亜人型戦闘重機ドラゴブリン
ツイッターでアンケートを実施した、リハビリ即興短編です。よろしくお願い致します。
とっておきの白パンに、よいしょ、最後の焼き豚をはさんでっと。
「だからそう言っている! 不可能だと! 敵は雲霞のごとくして、すでに山向こうにまで迫っている……現地戦力? 正気の提案か? 悪夢級が確認されている以上、生身の兵など生餌以外の何ものでもない! 援軍なくば民間人の避難など!」
あ、やった、チーズもひと欠け残ってた。こいつを火魔法でとろけさせ……たら怒られる。操縦室だし。ティルさっきからプンスカしてるし。
「待て! 今回のことは必ず問題にするからな! 貴官も、いっかな通話口に出ようとしない参謀も、よくよく憶えておくことだ……聖剣勲章持ちの! 正義パラディン協会高等会員たる! この私の要請を断ったのだからなあ!」
チーズ、真ん中辺に入れてお楽しみにしよ……うん? わあ、イチゴジャムも残ってた。残したっけ? あ、これティルのか。名前書いてあるし。
どうしよう。舐めちゃうか、それとも……。
「で、結局どうするんです? ティル人類同盟軍三等陸尉殿。あるいは重機長殿」
「嫌味な言い方はよせ、ドーン陸曹。状況はどうなっている」
「どうもこうも、皆様は一目散に逃げておりますなあ。何しろ輸送車両を全部回しましたからね。三日も走れば同盟基地へ転がり込めるでしょうよ」
「司令部をせっついた。上手くすれば一日半で即応部隊と接触できる」
「ああ、例の……それならば装甲車と随伴歩兵を残してもよかったのでは?」
「まともな退路があるのは今だけだ」
「なるほど、安心しました。まともでなくとも退く気はおありのようで」
うーん、なんかすごいことになっちゃった。でもとっても素敵ないい匂い。とろみと甘味の即興曲。さあ、リザードマンみたくガップリと……!
「エルエ陸士、魔動炉を起動せよ!」
「はへ?」
「復唱を……何を食べている? いや、何で食べている! 戦闘待機中だぞ!」
「やれやれ。さっきから何が臭うのかと思ったら」
「はわあ、まだ、まだこれから」
「没収だ! 軍人の責務を果たしたら返して……げえっ、焼き豚にジャムだと!?」
「エルフ系の女は果物に目がないですからなあ」
「ひと口。せめて、ひと口ふた口……み口だけえっ」
「なるほど、一理ありますな」
「黙れエルフ系! そこのドワーフ系も酒を出そうとするんじゃない!」
ひどい。ティルもピーターパン系なら食べるの大好きなはずなのに。痛い痛い、蹴るのやめて。子ども用でも軍靴は硬いよ。
「うう……魔力注入……機体名の発音発令、どぞー」
「重機長の権により命ず。立ち上がれ、『ドラゴブリン』!」
「何度聞いても間の抜けた名ですなあ」
「同感だが黙れ」
はー、二人ともわかってないなあ。素敵じゃない、ドラゴブリン。ドラゴンのカッコよさとゴブリンのしぶとさが合わさって最強に見えるし。
錬金兵器も色々だけど、うちの軍の主力だからね、この子は。
亜人型戦闘重機ドラゴブリン。機械仕掛けのモンスター。操縦手・射撃手・重機長の三人乗りだい。
ミノタウロスもねじ伏せちゃう格闘能力に、ケンタウロスより速い走破能力。装甲は呪いも弾くミスリル銀製だし、火砲にはマテリアル・エーテル・アストラルの各種弾頭を完備。主機だって安心安定のパラケルスス参号炉だしさ。
「ドーン陸曹、進路を北北東へとれ。速歩前進」
「了解。進路北北東。速歩前進」
あう、あう、あう。揺ーれーるー。でもなんか食べたい。干し肉をしゃぶるのは……刺さると痛いしやめとこ。干し芋ちぎって奥歯でアムアムしよ。
「白色信号弾用意……撃て」
命令のままに発射。青空の高い所で白煙がポンと鳴った。
「さあて、どうなりますかな」
「ふん。どうにかするだけだ」
んー、風の精霊がざわめいてるなー。あらら、水の精霊も跳ねてる。
水穂の国か。いいところだよ。のどかで、山野には鳥や獣がたくさんで、田畑も綺麗なのに。お米も野菜もおいしいのに。
「単機での遅滞戦闘など、決死の作戦もいいところですぞ?」
「聖別された自殺薬がある。失敗したところで死ぬだけだ」
「おやおや、勇敢なのやら臆病なのやら」
「化物どもと対決するに際しては、気構えよりも薬備えだろうよ」
「ま、確かに。まったくもって度し難い奴ばらですからなあ」
もう、ダメなんだ。何もかも台無しになっちゃう。汚れ穢れて呪われて。
「山間部に入る。各員、防毒防死装備」
ちょっとも肌を晒さない。手足も首も腰も、必要なギリギリの範囲を残して縄で縛る。自傷も自殺もできないように。
あ、精霊の悲鳴。食べられちゃったみたいだから。
「敵。前。遠く」
「いたとてはぐれだ。進路を東北東へ」
「進路東北東」
稜線の裏でなにかが踊った? 機体の陰で影がうごめいた? 目が痛い。まばたきするのが怖い。息を吸っても吐いても、歯が、カチカチする。
「各員、落ち着け……勇者薬はまだだ……私の合図を待て」
遠くが見えた。見たくもないものが、あんなに。
邪な群れ。嘔吐物を腐らせたような、毒々しい流れ。峡谷を埋め尽くしている、見るに堪えないほどおぞましい、あいつらは。
U。ユー。ゆう。
名状しがたい異形の怪物たち。
避けられない冬のように現れて、おびただしいイナゴのように暴れて、死よりも忌まわしい死をまき散らす、まるで嘲笑する絶望。
「崖を爆破する。分断し、阻止し、攪乱して、離脱だ」
ああ……憎いなあ……!
