七章
「うちのお姫様は、どうやらこの城を燃やしたいらしい」
部屋の扉が開かれ、ロイ様が入ってきた。
私は俯いてしまう。
本当に、何をやっているんだ。
「帰って来たらメイドが血相を抱えてメグが鍋を爆発させたと言う。怪我はないかい?」
「私は大丈夫です。お部屋を汚してしまってすみませんでした」
薬草が飛び散った部屋は今、ハンナ達が綺麗にしてくれている。
何をしているんだろう。私は、ここで。
ロイ様と私の寝室。
大きなベッドの上に、私は腰掛けている。
普段使われないこの部屋で、本来であれば初夜を迎えるはずだった。
けれど、私とロイ様はその一線を超えていない。
私の役割は、王家の跡取りを産む事なのに。
ロイ様は、それを自分のせいだと思っている。
他に好きな人がいる、自分のせいで、私が拒んでいると。
でもそうでは無い。
私は元々、ロイ様の子供など産めないのだ。
私の身体は、見た目も中身も、欠陥ばかりだから。
「しかしこの部屋もたまには使わなければならないだろう。丁度良かったのかもしれないね」
ロイ様が私の隣に座りながら言う。
核心に迫られているようで、私は身をすくめた。
「それよりロイ様。お出掛けはどうでしたか?」
分かりやすく話を変える。
これ以上、惨めな気持ちになりたく無い。
「ああ、久し振りにゆっくり話せて、楽しい時間を過ごせたよ」
「今日はどなたに会われたのですか?」
「知人のお家にお邪魔したんだ。サヴォンリー男爵をご存知かな?」
「……ええ、お名前だけは」
「彼の家で、大分話し込んでしまった」
話を変える事に成功しつつ、自分で自分を落としてしまった。
そこには、あなたの想い人もいたのでしょうね。
なんて、口が裂けても言えないのに。
こんなにも胸は痛くなる。
分かっていた返答でしょう、メグ。
表情に出してはダメ。
「そうだ、これ。サヴォンリー男爵の娘さんが、是非君にと。そしてこれが私からの土産」
ああ、ああもう。どうして。
私は必死に笑顔を貼り付け、差し出された包みを受け取る。
「まあ何でしょう。ありがとうございます」
男爵の娘から!私宛に!
包みを開くとそこにはクッキーが数枚並んでいた。
「手作りかしら?」
「彼女が自ら作ったらしい。私も食べたが、とても美味しかったよ」
「凄いですね。明日、紅茶と頂きます」
今すぐにでも、捨ててしまいたい。
どうしてこんな物を。
ロイ様は何も分からないのかしら。
これは宣戦布告なの?
「娘さん、お名前はなんとおっしゃるのですか?」
「リノン、だよ」
「……なんだか、甘美な響きですね」
遠回しな嫌味。
語感ではなく、あなたの言い方が甘いわ、という意味。
しかしロイ様は微笑むだけ。
完全なる負け戦。
暖簾に腕押し。
私は溜息を堪え、もうひとつの包みを開ける。
「まあ……」
綺麗な青い雫型の宝石が、キラキラと輝いていた。
小振りな宝石がひとつ付いただけの、シンプルなネックレス。
とても綺麗で、私は惹き込まれてしまいそうになる。
「これは……」
「私の瞳の色を、君の身につけて貰いたかったんだ。君が私のものであるという、証拠にもなるだろう」
彼の言葉が耳に入る。
しかし私は、心が冷たく凍り付いてくるのを感じ、それどころではなかった。
何故。何故。
「付けて見せておくれ」
そう言いながらロイ様は私の首にネックレスを付けて下さる。
それはまるで。まるで、首枷の様で。
「綺麗だ。よく似合っているよ」
宝石と同じロイ様の目が、私を見つめる。
そしてその美しい顔が近付いてきて、何か生温かいものが、そう、まるで唇の様なものが、私のそれに触れる。
ああどうして。
私は本当は、もっと嘘が上手なのに。
「ロイ様……私は……あなたが好きなんです……」
心が震えて、声が震えて。
「私の名前を呼ばないで。好きでも無いのに優しくしないで」
傷だらけの体は、好意を持たれていない人を、受け入れる余裕がないの。




