お給仕日誌 栞
お給仕日誌 栞
定休日の木曜日、集まれる使用人達でミーティングをするのが毎週恒例である。
「土日は、浴衣イベントですよ~~」
いつもの朗らかな口調でメイド長がメイド達に告知をする。
夏真っ盛り、夏のイベントといえば夏祭り、夏祭りといえば花火、花火は流石にできないため、普段のクラシカルな雰囲気とガラリと変えて、縁日の設備を整えた。
ヨーヨー釣り、射的、輪投げが楽しむことができ、飲み物と料理は縁日風にアレンジする予定だった。
「どうしようかしら~食べ物とお飲み物~」
考える仕草をしてメイド達に目をやる
参加者は栞、小町、執事見習い、華、蜜そしてメイド長の六人。
「ってゆうか~、この人どちらさまですかっ?」
華が怪訝そうな声で言った。
「この方は~執事見習いとして入った方ですよ~名前、そうっ名前どうします~?」
「漢字の方がそれらしいですよね?」
まだ名前のない彼が真剣に考えこむ。
「春」
気づいたらそう口に出していた。夏真っ盛りに入ってきたのに春かと我ながら思うが、何となく温かいイメージがこびりついて離れなかったからだ。
「じゃ、それでいいわよ。それより、きゅうりの一本漬けとかどうですか⁉」
小町は興味なさげだが、メニューを考える方が重要だと考えたらしい。早々に提案する。
使用人見習い改め、春は黙ったままだ。
「それは……店的にどうなの~?どうやって出せばいいの~?お待たせいたしました~きゅうりの一本漬けですってだすの~?」
皆がちょっとニヤニヤしている。
「棒に刺さなきゃいいのではないですか?蜜はきゅうり好きなので賛成ですよ」
今までみんなのやり取りを静かに見守っていた蜜が意見を出した。
ここの使用人は皆顔面偏差値が高い。
自分はさておき小町は言うまでもない。色素の薄い日本人離れした美しい派手な顔立ち、薄い焦げ茶色の髪をお下げにし、後ろでまとめている蜜。女の子らしい柔らかな可愛らしい顔立ちでふわふわとした猫っ毛の華。
土日祝日は出勤しているメイドの数が多い上、少人数で一つの店を切り盛りしている為親交は厚く、使用人間での仲は良い。
「お祭りセットって感じで、出したらいいのはないでしょうか」
栞の提案にぱあっとみんなの顔が明るくなる。
「良いですね。では~、その方向で行きましょう~皆さんお祭りだと何を召し上がりたいですか~?」
「カステラ」
「唐揚げ」
「ポテト」
「フルーツ飴」
「じゃがバター」
「たこやき」
「タピオカドリンク」
店長がポンっと手を叩く
「はいっ皆さんありがとうございます~総合すると~唐揚げ、たこ焼き、ポテトは一緒にボックスに入れて屋台の華セットとして食べ物のメインとして提供、カステラは可愛い袋に詰めて提供、あとはじゃがバター、さっき提案頂いたきゅうり、タピオカ……んん~」
初めはテンポが良かったメイド長も考えあぐねている。
「タピオカは濃い目のアイスミルクティを作って入れて出したらよくないですか?市販でタピオカだけ売っていると思いますが、あときゅうりはお茶と一緒に出しましょうよ」
小町がテキパキとまとめてゆく。お茶菓子の代わりにきゅうり……果たして合うのだろうか。
「じゃがバターはブレットとかと一緒に出したら相性がいいと思います」
料理上手の蜜ならではの意見だ。
「フルーツ飴は~、女の子に人気があると思うので、串には刺さずにガラスの綺麗な入れ物に盛り付けませんっ?」
華が女の子が食いつきそうな意見を出す。
「タピオカをドリンクとして採用して、じゃがバターは薄いブレットと一緒にお出しする。タピオカ以外の紅茶をお頼みの方にお茶請けとしてきゅうりの漬物をお出しするとして、フルーツ飴はガラスの綺麗な器に盛り付け、ですね」
なんだか一気にオシャレになった気がする。
「では試食会と行きましょう~。その間射的とか輪投げとかのセッティングお願いしますね~」
射的は春、栞。輪投げは華、小町、料理の手伝いは蜜で担当した。
「イベントの景品とかはどうされるのです?」
面接のときは癖が強かった印象があったが、随分落ち着いたようだ。
それに今日も面接の時とは違い、眼鏡をかけていないという違和感もあった。
「あ、お菓子がいっぱいあるので、それにいろいろな特典をつけます」
お菓子とカードを見せる。
アイスティ一杯無料券、ホットティ無料券、フード二百円引き、三千円以上十パーセント引き券等様々なカードがあった。
「これをお菓子の裏につけて、景品の出来上がりです。つけないお菓子とついているお菓子があるようにするので、だめでもお菓子はもらえるという感じです。」
なるほど、と頷く春。
口下手なりにも、なんとか打ち解けねば。なにか話題を……とぐるぐる考えていると、
「チェキなんてとれるのですね‼この店は」
景品の紙の内容を見たらしい、興奮気味で春が叫ぶ。
「この店は何か萌え系のサービスがない代わりにイベントの時はチェキだけは撮れるんです。春さんは他のコンカフェさんとかに行かれたりするのですか?」
「ええ……まぁ」
なんだか濁されたような気がした、聞いてはまずいことを聞いてしまったのだろうか。
「栞さんはどうしてここで働いているのですか?」
「私は、昔からここによく通っていまして――」
ズキっと頭が痛む。
「大丈夫ですか?」
話が途切れてしまった為何事かと心配そうな春が居た。
本気で心配している様子の春に、あぁ、この人本当は優しい人なんだろうなと思った。オーラが優しい。相変わらずガラス玉のような目を見ても彼の感情が読めない。頭が痛い。
気づけば二階の栞の部屋のベットの上にいた。
テーブルにはカラフルなフルーツ飴、屋台の華セット、じゃがバター、タピオカ、きゅうりなどが所狭しにおいてあり、落ち着いたら温めて食べてみてねとのメモがおいてあった。
「こんなにいっぱい……食べられないよ……」
皆の優しさに涙ぐみながらレンジに入れ、その間にタピオカを飲む。美味しい。
紅茶が美味しい店というのを売りにしている店がタピオカミルクティーを作るのだ。美味しくないわけがない。
きゅうりもつまむ。ポリポリという音が静かな部屋によく響く。
一体どうして倒れてしまったのだろうか。
最近頻繁に起こる頭痛の原因がわからない。
チンッという音がしてレンジに向かう。
ふたを開けると鶏肉とポテト、ジャガイモとたこ焼きの香りが一気に漏れ出してくる。
これは盛況になるぞ、と胃が満たされるのを感じながら確信した。