あいつらさえいなければ、あたしは谷にいられた。皆でのんびりできたんだ。あの子も、あの人も、あの日々も……全部が全部あいつらのせいでなくしちゃった。U。Uだ。Uが悪いんだ。UなんてUだけはUこそUをゆうをユーを―――
「勇者薬、注入」
―――う……ん。
うん。頭冷えた。手、痛いったらないや。今度爪切っとこ。
「よし、狙撃候補地へ移動するぞ。極力戦闘は避けろ。敵をあしらいつつ正確に仕事をすればいい。駈歩前進だ」
「了ー解。速やかに嫌がらせをしに参りましょうや」
「んー? 火炎放射器はなし? 強いよ?」
「エルフ系がすぐに山へ火を放とうとするな……火霊力は温存だ」
木々の頂を見下ろしながら駆ける。ドラゴブリンは大きいから、辺りは緑色のモコモコした水面だね。山並みは山波。動かない大波。ちょこちょこUがいる。
あれは恐怖級の「脳獲り」。エビとキノコを気色悪く混ぜ合わせたような化物。飛ぶ。エーテル弾が効く。「屍喰い」もいる。ゾンビみたいなやつ。あれにはマテリアル弾。どっちも人を狙うけど、兵士なら勝てなくもない。あちこちいるなあ。
あ、悪夢級……のやつの、ちっちゃい版。脅威級「魂抱き」。ブヨブヨの体は攻撃が効きにくい。兵隊ならなんとか。たくさんの火で焼くか、もしくは。
「……踏み潰したか。多少の迂回は問題にしないが」
「ええ、陸尉。問題ありませんとも。ちょいと応用的な操縦をしたまでのこと」
「勇者薬は効いているな?」
「もちろんですとも。別に誰かの仇をとったわけじゃあないですよ、俺は」
そうそう、Uを相手に仇討ちなんて意味ないんだよね。Uは生き物じゃない。おどろおどろしい形をした現象なんだ。疫病や天災を相手に火魔法を放ったってしょうがない。
うん。冷静に考えられれば、わかることなんだけどね。
「あぶれた小物が妙に多い。察知されたか?」
「食欲かも。精霊多いし」
「ああ、なるほど。地の豊かさが災いを呼びましたかな?」
「幸が不幸の呼び水では業腹だ。黄色信号弾用意。撃て」
発射。黄色い煙と甲高い音。歩兵の皆さんへ届け、警告の魔力信号。
うわ、おうおおう。ドラゴブリンの崖登りい。この子なら世界樹を木登りできそうだよね。到、着。からの四つん這い射撃姿勢。ドーンの操縦はなめらかだ。
「うむ。やはりいい位置だ。主砲、物質弾、爆裂仕様、発射用意」
「ん。マテリアル弾、火霊付与、りょーかい」
魔導器越しにマテリアル弾へ干渉……精霊石から火霊力をミョンミョンと……これくらいかな。そして火砲へ装填っと。
「発射用意、完了ー」
「よし。正面方向、八百五十、崖の中腹部、出っ張りの陰を狙え」
「……照準よろし」
「撃て!」
ドカン。で、ボッカーン。さらに、ズンガラガッシャーン。わあすごい。土と岩の滝みたい。水じゃないから埋め潰す。Uって現象をグシャッと塗り潰す。
「次、二時方向、一千三百、敵先頭集団脇の断崖……撃て!」
もひとつドカン、ボッカーン……て、ああもう埃すごいことになっちゃったね。水飛沫とちがって、これわはあっ!?
