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第十五話 思い出のブローチ

 マリーがドレスを着て現れると、教室内にいた生徒達がざわついた。

 針金で広げた補正具は扉につっかえてしまいそうなほど大きい。しかし思っていたより軽く、動きやすかった。華やかなデザインに仕上がっている。


「な、なんですの!? そのドレスは……見たことない形ですわ」


 自前のドレスをまとったエセルが、目を白黒させながらマリーに詰め寄る。

 そして、彼女はマリーの衣装の腕や袖にあしらわれているレースをためつすがめつ眺め、ううむ、と(うな)った。


「このレースは……マリア様にしては悪くないですわね。まぁ、【織姫】様にはとうてい敵いませんけどね」


 そうエセルに言われて、マリーは安堵の息を吐く。


(どうにか及第点をもらえたみたい……)


 女生徒達が目をきらめかせつつ、マリーの元に押し寄せてきた。


「そのドレスの形、素敵ですね! マリア様が作ったんですか?」


 マリーは「ま、まぁ……」と曖昧にうなずき、そこで怪しまれてはならないとハッとした。慌てて取りつくろう。


「と、とはいっても、知り合いのお針子にデザインや縫い方の助言をいただいたんですけどね。作ったのは私ですけど……」


 自分のアイデアではなくて、他の人が考えたんですよ~というアピールをしておいた。

 するとエセルが鼻で笑う。


「まぁ、そんなところだと思いましたわ。だって、マリア様にそんな革新的な補正具が作れるはずありませんもの。でも、できないことはできないとおっしゃることは大事ですわ」


 エセルはそう言ったが、クラスメイトの女生徒達は「でも、素敵ですわ……」と感心していた。


「……ありがとうございます」


 マリーがこそばゆく思っていると、エセルがつまらなくなったらしく手を叩いて皆の意識を集めた。


「そんなことより、皆さん! 練習しますわよッ!!」






 マリーは舞台の上で、大きく手を広げながらライラ役を演じる。頭上にはシャンデリアが光っていた。


『ああ……本当に? こんなにそっくりな人がこの世にいるなんて信じられないわ……リオン、あなたは私の双子の兄なの? この国の王子様が?』


 ライラの独白のシーンだ。

 総監督のカルロが舞台袖で、マリーの演技を見つめている。一挙手一投足を観察されているようで居心地が悪い。

 マリーは緊張のあまり足が震えてしまう。


(意識しちゃダメ……演技に集中しなきゃ)


『私達は悲しい運命によって引き裂かれ、離れ離れになってしまったのね……でも、これからはずっとそばにいるわ、リオン。だって私達は双子の兄妹なんだから……』


 このオペラはマリーの胸をざわつかせる。どうして、マリアとマリーはそんなにそっくりなの? と聞かれているような気分だ。


(他人の空似……ただ、それだけ、よね……?)


 そのはずだ。それなのに、マリーの中にモヤモヤとしたものが残る。


「……ま、思っていたよりはマリア様の演技は悪くありませんでしたわ。ドモりもありましたけど、そのうちに慣れるでしょう」


 その日の練習がようやく終わり、エセルは意外にもそう褒めてくれた。

 マリーは「あはは……」と空笑いしながら『そのうち』がまた明日こないことをひたすら祈った。


(ミッシェル、早く戻ってきて……! このままでは私の心臓が持ちません……っ!)


 多目的ホールの片づけを皆で終わらせ、女生徒達はそれぞれ寮に戻って行く。

 プリシラ先生とギルアンが楽しげに会話しながらホールを出ていくところを見て、男子生徒の一人が「ギルアンって妙にプリシラ先生に馴れ馴れしいよな」と面白くなさそうに言った。

 高圧的なギルアンに反感を持っている者は多いのか、他の生徒も同調して首を縦に振っている。


「もしかしたら内申点上げてもらっちゃってんじゃねぇの? あいつ、プリシラ先生の科目以外は全然ダメじゃん?」

「そうそう。ギルアンって、本当に嫌な奴なんだよ。俺、いびきがうるさいって何度もクレームを入れられてるんだぜ」

「お前のいびきはマジでうるさいから、それは仕方ない。俺も要望書に書いたくらいだ」


 生徒達の会話に居心地の悪さをおぼえて、マリーは一人で更衣室へ向かおうとした。その時、背中に声がかけられる。


「マリア、着替えが終わったら、更衣室の鍵は僕に渡してください。僕が最後にホールや更衣室の鍵を閉めてから、職員室に返しに行きますので」


 そうカルロに言われて、マリーは「分かりました」と、うなずいた。






(しまった……!)


