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第十二話 お友達ができました

 その日の授業が全て終わると、ライラ役のミッシェルが硬い顔でマリーの元までやってきた。


「……お話があるのですが、ついてきてもらえますか?」


 そのまま人けのない校舎裏に連れて行かれたので、マリーは怯えていた。


(ま、まさか……余計なことするんじゃないわよ、とか言われて怒られるんじゃ……?)


 小心者ゆえにそんな想像を働かせてビクビクしていたのだが、いきなりミッシェルに勢いよく頭を下げられた。


「私のせいで、ごめんなさい……!」


 マリーは慌ててしまう。


「え……、い、いや……その、大丈夫です! 私もどの係にしようか悩んで決められなかったので……っ」


「そう……ですか。でも、かばってくれてうれしかった……ありがとう」


 ミッシェルの目には涙がにじんでいた。

 それを見て、勇気をだして良かったと心から思った。

 そのまま二人でベンチに腰掛けて、少し話をすることにした。

 ミッシェルは不安げに視線を揺らしている。


「でも、私は高価なドレスなんて持っていないんです。ヴァーレン祭でも演劇部と同じように衣装を自分で用意しなきゃいけないなんて……そこまで頭がまわっていなかったんです。ライラ役がどうしてもやりたくて、つい立候補してしまいました。知っていたら立候補なんてしなかったのに……」


「そう……だったんですね」


(外部生なら分からないことがあっても当然だわ……)


 親近感が湧いた。マリーも突然学校に放り込まれて戸惑ってばかりだから。

 ミッシェルは膝の上で両手をぎゅっと握りしめて、縮こまる。


「うちはお金もないから新しい服なんて買えないし……かといって今持っている衣装をアレンジするような裁縫技術も私にはありませんし……」


 裁縫の授業はある。しかし当然、得意な者もいれば苦手な者もいるのだ。そしてミッシェルは繕い物が不得手なのだろう。


「でも自分だけ誰かにドレスを借りるなんて、情けなさすぎてできないし……そもそも、私は周りが貴族の方ばかりなので、うまく馴染めてなくて」


 恥じ入るようにミッシェルは肩を縮めた。

 皆が当然のようにしていることを自分だけが家庭の事情でできない。それが、どれだけみじめな気分になるか。

 そしてミッシェルが馴染めないのは一般庶民ゆえに距離を置かれているからだ。

 ミッシェルの心の痛みを思って、マリーは顔をゆがめる。


「マリア様のお気持ちはとても嬉しいです。けれど、ご迷惑をおかけしたくありませんし……今回はライラ役は辞退しようと思います。本当に、お気遣いありがとうございました」


 そう再び頭を下げて立ち去ろうとしたミッシェルを、マリーは「ミッシェルさん……っ!」と呼び止める。

 エセルの手前、マリアは発言を取り下げることもできなくて、やむを得ず引き受けてしまったとミッシェルは思っているのかもしれない。でも、それは違うのだ。


「あ、あの……私は裁縫があまり上手ではありませんが……! でっ、できるだけのことはしたいと思っています! これからミッシェルさんのお部屋に伺っても良いですか!?」


 そうマリーが尋ねると、ミッシェルは戸惑いながらもうなずいた。







 女子寮にあるミッシェルの部屋は、備え付けのベッドと机と椅子、そして本棚があるだけの素朴な部屋だった。

 ミッシェルはマリーを部屋に招き入れると、部屋の片隅にあるクローゼットを開ける。


「えっと……私が持っている衣装が見たいんですよね? でも、私はそもそも持っている衣装があまりなくて……舞台衣装として使えそうなのは普段着のものしかないんですが……」


 そう言いつつベッドの上に広げられたのは、簡素に袖がしぼってある綿モスリンのシュミーズと、コルセット。ペチコートと、ガウン数枚と流行りの胸下までの短いジャケットなどの私服だ。


