幹部会議はまとまらない
たぶん全編平均するとギャグ。
定期的に魔王城にて開催される幹部会議はいつもまとまらない。
何故なら議長である魔王の中身が俺という一般ピーポーだから。
もはや遠い昔のように思える在りし日、寝て起きたらどこぞの魔界の魔王になっていた俺は、なんやかんやで「記憶喪失」という誤診を受け、下っ端と良心のある幹部には心配され、野心ある幹部にはナメられ、腹心には必要以上に煩慮された。
記憶喪失という誤診は、いつか記憶が戻り元の魔王に戻るという期待も込められたものであるから、とりあえず魔王としての職務は果たさなければならないということになった。魔王として色々と務めることでそのうち何かが引き金になって記憶も戻るだろう、ということだ。
しかし残念ながら、この肉体には記憶どころか人格すら丸々別のものが入っているのでそんなことは無駄なのである。
「おいおいおいおいまだ記憶戻んねえのか魔王様よォ……! そろそろ限界だ、俺は腑抜けたあんたに着いていく気はねえぞ!」
「イッカク、口に気を付けなさい。謀反を起こすつもりならばわたくしが粛清することになりますわ。ただでさえ最近は多方面からのシグステラル様への不敬が目に余って仕方ありませんのに――とくにラムダ! あの野郎また遅刻ですの!? 普段からまともに仕事もしないくせにいいご身分ですわね! 今日こそ屠殺してやりますわ!」
「ねーシグちゃん、そのクッキー美味しいのー? さっきからそればっか食ってっけど」
「君達せめてまとまったこと喋っ……いやいいわ、答えるの面倒くさいし。はい議題入りまーす」
「えー無視? ウケる」
「シグてめえッ、なんだその適当な態度は! そういうとこが気に入らねえんだっつってんだよ!」
「イッカク! 口の利き方に気を付けろって言ってるでしょう! ぶち殺しますわよ!?」
「うるせえ似非貴族が! やれるもんならやってみろ!」
「……えー、今日のメインは人間界での動きについてで……皆にはこの前マヤの方から指示してもらったことについて、結果の報告をしてほしいんだけど……」
「シグ様やぁ、そろそろ命くれんかぁ」
「……シュラのおっちゃん、会議中くらいお酒飲まんといて。あと流行りだからって気軽に魔王の命狙わんといて」
「すまんなぁ、おっちゃんも流行りには乗りたいんだよぉ……オエッ」
「そもそも流行りになるのがおかしいんだよおっちゃん。正気になって? あと吐きそうなら酒やめて? そんで今俺司会進行してたからね、遮らないでね?」
「んぁ〜すまん」
「ちょっとシグちゃん! 何でシュラには受け答えすんのよー!」
「え、ごめんエンカさん何か言ってましたっけ」
「は? まさかの耳にすら入ってなかった感じ?」
「うん……周りがうるさかったから……」
「じゃあ詫びとして封印されてくんね?」
「それは嫌だ」
「シュラ、エンカ! あなた達も馬鹿なこと言ってんじゃねえですわよ!? シグステラル様、わたくしもう我慢できません! わたくし以外の幹部連中の総入れ替えを所望いたしますわ! この愚か者共の処刑はわたくしが行います! 今! ここで!」
「ハッ、かねてよりの望み序列決定戦がここで叶うってかァおもしれえ! まずはてめえから殺してやるよ!」
「イッカクとクルエル嬢はそろそろ座って」
「何故ですの!? あなた様が馬鹿にされることなどあってはならないことですわ! それともそれを許容されるおつもりで!? いくらシグステラル様であってもその威厳を突き崩さんとする不敬を看過することは許せませんわ! あぁ……ッ、麗しいそのかんばせをこの手で焼いてしまいそう……! あなた様を至上と慕うわたくしに無体を働かせないでいただきたい!」
「言ってること無茶苦茶だし怖いよ! 座ってくださいお願いですから、会議始められないんだって!」
会議を始める前からこのありさまだ。
シグステラル・ゴデラの魔王としての基盤が強いおかげか、未だに魔王軍は崩壊せずにいるがそれも時間の問題だろう。トップの統率力がゼロな分、側近のマヤが今はまとめ役として動いてくれているけど、俺一人での場となると忠誠心の強いはずの幹部連中ですらこれだもの。
どうせこいつら俺の話ほとんど聞いてないし、今回は資料があるからいいけど俺は俺で何言うべきか分からんし、毎度毎度会議をむちゃくちゃにする幹部たちにブチギレながら話をまとめてくれるマヤは今日は任務で城にいないし。
スケジュールがどうしても合わないと謝り倒していた彼にはそろそろ休暇をあげたいけど、あげたら魔王城が逆一夜城してしまうから馬車馬の如く働いてもらうしかない。
