弱くてニューゲーム
夕食まで自分の部屋をぐるぐる歩き回っていると、父親のクラントールが夕食を知らせに来た。
夕飯はキノコや野菜のスープにパン、干し肉だ。
子供の身にとって必須アミノ酸は最優先だ、消化吸収をよくするためによく噛んでたっぷり食べる。
あまりダシの効いてないスープにやや不満ながらも、子供の舌だからか何を食べてもそこそこ美味い、または空腹は最高のスパイスか。
お腹が満たされて急に眠たくなってきたが、父親の普段より低い緊張したような喋り声で眠気が飛ぶ。
「アルカ、これから大事な話をする」
「大事な話?」
「ああ、アルカの体の事だ……とっても大事なことだから、良い子にして聞いてくれるか?」
食卓の向かい側に座っているクラントールがそう言い、隣のフィアは少し俯いている。
自分の体の事、俺には心当たりがなかった。
生まれてからこれまでに体の不調を感じたことはなかった、ましてや、やんちゃな赤子といえば転んで頭をぶつけて泣いたりするが、中身が大人な俺は大怪我につながるようなことがないように慎重に運動をしていたので、今まで転んだりぶつかったりで泣いたことすらないぐらいだ。
ケガをしたり体に不調を感じたりの心当たりがないので、俺は心底困惑した。
「体のこと……?わからないけど、ちゃんと聞きます」
姿勢を正してそう返事すると、フィアは俺の目をまっすぐ見ながら話を始めた。
「今日お父さんがね、アルカの体のことを調べるための道具を持って帰ってきたの」
「アルカ、ちょっとこっちに来てくれ」
クラントールは椅子から立ち上がり、リビングとなりにある親の寝室のほうへ歩いていく。
一緒に歩いて寝室についていくと、部屋の中にはクラントールが帰って来た時に後ろに見えた陶器のようなものが置いてあった。
白色をした壺のような物で、透明のガラス球のような飾りが付いている、大きさは自分の身長よりも少し大きいぐらいだ。
「アルカ、これは特別な壺でな、これを両手で触ってみて欲しいんだ」
「触るだけ?」
「そうだ、これでアルカの体の事を調べるんだ」
壺を触って体の事を調べる?
何を言ってるのだ、まるでやばい宗教みたいなことを言い出した。
壺を触って調べられるものなんてないだろう、実はこの両親ちょっとヤバイんじゃないだろうか?
「アルカ、ほら、触ってみて」
フィアに背中を押されて急かされるままに、壺に両手を触れてみる。
怪しい壺に両手を付ける、触り心地はやはり陶器のようで、少しひんやりしている。
手を触れても何も起きない。
振り返って親の顔を見てみると、二人とも暗い顔になっていた。
「やっぱり……」
「フィア、大丈夫だ、この年齢まで元気に育ったんだ……生きてくれさえすればそれで良いって、いままでもやってきたじゃないか」
涙を浮かべているフィアの肩を抱いて、クラントールがそう慰めている。
生きてさえすれば、って、俺は何かの病気だと思われているのだろうか。
壺を触っただけでわかる病気なんてあるわけないだろう。
「ここは時代が進み、何等かの理由で文明が後退した世界、あるいはそういう地域」だと仮説を立てていたが、薬学はずいぶんと後退してしまったようだ。
「お父さん、この壺を触って何がわかるの?触っただけで病気かどうかなんてわかるものじゃないと思うよ?」
そう話しかけると、クラントールはフィアをすぐそばのベッドに座らせながら取り繕った微笑みで返事をした。
「アルカ、お前は病気じゃないけどな、生まれつきみんなと体質が違うみたいなんだ……」
クラントールは壺に向かって手を伸ばしながら、話を続ける。
「父さんも母さんも、カーナさんもリナちゃんも、ほかの人達もみんなが使えるものがあるんだ、これは『□◇#△×』っていうんだ」
俺の知らない単語を喋りながらクラントールが両手を壺に触れた。
その途端、真っ白の壺がうっすらと水色に変色し始めた。
壺のガラス玉は縦に10個並んでおり、そのうちの下3個が鮮やかな青色に輝きだした。
「お、お父さん……これは……?」
驚きに目を見張った、どういう事なのか理解できなかった。
自分が手を触れたときにはなにも起きなかったのに、クラントールが触れた途端に壺は色が変わって、透明だったガラス玉は青色に染まって光っている。
気づけば部屋の中はうっすらと青い光に照らされていたが、クラントールが手を離すと光は収まった。
「父さんの『□◇#△×』は水の力でな、母さんは風の力を持ってるんだ」
「み、水の力……?風……?」
「そうよ、人はずっとずーっと昔からね、みんなこういう力が使えるのよ」
フィアが手を顔の前に掲げると、手のひらの前にふわふわとした光が現れた。
光がすこし強く瞬くと、光のほうから緩やかな風が吹いて来た。
二人の話に、目の前で起きていることに頭が追い付かない。
水の力?風の力?
何が起きているのかわからない、色が変わる壺に光るガラス玉、突然現れた光に風。
非科学的すぎる、まるでファンタジー…………
――そうか、ファンタジーなんだ。
そういえばそうだった。
二年の間に必死になっていた言語の習得や運動やで希薄になっていた意識が不意に戻ってくる。
俺は死んで、生まれ変わった、赤子として再び生を受けたのだ。
既にとんでもない非科学的な現象に出会っていたにも関わらず、どうして思い浮かばなかったのだろう……。
「ここは自分の知っている世界とは違う世界」なんて仮説を一年半前に立てていたのを忘れていた、すっかり「文明が後退した世界、あるいはそういう地域」なんだと思い込んでいた。
思い返せば知らない単語の中に『□◇#△×』もあった気がする、発音に聞き覚えがある。
日本語に当てはめるなら「魔法」と言った所だろうか、水や風やを操る力があるなんて、この世界に生まれてこの方知らなかった。
「でもな、アルカには魔力が無いんだ……生まれたときから、どんなに触れても魔力を感じられないから多分そうだって話になってな……」
「そう……なの……?」
「ええ、でもねアルカ、いいのよ……アルカは魔法が使えなくたっていいわ、生まれてきてくれただけで私達嬉しいの」
立ち尽くす俺をフィアがそっと抱きしめた。
フィアは声が震えていた、クラントールは微笑んでいるが、感情を取り繕っているのがわかる表情だった。
思い返してみれば、言葉を覚え始めてから一年ほどの間だろうか、両親の会話をよく聞くようにしていた中で「生きてるだけで」という言葉は定期的に出てきていた。
特に気にしたことはなかったが、その前後の文章には当てはめられる言葉の見つからない単語が多く出てくる傾向があったようだ。
魔法とか魔力とか、そういう単語のほかにも色々出ていたようだが……。
それよりも気になるのは両親の口ぶりだ、「魔法が使えなくても生きてさえくれれば」なんて、まるで魔法が使えないことが致命的なように聞こえる。
目の前で起きていくゲームのような超常現象に俺は密かにも胸が躍るのを感じていたのだが、それとは対照的に悲しげな二人に、俺は魔法が使えない事が悪い事なのか、その理由はなぜなのかを聞くことが出来なかった。
アルカくん、異世界転生したのに魔法使えないらしいです。
アルカくんは魔力がないので今後魔法を使えるようになることはないです、神様からチートも授かっていないみたいですし。