「なるほど……」


 マリーは顎に手を当てて悩んだ。


(オペラの衣装と言っても、その舞台の規模によって色々なのよね……)


 伯爵家にいる間にエマに連れられて何度かオペラを見に行ったことがある。八年前の聖霊降臨祭のお祭りでも観劇したことがあった。

 だから演者が身につける衣装もだいたいわかるが──ミッシェルの持っている衣装は圧倒的に量が足りなかった。手持ちの衣装をアレンジしようにも、元になる生地がなければどうしようもできない。


「でも、幸い……旧校舎の手芸室に糸がいっぱい余っていたし……どうせ廃校舎に捨て置かれていたものみたいだから使っても問題ないわよね」


 マリーは思案しながら、ぼそりとつぶやいた。

 糸が足りなければマリーの手持ちの物を使うのでも良い。それなら衣装を貸す訳ではないのだから、さすがにエセルも文句は言わないだろう。

 マリーの独り言を聞き留めたのか、ミッシェルはビックリした顔をしている。


「え、糸って……どういうことですか?」


「え? あ、ああ……じつは……」


 それで、マリーは今旧校舎で謹慎中の身の上なことや、そこに機織り機や糸があったことを伝えた。


「そうなんだ……え、でも、マリア様、機織り機を動かせるんですか?」


 ミッシェルは心底驚いているようだ。

 そこでマリーは少し困ってしまう。


「や、休み中に邸で使用人達にやり方を聞いて織れるようになったんですっ!」


 裁縫の授業で行うのは、主に刺繍や縫い針を使った編み物だ。それらは貴族女性のたしなみとも言える。

 だが、さすがに授業で機織り機を導入するのは大変ということもあってか、校内で使える者は今はいないらしい。かつて手芸部があった頃は扱える生徒もいたようだが……。

 マリーの説明にミッシェルは首を傾げつつも、「そ、そうですか……」と、うなずいた。

 何かがおかしいと思っても、まさか別人に入れ替わっているなんて常識外れの発想はできるものではない。だから、たいていの者は無理やり納得するしかないのだ。

 マリーは焦って、さっさと話題を変える。


「ひ、必要な衣装は二着ですね! 庶民用の服と宮廷用ドレス……ライラはお姫様だけど平民として育った設定だから、ミッシェルさんの普段着をそのまま流用で良いと思います。問題は宮廷ドレスですね」


「昔話なのに、今の服のデザインで良いんですか?」


「今風にアレンジしたということにすれば良いと思いますよ」


 わざわざ昔風の衣装をクラスメイト達が用意するとは思えない。有名なオペラ座なら時代考証もしっかりしている劇団もあるが、小さなところだと今風の格好で演じることが多いらしい。

 マリーは鞄から紙と羽ペンを取り出して、ミッシェルの机を借りて腰掛ける。


(宮廷用ドレスとなると、今は引きずるような長い裾のロングトレーンが流行りだけれど……そんなに高級で長い生地は用意できないし)


 二か月で制作しないといけないことや、使える糸に限りがあること。

 マリアの振りをしている事情なども考慮すると、普段作っているような繊細で複雑な刺繍は制作できないだろう。

 しかし、できるだけミッシェルの希望を取り入れたかった。


「ミッシェルさんはどんなドレスが良いですか?」


「えっ? えっと……そ、そうですね。やっぱり、ドレスだから舞台の上でも目を引くような華やかなデザインで……? 演劇中に着替えたりすることも考えると、できれば着脱の簡単なものが望ましい……かな?」


 ミッシェルは戸惑いながらも、そう言う。


「豪華で着脱が容易なドレス……豪華で着脱が容易なドレス……」


 マリーはつぶやきながら思考をめぐらせる。


(手軽に華やかなドレスを作りたいなら通常なら銀糸や金糸を使うところだけど……今回はそれもできないし……デザインを盛ると制作時間がかかりすぎるわ。それにマリア様の振りをしている以上、あまり難易度の高いドレスを作っては怪しまれてしまうし……でも、ミッシェルさんの要望通りにしたい)


