八章 ロイはひとり頭を抱える
どこで間違えてしまったのか。
メグの寝顔を見つめると、後悔の念で胸がいっぱいになる。
好きだと、言われた。
妻である彼女に。
他に好きな人がいる、と言った。
結婚式の日に。
私が好きなのはメグだ。
なんて、今更言えるわけがない。
彼女が私の婚約者になったのは、治癒魔法を使えるからだ。
メグはどんな傷でも治してしまう。
それを私達は国の宝として扱いながらも、何処かで風魔法の様に、他の魔法の様に、使う側には何も負担が無いと軽率に考えていた。
しかし実際は違う。
メグが治癒魔法を使うと、メグの体が壊れて行く。
メグの臓器が本来の力を発揮出来なくなる。
それを解明したのは城に仕える研究者だ。
それを隠蔽したのは私達王族だ。
私達はメグを利用し、例え彼女が潰れても構わないと、そう結論付けた。
聖女と呼ばれる彼女の力は、時に王家をも脅かす。
両親はそれを良しとしなかった。
メグと共に国を守る選択をしなかった。
メグは今、大金を積める人々の怪我を癒している。
その金がメグに届くことは無い。
私は、彼女を自由にしたい。
結婚式の日。
純白のウエディングドレスを身にまとう彼女が、美し過ぎて直視出来なかった。
黒い髪はドレスに映え、赤い瞳は私の心を揺らしてくる。
彼女が城にいる限り、彼女の心が満たされる事はない。
彼女が私達を見放せば良いと思った。
城など出てやると言い出したら、離婚しましょうと言われたら。
喜んで手を貸すつもりだった。
しかし彼女は、ロイ様が幸せならそれで良いと言い、いつも笑顔で仕事をこなしていた。
それでもいつかは私に愛想を尽かすだろう。
メグは私を好きだと言った。
幸せだと思った。
好きな人から、好きだと言ってもらえる事は、なんと幸せなのだろう。
でもだからこそ、メグには長生きしてほしい。
自由になってほしい。
サヴォンリー男爵の娘、リノンの事を思い出す。
リノンは男勝りの性格で、私の良き友人だ。
メグの事を、唯一相談している相手でもある。
リノンはクッキーを作りながら言った。
「メグ様は、自由になる事を本当に望んでいるのかしら?」
答えられなかった。
メグの気持ちは分からない。
それは私が彼女と話す機会を設けなかったからだ。
でもメグの力は、メグという人間は、この城に閉じ込めるにはあまりにも価値があり過ぎる。
だから私は。
静かに眠るメグの頰に、そっと口付けする。
私はメグを、自由にしたい。