十章 ユーリはひとり想いを隠す
少し休みたい。
そうメグ様が口にした時は、動揺してしまった。
彼女が仕事中に休みを望む事など、今までなかったから。
心なしか顔色も悪かった。
今日はもうやめた方がいい。
咄嗟に判断し、並んでいた人々には帰ってもらった。
聖女様がお疲れとあれば、皆文句も言わず立ち去る。
メグ様は疲れた様に息を吐き、大きなソファに腰掛けた。
気付くのが遅れた。
ロイ様に何と謝罪すれば良いのか。
「紅茶をお持ちしましょうか」
「お願いします」
ここまで素直なメグ様も珍しい。
尚の事心配になる。
カップに紅茶を注ぎ、辛そうに顔を歪めているメグ様に渡した。
「飲めますか……?」
「口移しでもして下さるの?」
口角だけを上げた偽物の笑顔。
これ以上私がメグ様に負担をかけてどうする。
「それはロイ様にお願いして下さい」
「ふふ、そうするわ」
カップを持つ手も弱々しい。
熱でもあるのだろうか。
「医者を呼びましょう。少し待っていて下さい」
そう言って走り出そうとするのを、メグ様が手で制する。
「貴族の中に、召使いのおばあさんがいたんです。彼女は軽い火傷をした公爵家の娘の付き添いだったのだけれど、大分腎臓が弱っていたから、こっそり力を使ったの」
ソファに横になり、長い息を吐くメグ様。
「だからだわ。最近力を使い過ぎて、少し体がおかしくなってる」
最後のは独り言の様だった。
力を使うと、メグ様にも影響が出るのだろうか。
そんな事、今まで誰も言っていなかったが……。
「気にしないで下さい。少し休めば回復します。ユーリも少し座って下さい」
「私は……」
ソファに横になるメグ様の姿は、一枚の絵画の様だった。
青白い肌に赤い目が光り、編まれた黒髪は少し乱れ、色気と妖しさに溢れている。
こんな姿を私が見て良いのか。
しかし目を離せない。
「メグ様の力は、身を滅ぼすものなのですか」
ああ、まただ。
メグ様といると、頭と口が直結してしまう。
考えている事を口に出してしまう。
「そんな事ないですよ。ただ、魔法を使うのは、体力がいるでしょう。それだけです」
城に来るまでは、毎日こんなにも沢山の人に力を使う事はなかったのだろう。
疲れも溜まるはずだ。
けれど、本当にそれだけなのだろうか。
「大丈夫ですから。お願いユーリ、ロイ様には言わないで。余計な気をさせたくないの」
申し訳無さそうに眉を寄せるメグ様。
私は頷く。
「分かりました。とにかく今は休んで下さい。落ち着いたら帰りましょう。城の方が疲れは取れるはずだ」
「そうね……」
メグ様に、主人の妃に、惹かれている自分が恐ろしかった。




