お給仕日誌 華
お給仕日誌 華
可愛い物が好きだ。レースだとかフリルだとかそういった類のものが好きだ。おしゃれするのも好きだ。ファッション誌を読みトレンドを取り入れたコーデを考えたりする時間が華の至福の時間だ。
今のバイト先も、とても気に入っている。おしゃれな内装にクラシカルな衣装、紅茶におしゃれな料理が周りにある。
あれは夕方、愛犬の散歩をしていた時、なんだか薄暗い住宅街の中で洋館のような場所を見つけた。流石に犬を連れて入るわけにはいかないだろうと思い。行きたい気持ちを抑えて家に帰った。
一目惚れだった。
絶対に明日はあの店に行くのだと決意を固めた。
朝一番に起き、自分の持つ服の中で最高にレトロで、可愛い襟付きの花柄ワンピース、白いソックスに茶色いローファーを合わせた。
昔から猫っ毛だったが、ゆるくパーマを当てたような自身の髪の毛は今では気に入っている。
さあ、出陣だ。
クゥーンと愛犬のミルクがこっちを見ている。
「すぐ帰ってくるからね」
頭を撫でて洋館に向かう。
元よりルックスも甘めで礼儀正しく、人手不足だった事も手伝って華は即採用だった。
可愛い物好きの華にとって執事の採用は誤算だった。
華は男性が好きではない。
目つきは鋭いし愛想がない。時折栞のことを気にしているのが不可解だが、もしかして何かされてやしないか。
可愛い可愛い栞、口下手で小さくてお人形さんのような愛らしさ。
お客さんに対してもあの可愛さに間違いを犯す輩が出てこないか、見張らなくては。
チリン、鈴が鳴った。
「おかえりなさいませ、お嬢様、あら~お久しぶりですっ、ささ、そちらの席にどうぞっ」
美容やファッションに通じていることもあって女性客に人気のある華の勤務の時には八割が女性客で埋まる。
仲良くなりすぎてお友達のような気もしてしまうが、線引きはしっかりしている。
「華ちゃんは、ショートとロングどっちがいいと思う?」
常連でアパレル業界の仕事をしているらしいお姉さんが聞いてくる。
「お嬢様は小顔なのでショートでも似合うと思いますが、お仕事で髪の毛を結ばなければいけなかったりする場合はちょっと勿体無いなとも思っちゃいますね」
「なるほどなるほど、確かに微妙にくくれるくらいだと鳥のしっぽみたいになるわよね」
フフッと笑うお嬢様。
「今はロングヘアですので、ミディアムボブくらいにしてカジュアルな感じにしてもいいかもしれませんね」
うんうんと周りのお嬢様方も頷いている。
洋館に通うお嬢様は一人の場合も多いが、洋館でメイドを通して話したりしているうちにみんなで仲良くなるというケースは稀ではない。
実際このアパレルのお嬢様の横にはここで知り合って仲良くなったという別のお嬢様が坐っているし、通ううちに皆仲良くなっているようだ。
「あっ、華さん、延長で華さんのブレンドティお願いします」
常連のクロネコお嬢様だ。
「かしこまりましたっ」
華のメイドティーは美容について考えて考案されたものをお出ししている。
ルイボスをベースにローズヒップ、ハイビスカス等ビタミン豊富なハーブをブレンドし、蜂蜜で甘さを加えた真っ赤なブレンドティ。テーブルを見るとほとんどのお嬢様が華のブレンドティを飲んでいる。
「お待たせ致しました、メイドのオリジナルブレンドティーでございます、お注ぎしても宜しいでしょうか?」
「お願いします」
注がれた紅茶を一口飲み、ふうっと一息つく。
「最近、栞ちゃん何かあったのかしら?研修の頃は表情がコロコロ変わる面白い子だったのに今じゃ全然笑わなくなっちゃって……」
確かに心配だった。今でも可愛い後輩だし栞のことは妹のようなものだと感じていた華にとってそれは一大事だ。
「それは私も心配していたんですが、本人に聞いてもいつも通りだというばっかりで」
「うーん……本人が言うんじゃあ、ねえ」
「また何かわかり次第報告いたしますね、ご心配頂き痛み入ります」
失礼します、と後ろに下がるがやはり心配は隠せない。
「どうかされました?」
げっ、例の見習いではないか。
「何でもないです!」
話しかけてくれるなというのを必死にアピールしたつもりだった。
「でも、さっき栞って……」
なぜそうも栞について気になるのか。
「栞栞って、あなたっ、栞に気でもあるのかしら⁉」
ぎょっと目を見開いた見習い執事。
「いや、そういうわけではないのですが、彼女そんなに表情が乏しいですか?」
「はぁ?」
言っている意味が分からなかった。
「彼女、よくお客さんに褒められたりすると赤くなるし、面白いときはちゃんと笑っていると思いますが」
あり得ない。
栞が感情を見せている?
こいつには見せている?
「そう見えるわけではないですが、最近観察していたら赤くなるような、笑うような素振りが見えるんです」
それは見えてないようなものでは無いか。ん?観察していたら?ですって?
「いいわ、それなら、勝負しましょう?」
自分の気に入りの女の子のことを自分よりもわかるだなんて癪だった。
「どっちが先に栞を笑わせるか勝負よっ」
これは栞を囲む人間同士の戦いよ、手加減しないんだから。