「よくぞ飛び退いた! ドーン陸曹! 見事だ!」
「……ひ、ひたかんだ……」
「ま、来ますわな。こいつは人の気配に敏い!」
白い突風。違う。白い腕を振り回してきたんだ。淡く光りもするそれで、うあ、つかみかかってきた。飛び散る汗のような、吐き気をもよおすアストラル光。
悪夢級「白巨人」。
ドラゴブリンと同じくらい大きい、首無しの、冒涜的な脂肪の怪物……人の命をトロトロに溶かして、お腹にネバネバ塗りたくるから、臭くて臭くて生臭くて。
「距離をとれ! アストラル体を侵食されるぞ! エルエ陸士、火炎だ!」
「今、ちょと弱火っ」
「目晦ましでいい!」
押し鈴を押す。炎ボワア。うあ、湯気。え、あれ全部アストラル? たくさんの人の顔と悲鳴……この白巨人、集落をひとつふたつ、呑んできてる!
谷の時も? 谷の皆も、こんな風に、苦しかったの?
「間合いを維持しろ! 維持しつつ、崖からは離れるな!」
「無茶を、おっしゃる!」
「無茶でもやれ! エルエ陸士! 崖へ砲撃だ! あと二箇所は崩さないと……おいエルエ! 聞こえているのか!」
「聞こえ、てる」
狙うのは無理。狙えるわけない。火霊の付与も荒っぽい。でも発射。もう一発。そうしろってティルが言ってる。そうしないとダメ。きっと、皆死んじゃう。
「くっ、左腕に接触! 装甲版の変色を確認!」
「ミスリル銀に祈れ! 色で済むならもう数度は耐えられる!」
「おおミッスリル、まことの銀よ! お前は清く正しく美しい!」
銃声。散弾銃の。ティルすごい。この状況で外へ顔を出すなんて。でもそれあたしの仕事だ。あたしがやらなきゃ。対空射撃なら、備え付けのバンシー連射銃で。
「バカ! お前はあの白い奴を殺るんだよ! ドーン陸曹、機会を作れ! 脚部さえ無傷なら、あとは好きにしていい!」
「悪夢級はもう一体確認されておりますが?」
「だからまだ追薬をしない! 射撃手が不調でも何とかしてみせろ!」
「やれやれ、偉大なるかなミッスリル……!」
え、組みついた? 白巨人と?
嘘みたい……そんなことしたら、ほら、アストラル側から溶かされちゃって……ほらあ、腕装甲がどんどん白く濁って……侵される犯される冒される!
「真正面! 射角ゼロ! 主砲撃てえ!!」
爆発音。ドカンッて、火砲の頼もしい音。命を揺さぶる音。あたしの指が、引き金を引いてた。ちゃんとやれてた。
「よおし! 引き裂いてしまえ!」
「了の、解!」
ドラゴブリンの爪が光った。エーテルで強化したそれが、白巨人に開いた大穴へ突っ込まれた。穴を広げてく。力任せだ。魔動炉が吠えてる。怒ってるみたいに。
音と、煙と、光。どれもいっぱいで、混ざらない絵具で、気持ちが悪いけど。
あたしが生きてる。それって、負けてないってことだ。
「もう少し崖に寄れ……よおしよし、上手く動きを封じられたようだ」
「遅滞は叶いましたな。しかも高所からどうとでもできる形勢です。爆弾をでも、あるだけ投げ落としましょうか?」
「戦果など要らん。しかし更なる遅滞のために爆弾は要るかもしれん」
「ですか。なるほど」
「移動する。残るもう一体の悪夢級を索敵だ……エルエ陸士、やれるか?」
「……やる」
「意欲など聞いていない。勇者薬を追加だ。悪夢級さえ片付いたら、後は休んでいていい……もう少しだけ頑張ってくれ」
う……ふう。命冷え冷え。
ごめん、ティルもドーンも。今日のあたしはダメダメだね。言い訳だけど、この国の景色が変に懐かしすぎたんだ。護んなきゃいけない巫女ちゃんもさ、下の妹と同じくらいの子だったし。
さあ、精霊の声に耳を澄まそ。邪悪な現象の中でもとびきりのやつを見つけて、念入りの一発を命中させる。そこまではやる。
それが仕事。人類同盟軍から水穂国へ派遣されてる、あたしに命じられた仕事。
だから、ごめんついでに、終わったら返してくれないかなあ……焼き豚パン。