使用人見習い 神崎 実
使用人見習い 神崎 実
神崎実は真面目だ。
それだけが取り柄だという自負がある。
真面目だから勉強もする
真面目だから友達ができた
真面目だから人を助ける
真面目だから――
あれは高校二年の春だったか、進級して一番初めに仲良くなったのは内気で真面目そうなちょっと肥満の男子生徒だった。なぜ僕に声をかけてくれたのかと聞くと、体形が似ていた事と真面目そうだったからと言われた。
前原 大河 その男子生徒の名前だ。仲良くなったきっかけは席が隣だったからというただそれだけのことだったが話すにつれて実はたくさんの知識を得た。
主に二次元の趣味についての知識量はとてつもなく、元より現実の女の子や人間に興味がなかった実はすぐにその世界にのめり込んだ。
大河はいいやつだ。仲良くなれば仲良くなるほど実は彼が明るいということを知った。
「実っちよぉ~、彼女つくらねぇの?」
「いらないよ、僕にはこの唯ちゃんが居るからね」
唯ちゃんというのは、当時深夜枠で放送されていた妖精の国と亜人の国の民が契約して世界の平和を守ると言ったアニメの中に出てくる黒髪の清楚系の妖精さんである。
「そっかぁ~、じゃあさ、今度一緒にメイド喫茶行かね?メイドさんにちやほやしてもらいたい」
「おっけ、付き合う」
「そんじゃあ明日放課後な」
今ならわかる。あの時メイド喫茶なんかに行かなきゃよかったということを。
コンセプトカフェというものは料金設定が高めの店が多い。テーブルチャージが一人ずつかかったりと、そもそものメニューに並ぶ金額が普通の店と比べたら全然違う。
「入るぞ、実っち」
「おう」
必要経費だと自分に言い聞かせ、高くても仕方がない。メイドさんのためだと思い、意を決して中に入った。
扉を開けるとそこには、猫耳をつけた可愛いメイドさん達が居た。
「おかえりにゃさいませ!ご主人様!」
あぁ~至福。お金?そんなの気にしない、払えるだけ払おうじゃないか。
元々物欲もなく、お金は結構貯まっていた。これでもかというほど萌え系のフード、ドリンク、またチェキも撮った。
「そろそろお暇するか」
大河がニヤニヤしながら言った。
「そうだな、名残惜しいが」
立ち上がったその時メイドさんの一人がぱたぱたと駆け寄ってきた。
何やらメッセージレターというものを受け取った。合計金額が一万円を切ったお客様にお渡しするというものらしい。
「こちらどうぞにゃん」
「あ、ありがとうございます」
「え~、ずるい~、僕ももっとお金使えばよかった~」
至福の時を終え、帰り道、余韻に浸りながら二人で歩いていた。
「大河、これやるよ」
「でも、それ実っちが――」
「いらないよ、それにこんな幸せな気持ちになったのはお前が連れて来てくれたからだろう、記念に持っておいてくれよ」
「ありがとう、実っち」
大河は震える手でメッセージカードを受け取り、泣きそうな声で言った。
翌日学校に行くと、大河は目を合わせてくれなくなった。話しかけても聞こえてないふりをしている。
何か、しただろうか。
「おいおい返事しろよ、大――」
なんだかクラスがざわついている。なんだ?
「神崎 実という学生はいないか!」
全く見たこともない成人男性四人が教室の前に居た。
返事はしないがクラスメイト達が一斉にこちらを見るのでばれてしまった。
実は人に恨まれることはしていない。その自信はある。
「何か御用でしょうか?」
「御用でしょうか?じゃないぞ!お前のせいでっ……お前のせいで……」
普通の会社員らしい成人男性が目に一杯涙を溜めている。
何事だろうか。全く心当たりがない。
「りこにゃんが卒業しちゃうんだぞ……っもう俺何を糧に生きたらいいのか……」
後ろの三人も泣いている。
「りこにゃん……りこにゃん……」
「だからりこにゃんって誰の話をしてるんですか⁉」
しびれを切らして大声を出すと、周りのクラスメイトがどよめいた。
「喫茶猫娘のキャストだよォ‼お前最近行っただろ?」
「行きましたけど、それがなんだって言うんですか?」
頭を抱える。こいつらはいったいなぜこんなにも自分を攻撃してくるのか。
「お前と‼りこにゃんが繋がった事がオーナーにばれたから、規約違反で卒業しなきゃいけなくなったんだ‼」
繋がりってなんだ?規約違反?全くわからない。何故俺が?
