十三章
私がもし姉だったら。
きっとロイ様は私を好きになっただろう。
姉の髪は豊かな金髪で、目の色は少しロイ様と似ている。
美しい体のラインを華やかなドレスで包み込み、にっこり笑うと出来るえくぼで人々を魅了する。
もし私がリノンだったら。
ロイ様が自分を好いて下さる事に幸福を感じ、毎日笑顔で過ごせるだろう。
例えその人が結婚しても、心は自分にあると強く生きられる。
なんて事を考えて、それは叶わない事だと再確認する。
私はメグであり、他の誰でもない。
治癒魔法が使えるだけが取り柄の、聖女なのだ。
身ごもった。
それは私が一番よく分かる。
まだ誰にも言っていないし、皆が気付くまでに時間もかかるだろうけれど、確かに身ごもった。
私のお腹の中に、ロイ様との子供がいる。
それは一種の誇りを持たせてくれた。
私は、最愛の人との子供を孕んだのだ。
あの日、ロイ様に懇願した日。
彼は罪悪感を抱いている様だった。
自分を好きだと言いながら、愛されていない事を知っている女を前に。
けれどそれは大した問題ではなかった。
こうして目的は達成出来たのだから。
この子に、外の空気を吸わせてやりたい。
今一番の願いだ。
私はあまりにも力を使い過ぎて、近いうちに立ち上がれなくなるだろう。
ロイ様の為に、自分の体の傷を全て癒した。
鎖骨から膝の上まで。
翌日私の服を着替えさせてくれたマリアは驚いていたが、何も言わず部屋を出て行った。
よく出来たメイドだ。本当に。
ロイ様と同じベッドで寝てから一ヶ月が経とうとしているが、彼との関係にはあまり変化がない様に思える。
相変わらず仕事に追われているロイ様と言葉を交わす機会はそもそも少なく、それと反対に私は仕事を減らしてもらった。
ユーリが掛け合ってくれたのもあるだろう。
体調が優れない為に治癒魔法の使用も最小限にする事にした。
国民も大切だが、今はやがて産まれる我が子を一番に大切にしたい。
今日も私は、だるさを堪えながらも自室で本を読み、静かな時間を満喫していた。
その為か、ハンナに姉達が来た事を伝えられても、落ち着きを保ったまま笑顔を貼り付ける事が出来た。
客室に足を運び入れると、姉とその夫が椅子に座っていた。
私の姿を見ると立ち上がり、礼をしてくる。
ロイ様と結婚して以来、姉の顔を見ていなかった。
「今日はよく来て下さいました。どうかなさいましたか?」
要件だけを聞き、事を早く終わらせたかった。
姉の顔を見ていると、体がなんだか痛くなる。
「久し振りね、メグ。綺麗になって」
私の姉は何を言うのだろう。
例え心がこもっていなくとも、姉から褒め言葉をもらうのは初めてだった。
「ありがとうございます」
そう返しながらも、身構えてしまう。
きっと、私に何かしら頼み事をしに来たのだろう。
こんな下手に出て、これで私が叶えられないとなったら城のひとつくらい破壊して帰るのではないだろうか。
姉は何しろ短気だから。
「あのね、ヨハンが病気になってしまって、お医者様では治せないと言われたの。あなた、傷だけでは無くて病気も治せる様になったのでしょう?」
ヨハンとは姉の夫の名前だ。
姉の横に並んでも引けを取らない、華やかで美しい顔立ちをしている。
「病気……ですか。少し、触りますね」
面倒だ、本当に。
そんな感情が心をひたひたにし、それに驚いてしまう。
私は、姉に対してこんな失礼な事を考えられるのか。
「膵臓が悪いと言われたんだ」
ヨハンが不安そうに言う。
この人はなんというか、頼もしさに欠ける。
線が細いからだろうか。
私はそっと彼の腕に手を触れ、目を閉じる。
ああ確かに、膵臓の辺りだけ機能が低下している。
「本当ですね」
そう私が言えば、姉とヨハンが顔を見合わせる。
「治しては頂けないだろうか」
ヨハンが頭を下げて来た。
私はそっとお腹をさする。
力を使えと?あなた達の為に?
「今私は治癒魔法を使えないのです。それに、国民同様、かなりの額のお金を頂かなければなりません」
やむを得ないのだと表情で伝えながら断る。
しかし姉はそんな事では引き下がらない。
「私達も同じ国民で、かつあなたの実の家族よ。治癒魔法を使えないのでなく使っていないだけでしょう。これは仕事じゃないわ、身内への親切よ。治しなさい」
不敬ではないだろうか。
しかし私は諦める。
この人に私の言葉は届かない。
分かりきっていた事だ。
「分かりました。今回だけですよ」
拍子抜けした様に目を丸くする姉を無視し、ヨハンの腹部に右手を当てる。
取り敢えず当てといて、力を使った様に見せれば良い。
彼等の為に我が身を、子を犠牲にするつもりはないから。
目を閉じ、五秒間だけ数えようとする。
しかしその前に手の周りがじんわりと熱くなった。
……何これ
私は思わず右手を引く。
「どうしたんだい?」
益々不安そうな表情になるヨハン。
私は笑顔で首を横に振り、
「久し振りに魔法を使ったので思わず。これで大丈夫だと思います」
と伝える。
「私はまだ仕事が残っていますので、気を付けてお帰り下さいね」
姉夫婦は少し不思議そうにしていたが、それでも目的は果たしたからか私に礼を言うこともなくうっとりと見つめ合っていた。
本当に、呆れてしまう。
私は会釈だけをして客室を後にした。
初めての経験だった。
いつもなら、自分の手から相手の怪我へ徐々に温かくなって行くのに、今日はヨハンからそれが伝わってきた。
いつもなら、自分の中にある何かを相手に与える感覚なのに、今日はまるで……。
心なしか、いや、きっと本当に、体のだるさが和らいでいた。