ごめんなマヤさん、俺が帰ったらたくさん休暇とってくれ。
「はいじゃあえっと、まずイッカクから報告お願い」
「チッ」
「う……お、お願いします」
「部下にヘタってんじゃねえ!」
「ヒェッ」
どうせえっちゅうねん。強面に凄まれてヘタるなとか言われても無理だろ。
クルエル嬢がガタリとまた椅子から腰を上げたのをなんとか制して、明らかにイライラしているイッカクの報告を受ける。
報告の最中こちらを一切見なかった彼は、話し終えた後に「こんなくだらねえ作業二度と押し付けんなってマヤの野郎に言っとけ」とまた凄んで座った。
マヤから聞いた話じゃあ幹部の中だとこの人が一番魔王様第一主義らしいけど、そんな面影一ミリも見えない。会って話したら罵倒とキレと謀反しか口から出てこないし。
軍の中じゃ二番目に魔王暗殺計画を本気で遂行しようとしてると話題だ……俺の中で。
「はーいじゃあ次はエンカなんだけどぉ、やっぱ『光の子』はもう既に産まれてたみたいでーす。着々と力つけてるっぽいし、マジ早めに対処しといた方がいい感じ〜? てかなんなら手遅れとも言えるくらいだからぁ、マヤさんも言ってた通りに来週までには村焼いといた方が良いと思いまーす……ってマヤさんの方にもう連絡入れといたんでえ、後はエンカちゃんに任せてくださーい」
「ああ、そうなんだ……ありがとう」
「えへ、お礼はシグちゃんの瓶詰めでよろー!」
「却下で」
「はあ〜? ありえん、エンカめっちゃ頑張ってんのに!」
仕事はしてくれるこの魔界産ギャルは「そうしたらかわいいから」という理由で俺を瓶に封印しようとするし。何がかわいいんだ、小さきゃなんでもいいのか。手のひらサイズなら魔王もかわいいのか。
またクルエル嬢が議卓を叩き潰しそうになっていたのを落ち着かせながら、酒をまだ胃に流し込んでいる酒乱おじさんもといシュラのおっちゃんに報告を促せば、呂律の回っていない何らかの言葉が次々に溢れた。俺は理解できなかったが、書記係の子がしっかりペンを走らせていたので良しとする。
この場にいないラムダの番を抜かして、では最後にと言う前に意気揚々と立ち上がり、「わたくしからは最高の知らせがありますわ!」と胸を張ったクルエル嬢に気圧された直後だった。
「土産だ、シグステラル」
どこからともなく低い声が聞こえ、膝の上に何かが落ちてくる。
ベシャ、と気味の悪い音を立てて着地したそれは、生前は恐らく恵まれた体格を持っていただろうどこぞの軍人の『達磨』だった。
「――うわああああああああああ無理無理無理!」
ご遺体の虚ろな目と目が合った瞬間ぞわりと悪寒がして、反射的にそれをぶん投げていた。おそらくそれが飛んで行った方向から悲鳴が聞こえたが、そんなこと気にしていられないくらい気分が悪かった。
さっきまで貪っていたクッキーも災いして吐きそうになるが、身体を縮こまらせて外界の情報をできるだけシャットアウトすることで我慢する。
「その様子だとまだ記憶は戻っていないのか」
「俺とおんなじこと言ってんじゃねえよラムダ」
「ラムダ……ッ! 遅刻した挙句こんな汚らしい死骸をシグステラル様の御膝に投げるなど不届き千万ですわ! わたくしのドレスも台無しじゃない!」
「黒衣で良かったな、イカレ女」
「お前にだけは言われたくなくってよ……!」
う、なんか頭ん中もぐるぐるしてきた……。
待ってくれ……俺こんなに貧弱だったか? たしかに今の衝撃度は凄かったけど、ビックリ系グロ画像みたいなもんじゃないか。画像とかじゃなくてリアルなやつだけど、一応最近だと慣れてきたやつのはずだろ、どうしたんだ俺……!
なかなか復活しない俺になにかが変だと気付いたのか、近くに座っていたシュラが「シグ様ぁ? 大丈夫か?」と声をかけてくれたが大丈夫なわけがない。
「調子が悪いのかシグステラル。ならば首を斬ってやろう、すぐに楽になれる」
「やめてくれ……うおえ……マジできもちわるい」
そばにやって来て抜き身の太刀をチラつかせるラムダに首を振ったところで限界が来て机に突っ伏した。
「……毒でも盛られたか」
「なに……!?」
「なんですって!?」
「えっ、シグちゃんに効く毒ってやばくね普通に」
「んえ〜……毒? 酒で消毒したらぁ?」
「ふざけてる場合か! おい書記、ヒーラーを呼べ!」
「はっ、はい!」
ついに視界まで霞んできた。
思考も霧がかかったように鈍くなり、耳に入る声の話す言葉が理解できない。
冷や汗が額から下るのを感じたところですうっ、と意識が遠のいて――