十五章
どうにかして、現国王を殺さなければならない。
触れるだけで人を殺せる、なんて理想的な力なのだろう。
こうなった私は聖女ではなく、死神だな。
子供が産まれるまでは安静に。
口を揃えてメイドに言われ、私は自分の部屋から出る事すらままならない。
大切な跡取りだ。
この世に産み落とさなければならない。
ギリギリと歯ぎしりをし、それを堪える為に深呼吸をする。
品位を落とすな。
家族の教えだ。
存在が卑しい私は、礼儀作法をマスターして尚貴族とは思えぬ空気を纏っているらしい。
どんな空気に包まれようと、私が次の女王である事に変わりはない。
ゆったりとしたサイズの若草色のドレスを羽織り、椅子に座って膨らんだ腹を撫でる。
怒りの感情は私に制御される事を良しとしない。
どこにも当たれないもどかしさに苛まれていた。
家族は私を疎み、姉の旦那殺しの犯人扱い。
王家の為に力を駆使しても、私を駒としか思わない国王。
そしてずっと好きだったロイ様。
彼は私に好意を抱いていないどころか、私を守ろうともしてくれなかった。
悔しい。本当に悔しい。
自分の白い手を見つめる。
この手で沢山の国民の病や傷を癒してきた。
でも次いつ誰の命を奪うか分からない。
魔法を使おうとしなければ良いのか、それとも……。
「メグ様、調子はいかがですか」
部屋の扉がノックされ、入ってきたのはユーリだった。
相変わらずきつそうな目をしている。
もう怪我は治っているはずだがロイ様ではなく私に時間を割けるのは、きっとロイ様なりの気遣いだろう。
自分が信用している兵を私に付ける。
自分は何もしないから。
「だいぶ慣れたわ。早くこの子に会いたい」
お腹を撫でながら言葉を吐く。
ユーリはじっと私を見つめていた。
「ロイ様と何かありましたか」
淡々と告げるその言葉に、どんな意味が含まれているのかなんて分からない。
ただ私は、この心のモヤモヤを吐き出したかった。
「ただの痴話喧嘩よ。早く自由になりたいわね」
ユーリに視線を当てながらも、私の目は彼の姿を的確には捉えない。
ロイ様と話してからずっと、私の中身は空っぽだ。
敵意を力に変えながらも、私は考えることを放棄してしまう。
自由になりたい。
自由にしてよ。
私は愛されていれば、この身などどうなっても良かったのに。
「メグ様は、随分変わりましたね」
「……そう?」
「初めて見た時のメグ様は、儚く脆く、いつか割れてしまうのではないかと思っていました。けれど今のあなたは、まるで戦場にいる兵士のようです」
「城では、戦わないといけないのよ」
「……私はメグ様に怪我を治して頂いた恩があります」
「恩なんて。力を使っただけよ」
「命を消費する力を、私如きに」
「ユーリはこの国の為に尽くしてくれるから」
「私は、あなたに尽くしたいのです」
ひゅうっ、という音。
私が息を吸う音だった。
静かな部屋に響いてしまい、私はそっと自分の肩を抱く。
「ユーリ、それは駄目」
「……分かっています」
分かっているはずがない。
けれど私は何を伝えれば良いのか分からなかった。
ユーリは一礼すると部屋を出て行く。
その背中はどこか寂しげで、不安定だ。
私はそれを止めることも出来ない。
ユーリが例え王家に剣を向こうとも、私に何の関係がある?
あの憎悪に溢れた目を、私は決して忘れない。
今はそれで十分だと、そう許して欲しい。




