一章
「好きな人がいるんだ」
人々の歓声が聞こえる中。
ウエディングドレスに身を包んだ私は、彼の言葉に動揺しつつも、必死に表情を取り繕う。
世界で一番幸せな女の様に、頬を赤く染め、にこにこと笑って見せる。
「大丈夫ですよ。知っていました」
胸に針が刺さった様だった。
それは例え引き抜いても、先端に毒が含まれていて、私の心を荒ませて行く。
実際に針が体に刺さった事はないけれど、きっと、これくらいの、或いはこれ以下の痛みを伴うだろう。
「この結婚が、君の心を満たす事は無いだろう。……予め言う事が出来ず、申し訳なかった」
どうして今言うのだろう。
結婚式が終わって、愛を誓い合って。
国民に私達の姿をお披露目している今。
不特定多数の、期待に満ち溢れた視線を感じながら、私の背筋を寒気が撫でる。
この騒ぎの中では、人に聞かれないと思ったのだろうか。
バルコニーから手を振るだけだから、油断したのだろうか。
これが人に聞かれる事が、どれだけの危険に繋がるか。
彼は分かっているのだろうか。
それでも笑顔は崩さない。
全ては国民の為。
私は幸せ。
そして貴方達も幸せにするよ。
次期王妃として。
そんな自信に溢れた笑顔。
ああどうして、こんなにも嘘が得意になってしまったのだろう。
「ロイ様が、ロイ様が幸せなら、私はそれで良いのです」
ロイ様と視線を合わせず、人々に手を振りながら小声で返す。
「私は、ロイ様の邪魔をしません。貴方が幸せになる為の妨げにはなりません」
ずっと好きだった人だから。
初めて出会った時から。
それこそ六歳の時から。
恋い焦がれていた相手だから。
彼が他の女性に惹かれている事は知っていた。
でも、彼の口から聞くのは初めてだった。
思っていたより、直接言葉が耳から入ると、心を抉るものがある。
ああでもやはり、ロイ様が幸せなら良い。
私は、私は。
早く、この世からいなくならないと。