十四章
ヨハンが死んだ。
髪を振り乱し、今にも私に掴みかかってきそうな姉が、ユーリに拘束されながらも教えてくれた。
「あなたに治してもらいに来てすぐ!ヨハンが死んだ!何をやったの?!この人殺しがっ!本当に使えない!」
人殺し?私が?
心臓がドクドクと音を立てる。
マリアが私の背を支えてくれている。
人の目も気にせず叫ぶ姉を、冷たい目で見ている城の人々。
「私は……私はただ……」
肩が震える。
ヨハンが死んだ。
先月城に来た、ヨハンが。
やっぱり。
そう思うしかなかった。
あの日、私は治癒魔法を使わなかった。
それどころか、むしろヨハンのエネルギーの様なものを奪ってしまった。
知らなかったのだ。
私にこんな事が出来るなんて。
戸惑う。
けれどそれ以上に、姉の悲しそうな、悔しそうな顔を見て興奮している自分に気付いた。
散々痛めつけられてきた。
愛されているのだと捉えて、殺されかけてきた。
これくらいの苦しみ、味わってもらわないと。
「私はあの日、確かにヨハンを治しました。ただ、私の力は今安定していませんから、病気が転移していたところまでは治癒出来なかったのかもしれません」
弱々しく言えば、城の者は私の味方となる。
私のお腹には確かに子供がいるから。
王位継承権を持つロイ様と私の子供が。
「メグ様が治癒魔法を使わない期間を設けていた中、無理に言ったのはそちらでしょう」
「ヨハンは元々病気がちだった。仕方がないのではないか」
「メグ様は子を授かったのです。そんな負の感情を与えないで下さい」
茶番を見ている様だった。
悶える姉、それを止めるユーリ、私を励ますマリア、冷たい目をするメイドや宰相。
ああもう、意識を手放してしまおう。
重い瞼を上げると、心配そうに私の顔を覗き込むロイ様と目が合った。
慌てた様に体を離し、こほんとわざとらしい咳をするロイ様。
「体調はどうだ、メグ」
「ご心配をお掛けしてすみません。もう大丈夫です」
私は彼に何度謝らなければならないのだろう。
そっとお腹をさする。
ロイ様は膨らんできた私のそれに視線をやると、ほっとした様に息を吐く。
「治癒魔法は、もう、使わなくて良い」
……え……。
まさかこんな言葉が飛び出てくるとは思ってもいなかった私は、まじまじとロイ様を見つめてしまう。
急にこの人は、何を言うのだ。
「治癒魔法を使えば、メグの体に負担がかかる。そして、それを重ねるうちに、人の健康を奪ってしまう様になる。どれも、研究員が解明した事だ」
「分かっていて……そこまで……なのに教えて下さらなかったと」
「すまない。父上に逆らえなかった」
頭を下げるロイ様。
すとん、と心の中の何かが落ちる。
冷えていく自分の体を抱き締める。
結局私は、誰にも受け入れてもらえていなかったのだ。
「ロイ様の心が私になくても、私を守って下さるのだと信じていました」
震える声でそう伝えれば、ロイ様は苦しそうに首を横に振る。
「君を愛している。だから、君はもう、城にいる必要はないんだ」
なんて勝手な人だろう。
こんな事を言われたら、責めたりなんて出来ないじゃないか。
「信じられない」
メラメラと、何かが心で燃えている気がした。
「私は絶対、この国を、私のものにしてやる」
ロイ様を睨み付け、私はお腹の子に想いを馳せる。
王家も家族も、全て私が終わらせる。
片想いの恋も、もうお終いだ。




