしで実際もっとかかるだろう。
そんな所へ毎日日参して仕事するとは大変なことだ、村の中でできる仕事ではなくあんなところが勤め先だと、疲れ切った帰り道が大変そうだ……。
肩車のまま村のどこかへと移動していく、次第に見えてきたのは、あの壺のような白色をした石柱のような門だ。
周りは木の柵や塀になっているのに、その箇所だけが素材の違う石柱だと非常に浮いて見える。
近づくにつれて、細かな模様や、あの壺と同じように透明なガラス玉のようなものが付いているのがわかった。
まあまずあの壺のように、魔法がどうのこうのという機能を持った門なのだろう、この世界における魔法関連の物特有なのか分からないが、白色にガラス玉の共通点が目を引く。
「あの日から父さんも母さんもな、アルカの未来のこと、ちゃんと見てあげないといけないなって話をしてたんだ」
「なに?どういうこと?」
「ん~?あーっと、つまりだなぁ……」
急に話す割に要点が分からないので聞き返すと、父は言い方を子供にも分かるようにと悩みながら唸った。
「アルカは魔法が使えないって話したろ?魔法の使えないアルカに、そんなものを見せても辛いだけかもしれないって思ってたんだ」
うーむ、まあわかる。
この世界の魔法がどういうものなのか理解しきれていないので、魔法が使えないデメリットについてもイマイチにピンとこないのだ。
確かに子供ならないものねだりだったり、自分と他人の差でショックを受けたりするだろう、説明しなかった理由もわかる。
「母さんは泣いちゃうし、父さんもどうしたらいいかわかんなくってなぁ……」
父の声には感情が籠っていた、どれだけ考えてもどうすればいいのかわからなくて、心底参ったという感じだ。
両親の反応から察するに、魔法が使えないと相当に不利であり、一般的には魔法が使えて当然の世界だと思われる。
見た目は子供、頭脳は大人な俺は、さすがに「なんで自分だけ魔法が使えないの!」と泣いたりぐずったりはしないが、いまのところ不安要素が多くて若干怖いところがある。
「あー、アルカには難しいよな!つまりな、アルカにはこれから魔法をたくさんみせてやるってことだ!」
「魔法みれるの!?」
「そういうことだ!」
子供に複雑な話をしても分からないと思われたのだろう、細かな説明を省いて本題に入った。
魔法が見れると聞いてわくわくしないはずがない、もちろん不安もあるが、この世界にはタネも仕掛けもない本物の魔法があるらしいのだから、これはしっかり楽しんで行きたい。
年甲斐もなくドキドキしている、といってもガワはガキンチョなのでセーフだ。
「アルカ、しっかり捕まってるんだぞ」
父は大きな手で俺を支えながら、石柱の門の真ん中に立った。
どうせ何か起きるとしたら石柱だろうと踏んでいたので柱をガン見していると、壺の時と同じようにガラス玉が光り出した。
柱の模様が脈動するように光ると、ガラス玉は強く紫色に発光した。
光の眩しさに目を閉じると、さっきまで自分と父以外に喋る人がいない静かな空間だったのに、沢山の人の喧噪が聞こえるようになった。
実際、起きたことを理解するのにはほんの数秒しか掛からなかったが、それを受け入れるのにはもう少しかかった。
目を開くと人だかり、自分は親の肩の上で、広い路地のど真ん中。
両脇に並ぶ露店の数々、その後ろに壁のように続く建物。まっすぐ遠くを見ると大きな城が見える。
周りを遠く見渡せば、さっき森で見たのと同じ壁が周囲を広く囲んでいる。
ゲーマーなら分からないはずがない。
この世界には「ワープ」がある。
生まれて初めて受ける魔法に、俺はこの世界への期待が溢れる思いになった。
アルカくん生まれて初めてのワープ。
ゲーマーなら何が起きたか理解するのは早いですね、ワープ程度なら何が起きたかちゃんとわかります。
それでも、実際に体験したらむちゃくちゃ感動ですよね。