 マリーは唸った。かなり難しい。はっきり言って無理難題だ。

 そもそも一人で簡単に脱ぐというのが宮廷ドレスは難しい。

 貴族がまとうコルセットは、メイドにきつく背中側の紐を縛りあげて腰を細く見せているのだ。それにより体のラインをメリハリのある綺麗な形に見せているのである。

 それができないなら何枚も巻きスカートを穿くことでスカートにふくらみを持たせる必要がある。

 どちらにしても、宮廷ドレスを着るにはとにかく時間がかかるものなのだ。

 そんな依頼は皇家御用達の仕立屋だって、さじを投げるに違いない。

 ──しかしマリーは違った。


(……いや、できるわ!)


 その時、ふっと天啓がおりたような感覚がして、マリーはペンを走らせた。

 ドレスのデザインを考える時、マリーは自分でも不思議なほど頭が冴えることがある。取りつかれたように一心不乱にペンを動かすマリーを見て、ミッシェルが驚いたように息を飲んだ。


「す、すごい……! え、このデザインって、パニエよね? でも私が知っているものと形が違うわ」


 ミッシェルがうっとりとデザインを見つめながら言う。

 パニエは下に身に着けてスカートをふくらませる補正具だ。

 正面から見るとスカートが大きく見えて豪奢になるが、横から見ると薄くて貧相なのが難点だった。そのせいか少し前までは宮廷ドレスでよく使用されていたが、最近はあまり使われなくなっている。

 しかしマリーが考案した補正具は、従来のパニエとは違い、前後左右どこから見ても綺麗に丸く広がっているものだった。後にクリノリンと呼ばれて宮廷で大流行する補正具だったが、生まれたばかりのこの時はまだ名前はなかった。

 マリーは褒められたことが嬉しくて照れたように笑う。


「えっと……かご状に骨組みを作れば、パニエももっと豪華にできるかなと思いまして……これならシルエットも綺麗ですし、がっちりコルセットでウエストを引き絞らなくても、体のラインも綺麗に見えると思います。スカートが前後左右に広がるので、生地が派手じゃなくても舞台上で映えます」


(引きずるようなロングトレーンのドレスだと演劇中に転んでしまう危険もあるし、こっちの方が良いわよね)


 これなら庶民の服として着ていたジャケットを脱ぎ、上から補正具と一枚のドレスをまとえば、華麗なドレスに一転するはずだ。レースや花は染料で染めれば、もっと美しくできるだろう。

 ミッシェルは感動で目を潤ませて、マリーの手を握った。


「嘘みたい……本当に素敵だわ……! ありがとうございます……っ! あっ……でも、私にこんな難しいドレス作れるかしら? マリア様はあくまで補佐役だし」


 そう不安そうにミッシェルは言う。

 刺繍やレースは教養で習うから、ミッシェルにも作れるだろう。だが、マリーは笑みを浮かべて言った。


「衣装係は少し手伝いをする、と皆の前では言ってしまいましたが……私ができるだけ作りますから、ミッシェルさんは演劇の練習に専念してください。もし隙間時間があれば、その時は刺繍などを手伝っていただけると嬉しいです」


「そこまで気を遣ってくれるなんて……本当に、ありがとう。絶対に素晴らしい舞台にしてみせます!」


「楽しみにしていますね。ミッシェルさん」


「ミッシェルさんだなんて……どうか、ミッシェルと呼んでください」


「あ……それなら、私も是非『マリア』と呼んでください。敬語も要りませんから」


 そうマリーが言うと、ミッシェルは嬉しそうに笑う。

 マリーはお友達がほしいと思っていたので、仲良くしてくれる相手が見つかったことは嬉しかった。



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2024年12月19日、書籍1巻が発売します! 是非読んでくださると嬉しいです!

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