表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/17

五章

「行ってらっしゃい、ロイ様」


「行ってきます、メグ」


ロイ様の久し振りの休日。

知人に会いに行くと言うロイ様を城の扉まで見送り、さて毒薬を作ろうと一人気合を込める。


毒薬作り。

城の中にある図書室で薬草の本を借り、事前に調べておいたのだ。

裏庭で目当ての薬草を抜いてきて、煮たり焼いたり炙ったり、薬品と混ぜる事で出来上がる毒薬。

薬品、に関しては、マリアに用意してもらった。


……どんな怪我も治す薬を作りたいと言って。


ごめんなさい嘘吐きました。


我ながらタチの悪い嘘を吐いてしまった。

でも仕方が無い。

ただ、そんな薬があれば良いとは思う。

皆が私を頼らずに済むから。


いつもよりラフなAラインの黄緑色のドレス。

まとめられた髪。

麦わら帽子を被り、手袋をはめたら、籠を持って裏庭へ向かう。

護衛がひとり付くけれど、そればかりは仕方が無い。

坊主で釣り目の騎士だ。

ユーリという名前だった気がする。

ロイ様と一緒にいる事が多いのに、どうして今日はここに来ているのだろう。

強そうな雰囲気が漂っている。

これは何があっても守られそう。

何も無いだろうけれど。


城の裏庭は高い塀に囲まれており、表に比べればやや伸び過ぎた草木が生えているものの、様々な種類の植物が伸び伸びと成長を遂げている。

予め目を付けていた植物を引っこ抜き、籠へ入れて行く。

時々ちらりと後ろを見れば、金色の釣り目に謎の殺気を込めたユーリが直立不動の姿勢を保っている。

不思議な光景だ。


麦わら帽子を被っているものの、直射日光に当たるとまだ暑い。

首筋に汗が垂れ、更に沢山の植物に囲まれているからか、鼻がむずむずする。

早く室内に戻りたい。

大急ぎで籠を満杯にする。

それにしても、こんな美しい紅い花が毒になるなんて。

城の庭だから、直接毒となる植物は生えていない。

しかしそれに一手間加えれば、ちゃんと毒になるのだ。

この黄色い葉だって、本来なら薬として使われるはずなのに。


たまに顔を出す虫に怯えながらも、目当ての植物を回収し終える。

最後に甘い蜜を含む蕾を二つ手にして、ユーリの元へ向かった。


「お待たせしました。これで薬が作れます。ありがとう」


嘘を吐くのも慣れてきた。

にこりと笑い、ユーリに礼を言う。


「コキの蕾です。甘い蜜が入っているの。お一ついかがですか?」


蕾を一つ差し出すと、戸惑った様にユーリが受け取る。


「これを吸うのですか……?」


「ええ」


私が手本を見せようと蕾を口に近付けると、ユーリがその手を止めてくる。


「すみませんメグ様。私に先に飲ませて下さい。何かあったらロイ様が悲しみます」


そうかしら。


「あら……」


ユーリは全く美味しくなさそうに蕾を吸う。

こんなものを勧めるのは良くなかったのかもしれない。


「甘い……ですね。確かに」


「口に合わなかったみたいね」


「いえ、そんな事は……」


うふふ……と笑顔を見せてから、私も蕾に口を付ける。

ちゅっ、と吸えば、とろりとした蜜がほんの少し、口に入ってくる。


「この自然的な甘さが好きなんです」


「はぁ」


ユーリ、呆れてる?

口数の少ない彼は、案外表情に色々出る。


「この蕾はもう花咲く事が無いわけだから、少し悪い気もするけれどね」


ユーリの手から蕾を受け取り、地面に落とす。

この蕾は、地面に横たわりながら、仲間が美しく花開く姿を見るのだろう。

それがどんな気持ちなのか。

私は少し分かる、気がする。


「あらあなた、怪我してるの?」


垂れてきてしまった一房の髪を耳にかけ、籠の中身に視線をやりながら言葉を発する。


「何故、そう思われたのでしょう」


顔を上げると、驚いた様に私を見つめるユーリがいた。

純粋な反応。


「人に触れると、分かるの。その人が何処を怪我しているか」


彼の左腹部。

大きな傷では無い。

けれど、治り切らないとロイ様の護衛は出来ないだろう。

彼の本領が発揮出来ないだろうから。

通りで今日私の傍にいる訳だ。


「言ってくれたら、治すのに」


毎日、多くの人が城の門の前に並ぶ。

幾らかのお金を積み、私に怪我を治して貰いたい人々だ。

本当ならお金など要らない。

しかし、取らなければならない。

それは大人が決めた事だ。

私より、もっと大人が、決めた事。


「城の人の怪我を治すのにはお金もかからないのに」


ふふっ、と思わず声を漏らすと、ユーリは顔を横に振る。


「この怪我は、自分の不注意で負ったものです。メグ様のお手を煩わせる程の事ではありません」


「そうでもなさそうですよ。ほら、まだ痛むのでしょう?」


服の上から彼の怪我に手を当てる。

じんわりと掌が温かくなり、それは次第に冷めて行く。


「これからもロイ様のお傍で。よろしくお願いしますね」


そっと呟き、手を離す。

ユーリは自分の左腹部を撫で、目を丸くした。


「メグ様……あなたは……ありがとうございます」


知っているでしょう。

私はこの力があるから、ロイ様と結婚出来たのよ。

これしか取り柄が無いの。

籠を持つ手が少し震えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