五章
「行ってらっしゃい、ロイ様」
「行ってきます、メグ」
ロイ様の久し振りの休日。
知人に会いに行くと言うロイ様を城の扉まで見送り、さて毒薬を作ろうと一人気合を込める。
毒薬作り。
城の中にある図書室で薬草の本を借り、事前に調べておいたのだ。
裏庭で目当ての薬草を抜いてきて、煮たり焼いたり炙ったり、薬品と混ぜる事で出来上がる毒薬。
薬品、に関しては、マリアに用意してもらった。
……どんな怪我も治す薬を作りたいと言って。
ごめんなさい嘘吐きました。
我ながらタチの悪い嘘を吐いてしまった。
でも仕方が無い。
ただ、そんな薬があれば良いとは思う。
皆が私を頼らずに済むから。
いつもよりラフなAラインの黄緑色のドレス。
まとめられた髪。
麦わら帽子を被り、手袋をはめたら、籠を持って裏庭へ向かう。
護衛がひとり付くけれど、そればかりは仕方が無い。
坊主で釣り目の騎士だ。
ユーリという名前だった気がする。
ロイ様と一緒にいる事が多いのに、どうして今日はここに来ているのだろう。
強そうな雰囲気が漂っている。
これは何があっても守られそう。
何も無いだろうけれど。
城の裏庭は高い塀に囲まれており、表に比べればやや伸び過ぎた草木が生えているものの、様々な種類の植物が伸び伸びと成長を遂げている。
予め目を付けていた植物を引っこ抜き、籠へ入れて行く。
時々ちらりと後ろを見れば、金色の釣り目に謎の殺気を込めたユーリが直立不動の姿勢を保っている。
不思議な光景だ。
麦わら帽子を被っているものの、直射日光に当たるとまだ暑い。
首筋に汗が垂れ、更に沢山の植物に囲まれているからか、鼻がむずむずする。
早く室内に戻りたい。
大急ぎで籠を満杯にする。
それにしても、こんな美しい紅い花が毒になるなんて。
城の庭だから、直接毒となる植物は生えていない。
しかしそれに一手間加えれば、ちゃんと毒になるのだ。
この黄色い葉だって、本来なら薬として使われるはずなのに。
たまに顔を出す虫に怯えながらも、目当ての植物を回収し終える。
最後に甘い蜜を含む蕾を二つ手にして、ユーリの元へ向かった。
「お待たせしました。これで薬が作れます。ありがとう」
嘘を吐くのも慣れてきた。
にこりと笑い、ユーリに礼を言う。
「コキの蕾です。甘い蜜が入っているの。お一ついかがですか?」
蕾を一つ差し出すと、戸惑った様にユーリが受け取る。
「これを吸うのですか……?」
「ええ」
私が手本を見せようと蕾を口に近付けると、ユーリがその手を止めてくる。
「すみませんメグ様。私に先に飲ませて下さい。何かあったらロイ様が悲しみます」
そうかしら。
「あら……」
ユーリは全く美味しくなさそうに蕾を吸う。
こんなものを勧めるのは良くなかったのかもしれない。
「甘い……ですね。確かに」
「口に合わなかったみたいね」
「いえ、そんな事は……」
うふふ……と笑顔を見せてから、私も蕾に口を付ける。
ちゅっ、と吸えば、とろりとした蜜がほんの少し、口に入ってくる。
「この自然的な甘さが好きなんです」
「はぁ」
ユーリ、呆れてる?
口数の少ない彼は、案外表情に色々出る。
「この蕾はもう花咲く事が無いわけだから、少し悪い気もするけれどね」
ユーリの手から蕾を受け取り、地面に落とす。
この蕾は、地面に横たわりながら、仲間が美しく花開く姿を見るのだろう。
それがどんな気持ちなのか。
私は少し分かる、気がする。
「あらあなた、怪我してるの?」
垂れてきてしまった一房の髪を耳にかけ、籠の中身に視線をやりながら言葉を発する。
「何故、そう思われたのでしょう」
顔を上げると、驚いた様に私を見つめるユーリがいた。
純粋な反応。
「人に触れると、分かるの。その人が何処を怪我しているか」
彼の左腹部。
大きな傷では無い。
けれど、治り切らないとロイ様の護衛は出来ないだろう。
彼の本領が発揮出来ないだろうから。
通りで今日私の傍にいる訳だ。
「言ってくれたら、治すのに」
毎日、多くの人が城の門の前に並ぶ。
幾らかのお金を積み、私に怪我を治して貰いたい人々だ。
本当ならお金など要らない。
しかし、取らなければならない。
それは大人が決めた事だ。
私より、もっと大人が、決めた事。
「城の人の怪我を治すのにはお金もかからないのに」
ふふっ、と思わず声を漏らすと、ユーリは顔を横に振る。
「この怪我は、自分の不注意で負ったものです。メグ様のお手を煩わせる程の事ではありません」
「そうでもなさそうですよ。ほら、まだ痛むのでしょう?」
服の上から彼の怪我に手を当てる。
じんわりと掌が温かくなり、それは次第に冷めて行く。
「これからもロイ様のお傍で。よろしくお願いしますね」
そっと呟き、手を離す。
ユーリは自分の左腹部を撫で、目を丸くした。
「メグ様……あなたは……ありがとうございます」
知っているでしょう。
私はこの力があるから、ロイ様と結婚出来たのよ。
これしか取り柄が無いの。
籠を持つ手が少し震えた。