 マリーは旧校舎の自室に戻ってから青ざめた。更衣室に忘れ物をしてしまったのだ。


(よりによって、ブローチを忘れてしまうなんて……ッ)


 いつもお守りとして持ち歩いていた、カルロからもらったブローチ。

 ライラの衣装に着替える時になくしてはいけないと、ハンカチで包んで棚に置いたのだ。おそらく荷物に押されて奥の方に行ってしまい、見失ってしまっていたのだろう。

 すでに時間も経っているから、カルロは鍵を返してしまっているに違いない。そう思って職員室に向かったが、プリシラ先生は「まだ返ってきてないのよねえ」と首を傾げていた。


(ということは……カルロ様がまだ更衣室の鍵を持っているということ?)


 もしかして何か急に用事が出来て、まだ更衣室を確認していないかもしれない。そう期待を抱いた。

 それなら、カルロが更衣室に入る前に「忘れ物をしちゃいました」と言って素早くブローチを回収すれば良いだけだ。

 生活指導の先生に見られたら怒られそうだったが、マリーは更衣室に向かって走って行く。

 もうすぐ夕食の時間ということもあって、校舎は閑散としていた。沈みつつある夕日が窓から廊下に差し込んでいる。

 マリーが更衣室の前にたどり着く寸前──廊下の柱の影に人影があった。一瞬真っ暗に見えたのは、彼が闇色のガウンをまとって立っていたからだ。


「カ、ルロ……様……」


 マリーは息を切らしながら、彼の前に立つ。

 カルロらしくなく考え事に没頭していたようだ。声をかけると、ようやく跳ねるように彼は顔を上げた。


「あ、あぁ……。マリア、どうしました?」


「あの……更衣室って、もう確認されましたか?」


 おそるおそる尋ねると、カルロは一瞬沈黙してから「ええ」と答える。


「誰かがハンカチを忘れていたようです。……これはマリアの忘れ物ですか?」


 そう言って、カルロはマリーに手に持っていたハンカチを差し出した。ブローチが挟み込まれたハンカチを。


(ど……どうしよう……)


 あのブローチはマリーがカルロにプレゼントされたもので、マリアに贈ったものではない。だからカルロに見つかったらまずいのだ。


(返してもらいたい、けど……)


 万が一、ハンカチに包まれていた中身を見られていたら……。

 見た目でも少し膨らみがあるし、触れば硬い感触が手にするから何かが入っていることはカルロも気付いたはずだ。


(いや、もしかしたら、カルロ様がまだ見ていないって可能性もあるし……)


 どうするのが最善か分からず、脳内は大混乱していた。

 

(私、どうしてブローチ持ってきちゃったの……!?)


 部屋の机の引き出しに仕舞っておけば良かったのに、習慣が抜けきらなかったのだ。八年間、ずっとお守り代わりにしてきたから、そばに持っていないと不安で。それが裏目に出るなんて思わなかったのだ。

 涙目になりながら答えに窮していると、カルロはそっと彼女の手にハンカチを乗せた。


「……どうやら、きみの物のようなのでお返しします。……職員室に鍵を返却してきます。旧校舎まで送ります。少し待っていていただけますか?」


 そう尋ねてくるカルロに、マリーはぶんぶんと頭を振った。


「い、いえ! お忙しいカルロ様のお手をわずらわせる訳にはいかないのでッ! お先に失礼しますッ!」


 マリーはそそくさと、その場を後にした。


(良かった! カルロ様はハンカチの中を開けて見ていなかったんだわ……!)


 マリーはそう安堵した。

 もし確認していたら、それに対して何か言うはずだ。そもそもマリーに返したりしなかったかもしれない。

 疲れのせいか少しぼんやりしていたが、カルロの態度はいつもと変わりはなかったんだから。


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2024年12月19日、書籍1巻が発売します! 是非読んでくださると嬉しいです!

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