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第六話 幽霊棟

 彼の姿が遠ざかったところで、マリー達三人は深く息を吐いた。

 エマが額の汗をぬぐいながら言う。


「あ~……ハラハラしたな。だが、なかなか上手い演技だったぞ。その調子で頑張れ」


「あ、ありがとうございます……お姉様のご指導のおかげです」


 訓練の成果が出ていたなら嬉しいことだ。これからも頑張るぞ、と内心拳を握る。

 しかし気弱ゆえに、すぐに不安が込み上げてきた。


「明日から、さっそく寮長の仕事なんですね。うまくいくでしょうか……? しかもカルロ様とずっと一緒だなんて……」


 短い時間ならともかく長時間となると、うまく隠し通せるか不安だった。

 エマは不敵に笑う。


「心配ない。さっきみたいな態度でやっていけば、大丈夫だろう」


「そうですね。マリア様はだいたいあんな感じです。……ああ、でも、基本は二人きりか我々がいる時だけにしてくださいね。さすがに大勢の前ですると、カルロ様も体面がありますし、マリア様でも罰せられますので」


 ロジャーは眼鏡を押し上げながら、そう言った。

 昔はマリアも誰の前だろうが構わずカルロに意地悪をしていたらしいのだが、九歳の頃にそれをやって父親にお尻を百回叩かれたらしい。それ以来、人前での悪女ぶりは控えめになったとか……。


「寮長の仕事も適当で大丈夫だ。毎回三十分ほど遅刻して行くと良い」


 エマの言葉に、マリーは不安が押し寄せてくる。


「ち、遅刻……? そ、そんなことして、良いんでしょうか……」


 相手がカルロでなくても、マリーの性格的に遅刻をすると申し訳なく思えてしまうのだが……。


「気にするな。マリアはルーズだからな。それより、そろそろ女子寮に荷物を運ぶとしよう。まずは寮監のプリシラ先生に帰宅の挨拶に行ってからだな。生徒達は休暇が終わった時に、寮監に挨拶に行くのが習わしなんだ」


 エマにそううながされて、マリーはうなずく。

 ロジャーには寮の前で待機してもらい、マリーはエマの二人で女子寮の一階にある寮監室に向かった。


「女子寮を監督しているプリシラ先生は、かなり規則に厳しい方だから気をつけるんだぞ」


 エマに小声でそう言われて、マリーは表情を引き締めた。

 寮監室をノックすると、すぐに三十歳くらいの女性が現れる。長い金髪を後ろにひっつめた、堅そうな雰囲気の女性だ。


「あら、エマさんとマリアさん。お久しぶり。ヴァーレンに戻ってきたのね。お元気だったかしら?」


 プリシラ先生は、にっこりと微笑んだ。


「ご無沙汰しております、プリシラ先生。……じつは、妹は休み中ずっと病で臥せっておりましたので、ちょっとばかり休みボケしています。うっかり何かを忘れることがあるかもしれませんが、ご容赦ください」


 エマはそう先手を打った。

 入れ替わりというとんでもないことをやるのだから、細かいミスが起こらないはずがない。それを予想していたエマ達は、マリーが何か間違えたとしても疑われないよう、『休みボケで、ついうっかり』と誤魔化せる土壌をあらかじめ作っておくことにしたのだ。

 しかし、プリシラ先生は「あら……」と困ったような顔をする。


「まさかとは思うけれど……マリアさんに休み前にお伝えした罰の話、お忘れだったりしないわよね?」


「ば、罰ですか……?」


 エマが引きつった顔で、そうつぶやく。


「罰……?」


 エマとマリーのつぶやきに、プリシラ先生がうなずいた。


「ええ。どうやらマリアさんはお忘れみたいですわね。……端的にお話しますと、マリアさんがクラスメイトのエセルさんを追いかけ回し、食堂に置いてあった卵を彼女にぶつけたあげく、食堂内の皿などの備品を壊しまくった件についての処遇ですわ。教師達で話し合い、マリアさんには罰として休み明けから一か月間、旧校舎の寮で自粛生活を行っていただくことに決まりましたの。あらかじめ保護者の方に渡すよう書類もそろえて渡してあったのだけれど……エマさんはご存じなかったのかしら?」


 そうプリシラ先生に言われて、エマはあまりのことに眩暈をおぼえたようだった。くらりと、よろめきかけた彼女を慌てて支える。


(マ、マリア様──ッ!? そんな重要なこと、お姉様にも伝えてなかったのですか!?)


 思考は大混乱だ。

 それに、エセルというと前にパーティで出会った少女だったはずだ。カルロと仲良さそうな少女のことを思い出して、ちくりと胸が痛む。


(あの少女……エセルさんは、マリア様のクラスメイトだったのね……)


 交友関係の名簿の中に『エセル』の名前があり、『犬猿の仲』の隣に『クラスメイト』と確かに書いてあったおぼえがある。

 プリシラ先生はこめかみを揉みほぐしながらため息を落とした。


「マリアさんは、口を開けば『海賊王のお嫁さんになる!』しか言いませんし、テストも赤点続き。クラスでも揉め事ばかり起こしています。旧校舎で自粛生活をしながら勉学に励み、自身の行いを反省していただきたい、というのが教員の総意です」


 エマが焦った様子で、プリシラ先生にすがりつくように言う。


「そ、その……! 妹の不手際は大変申し訳なく思います! ですが、旧校舎で一か月という処罰はあまりにも重いのではないでしょうか? そんな罰は前代未聞です。妹にはきちんとするよう言い聞かせますから、なんとかご容赦いただけませんか?」


「お姉様……?」


 エマが必死に止めようとしていることに困惑する。

 プリシラ先生は首を振った。


「いけません。たとえ伝統のあるシュトレイン伯爵家のご令嬢でも、罰を軽くするなんて許されませんわ。むしろ寮長であるマリアさんは、生徒達の見本とならなければならない方でしょう? 今のままでは進級だって危ぶまれるのですよ」


 もっともな言葉にエマは返す言葉もないのだろう。口をつぐんでしまった。


「あ、あの……お姉様、お気遣いなく。私は罰を受け入れますので」


 旧校舎の寮で一人きりで暮らすくらい、なんということもない。そう思っての発言だったが──。


「きみは旧校舎のことをよく知らないから、そんなことが言えるんだ」


 エマは血の気が失せた顔でマリーに耳をよせると、小声でボソリと言った。


「……旧校舎は、かつて監獄として使われていたという……別名『幽霊棟』だ」


(……ゆ、幽霊棟?)


 そのおぞましい単語に、背筋がぞわりと震えた。


(つまり、お化けが出るということ……よね?)


 マリーの返答にプリシラ先生が満足げにうなずく。


「良い心掛けですね、マリアさん。まさか罰など受ける気はないと跳ねのけられたら、どうしようと思っていましたわ。あなたは休み前もあれだけ嫌がっていましたからね」


 もしかしたらマリアが休み中に逃亡を決意した要因の一つは、これだったのかもしれない。出奔してしまえば罰なんて関係ないし、話せば怒られるだけだから、エマにも伝えなかったのだろう。


「それでは旧校舎へ行きましょうか」


 そう言って、プリシラ先生は部屋の奥にあった金庫から古びた鍵を取り出し、先導して歩いて行った。



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2024年12月19日、書籍1巻が発売します! 是非読んでくださると嬉しいです!

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