二章
「メグ様、夕食の支度が整いました。ロイ様もお待ちです」
結婚してから、早くも二週間が経った。
城には慣れ、メイド達との関係も大方良好だ。
黒いメイド服に身を包んだハンナが、部屋の扉を開けてくれる。
こんなに尽くしてもらって。
慣れてしまって良いのだろうか。
薄緑のドレスの裾を軽く持ち上げ、階段を降りて行く。
豪華絢爛。
城の中は洗練された雰囲気を纏いながらも、やはりお金を掛けられているのだな、と感じる。
無駄なお金。
そんな思考を振り払い、そっと右手首を撫でる。
長袖のドレスは、私の見せたく無い部分を全て隠してくれる。
それでも私は、それらが晒されている気がしてならない。
身体中に刻まれた、沢山の愛の印。
これらが消えて無くなるまで、ロイ様と共に眠れる日は来ないだろう。
果たしていつになるのか。
ああでもそれも、不要な不安だ。
彼を幸せにする為に、一刻も早く死ななければならないのだから。
「メグ、今日の食事も美味しそうだよ」
結婚前には見た事も無い程、多くの品数が並んだテーブル。
ロイ様と向き合って座りながらも、その距離に圧倒されてしまう。
スープの豆をスプーンですくい、口に運びながらロイ様をちらちらと見つめる。
やはり、ロイ様は美しい。
柔らかそうな銀色の髪は邪魔にならない様一本に括られ、切れ長の青い瞳はまるでサファイアの様だ。
肌は白く、一見女性的な魅力もあるのだが、日々鍛錬に励む彼の身体つきはそこらの騎士にも並ぶだろう。
貧弱な自分の体に視線を落とすと、どうしようもなく悲しくなってくる。
「ここでの生活はもう慣れたかな?」
ロイ様はいつもこの質問をする。
慣れようと慣れまいと、職務は全うするのに。
「はいロイ様。ハンナや他の者達のおかげで、実りの多い日々を過ごせています」
「そうか。母上も、君の仕事ぶりに感心していたよ。父上も褒めていた」
「そんな、とんでもないです……嬉しいですが、私なんてまだまだ未熟者ですもの。もっと頑張ります」
ロイ様自身に褒められなければ意味が無いのに。
けれど現国王陛下と王妃様、お二人に気に入って頂けるのは幸いだ。
使い物にならないだなんて烙印、ここでは押されたくないから。
次期王妃としての勉強、第一王子の妃としての仕事、聖女としての怪我の治癒。
やる事は沢山ある。
私はただそれをこなしているだけだ。
「そうだメグ。今度の休日に、人と会う予定が入ってしまったんだ。本来なら君と街に出ようかと思っていたのだが……お詫びと言っては何だが、君に欲しい物があるなら、それを土産にしよう。何が良いかい?」
ああきっと、彼女に会うのだ。
彼の想い人に、彼に見合う美しい女性に。
口に含んでいた豆が急に固く感じられ、喉を通るのに時間を要する。
「いえ、欲しい物はありません。どうぞ私の事はお気になさらず、お出掛けしてきて下さい」
ほんの少しも気にしてないのよ、なんて笑顔を彼に見せ、心に溢れる苦い水が溢れない様気を付ける。
何故私ではないのだろう。
何故私は彼と結婚したのだろう。
そんな事を考えてはいけない。
これは国の為の結婚だ。
結ばれたことに後悔してはいけない。
「今日は何か、新しい発見があったかい?」
さっきまでの話をすぐに忘れ、ロイ様は屈託無く笑う。
そんな彼でさえも愛おしく感じてしまうのだから、私は早く、消えてしまいたい。