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腹心もまともじゃないかもしれない


「――」



 誰かの声が聞こえた気がした。

 耳を澄ますがその言葉は聞こえず、代わりに何かが優しく頬を撫でて離れる。


 それが多分その『誰か』の手だと気づいた頃には、気配が遠ざかっていってしまいそうだったから、なんとか引き止めようと声を絞り出す。

 酷い声だった。



「シグ様、お目覚めですか」


「……マヤ……?」


「はい、マヤにございます。今回は災難でしたね。既に毒抜きは完了しておりますが、少々酷い内傷があるようです。あなた様の回復力をもってすれば直によくなるでしょうが、大事をとって一週間ほどお休みになってください」


「でも……仕事、あるし……」


「ご安心を。全て上手く回るよう手配しておきました」


「……そうなんだ……ありがとう」



 気遣わしげに俺を見るマヤは側近になるだけあってとても有能だから、本当に魔王おれがいなくても大丈夫なように計らってくれているんだろう。

 それがどれだけの労力なのかは分からないが、とてつもなくしんどそうなのは素人でも分かるので、「これからもずっと俺が何もしなくていいようになったらいいのになぁ」という本心は飲み込んだ。


 ……ん?

 マヤ、任務で遠出中なんじゃなかったか?


 聞けば、俺が倒れたと聞いて急いでその場を片して一日で帰ってきたらしい。なんという忠臣。なんとか大返しも顔負けじゃないか。



「毒殺未遂の実行者については既に処理済みです。また……今まで見逃してきましたが、幹部のそういった『遊び』が悪く影響した結果の今回の事件ですので、今後も幹部が『遊び』を行うようであれば定例会の廃止や謁見の制限を課そうかと考えております」


「……遊びって……てか、定例会廃止って、大丈夫なのか」


「はい。元々報告や指示のためというのは建前で、主目的は彼らのモチベーションを上げるためですから。実際に廃止を行うかどうかはさておき、廃止の可能性を示すだけでも態度の改善は期待できます」


「は……モチベになるのか、あんな定例会が……」


「もちろんですよ。定期的にシグ様とまみえることができる唯一約束された機会ですから」


「……俺に、会いたがってるって……こと? そうは思えないんだけど……ナメられてるとしか……」



 毒の後遺症か、息切れする俺の言葉にゆっくりと耳を傾けたマヤは可笑しそうに笑う。



「皆、戸惑っているのですよ。以前も申し上げましたが、記憶を失われる前とは別人のようですから。どう接すれば良いのか、未だに分かっていないのでしょう」


「でも、イッカクとか……普通に怖いんだけど……なんなのあいつ……喋っただけで毎回怒られるし……」


「彼の中のシグステラル様像……というものがあるのではないでしょうか。彼とて本気であなた様を裏切ろうとは思ってないですよ……だからと言って、反逆の意思をああも気軽かつ露骨に見せるのはいただけませんけれど。先刻改めて注意しておきました」


「なんだそれ……」



 要するに解釈の不一致でキレられてたってことか。

 確かに俺の一挙手一投足に文句つけてたけど……しかたないじゃないかそんなの、俺シグステラル様じゃないんだし。


 そうなるとイッカクもクルエル嬢と同じタイプだな、厄介だ。ヤンデレっぽいクルエル嬢と違ってツンギレって感じなのも別方向に怖いし、てかまず顔怖いし……パワハラ受けてる気分だけど俺のが上司のはずなんだよな……部下から上司がパワハラされるってあるのかな……。



「あなた様が彼を怖がっているということを知ったらさらに反省しそうですね、彼は」


「うん……とりあえず、俺の開口一番でキレないでほしい……好きなら好きって言った方が伝わるって、言っといて……いや、別に、言われたいわけじゃないんだけどさ……」



 ツンデレとか実在したら面倒くさいだけだから、と頭に浮かんだ言葉をそのまま続けると首を傾げられた。

 なんとなく解説してあげると、ラムダのことですかね、と恐ろしいことを言われたので否定する。ラムダは魔王即殺ヤンギレだろどう考えても。定義が合ってるかは知らないがあれはツンっていうか殺意キレだ、あいつこそが魔王暗殺本気ランク連続一位だ。あわよくば殿堂入りしてそのままどこかへ行ってほしい。



「シグ様に対しての好意はしっかりと示した方がよろしいのですね」


「うん……いや、俺にっていうか、誰に対してもそうだから……周知事項だから……愛は口に出来るときに口にすべきだから……」



 何言ってるか分からなくなってきた。

 あれだよ、つまり俺は素直が一番って言ってるんだ。素直って点ではラムダが一番素直かもな、魔王殺したい一点張りだしな。



「では早速、私からよろしいですか?」


「え、いや……だから、べつに、言われたいわけじゃないんだけど……マヤの好意は十分分かってるし」


「改めて申し上げたいのです」



 穏やかな笑みを浮かべたマヤは布団から出ていた俺の手を取り、持ち上げる。


 浅黒い魔王の手の甲の中心に唇を寄せ、そこから手首にかけて二、三度キスを落とした腹心の赤い目がこちらを向く。





「お慕い申し上げます、シグステラル様」





 





「……シグ様?」




「…………えっ? なんで……キスいる……? そういうのって魔界だと普通なのか……? ファンタジーだから? 西洋ベースだから? 魔王ってこういうの受け入れないとダメなのか……? 王族の宿命? こわ……」




「申し訳ございません、こうした方がより伝わるかと思ったのですが」


「……とりあえず、記憶喪失の間はやめてほしい」


「はっ、かしこまりました」




 この場合、側近がおかしいってよりかは、王たる立場がおかしいのかもしれない。


 どちらにせよ「好きなら好きと言いましょう」というスローガンの代わりに「対魔王様の態度の軟化」を今後のテーマにしてもらうことにした。


 始めの一歩のハードルが低すぎる気がするが、忠誠の誓いみたいなことを毎度やられたり、会う度に「好き」と言われても恥ずかしいので仕方ない。全員から忠誠のキスされるくらいなら一生このテーマでいいわ。



ヒント:「敬愛」→「欲望」

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