「申し訳ないですが人違いだと思います、今日は一旦お引き取り願います!」
高校生相手に大人が複数で、というこの状況をまずいと察したのだろう、大人たちはぞろぞろと帰っていった。
「はぁ……」
なんて日だ。何もしていないのにこんなに責められる時がこようとは。
人生十七年、生まれてこの方真面目に生きてきたが、こんな災難な日はなかった。
いつの間にかクラスメイトが遠巻きにこっちを見るようになった。
大河が学校を来なくなった。
実は孤独になった。
それもこれもあのメイド喫茶に行ったからだ。
実は絶対メイド喫茶を許さない。
大学に入学しアルバイトを探していた。あがり症なので接客業は向いていない。
だが眼鏡を外すといい具合に人の顔がぼやけ、何とか冷静になることができる。
秘密の洋館――偶然道に迷って、通りかかったときに求人が出ていた。メイド喫茶等、自分に災厄をもたらしたものだと憎しみしか沸かないが、そこにいたらなぜか大河にいつか会える気がして、気づいたら扉を開けていた。眼鏡をはずし忘れていつものあがり症を発揮。店にいた人たちに苦い顔されたのは痛かった。
お客さんの話からそれらしい可能性の話を説いて、信用度をあげた。話の真偽はわからない。どうでもいい。
一度手に入れた友人を一瞬で失ったショックで、人と深く関わる事が怖くなった。
「お疲れ様です。お先に失礼しますね」
使用人の一人、確か栞といったか。彼女は洋館の二階の部屋に住んでいるようだった。
設備や軽いレクチャーを受けて、次回の勤務の説明を受け終わるとちょうどクローズの時間になっていた。
「最近物騒な事件が多いみたいよ~、小町ちゃん家まで一人でしょう~?執事君に送って行ってもらう~?」
「いや、結構です、彼氏に送ってもらうので」
彼氏がいるのかこのメイドは。
「あら、そう~なら安心ね」
店の中での印象とはがらりと変わって、なんだか淡白な性格のようだという印象を受けた。
挨拶もそこそこに小町は店を出ていった。
「実君は終電大丈夫なの?」
「はい……えっもうこんな時間!本日は採用有難うございました、また明日もよろしくお願いします」
お辞儀をして全力で扉に向かって走る、扉を開けると鈴がジリンジリンと嫌な音を立てた。
「失礼します!」
まずい。
あと5分で駅にたどり着かなくてはならない。走っていると何人か通行人が居た。小町らしい女の子が男性と歩いているのが見えたが、気まずくなるのを避けるため、曲がるはずのない交差点で曲がる。
案の定、道に迷った。
終電は逃した。その旨を店長に伝えると二階に空きがある為、そちらに泊まる許可が下り、それに従うことにした。
走り疲れと気疲れで、布団を取り出しすぐ眠りに落ちてしまった。
ふと物音がして目が覚める。いけない、そのまま寝落ちしてしまったようだ、今は何時かと携帯を見ると深夜二時すぎというところか、誰か起きているのだろうか?
扉を開けて外を確認する。誰もいない。
気のせいだったのだろうか。廊下を歩いてみると、ミシミシと音がする。人が通るとやはり音がする。フッと影が横切った。
メイドの誰かだろうか。一階に降りていった気がして静かにその陰の後ろを追いかける。ハラりと何かが落ちて拾い上げる。そこには自分が面接のために書いた履歴書とおそらく他の使用人の履歴書だろう物が落ちていた。栞の写真が貼ってある。
六月一五日 死
「⁉」
にわかに信じがたい文字を目にしてよろよろと後ろに下がると誰かにぶつかった。
「あらあら~見てしまったようですね~」
振り返るとそこには不敵な笑みを浮かべるメイド長が居た。
閲覧有難うございます。
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