好みは人それぞれ
[麗]
「麗ちゃん、明日の夜はの雅美のところに帰って頂戴ね。パパもママもお出掛けだから留守なのよ」
「静はお友達呼ぶって言ってたけど、家にいちゃだめなの?」
「麗ちゃん? あなた男の子が泊まるのに何も感じないの?」
「ん?」
一応、女子だからってこと?
きょとんとする娘に母親の透子は溜め息をついたが、「ちゃんといってね」念押ししてお小遣いをくれると苦笑いで部屋をあとにした。
「雅美ちゃんとこか……。寧ろそっちの方が安全だと踏むお母さんのがどうかしてると思うよ」
私、芦屋 麗は、私立高校に通う高校二年生。静は、私と年子の弟で、こちらは別の私立の男子校に通っている。
ぶっちゃけ見知らぬ男の子が泊まりにくることには抵抗感はあけど、叔父の雅美ちゃんやその周囲のクズ変態達よりはましだと思うのよね。
だけど、お小遣い貰っちゃったから、既に決定してるってことよね。
ってことは、明日は着替えを持っていかないとダメ? でも金曜日に持っていくとなると荷物が……。
えー……? 雅美ちゃんとこ、何かしら着替えおいてあったはずだよね? 下着さえあればいいかな。最悪、制服でいればいいしね。
麗はこの時まだ気が付いていなかった。
ダメな大人ほど、制服が好きだってことに――。
帰宅中の電車に揺られるだけで、眠気が襲ってくるのはなんでなの?
「麗、起きて」
「ん?」
「雅美ちゃんとこ、ここで降りないと」
「うん……」
「れーいー」
我、弟ながら声はいい。いや、声もいいのだが、慣れすぎて起きれない……。
夕べ小説を読み耽ってしまい寝不足なのだ。
ぐずぐずに席から立ち上がると、忘れ物がないか確認してドアまで付いてくる。
過保護……。口が裂けても言えないけど。
「じゃ、いってらっしゃい。雅美ちゃんによろしく」
「はい、行ってきます」
さらさらのロングヘアを揺らしながら、ホームに降り立つと、手を振ってドアが閉まるのを待ってから歩き出した。
駅から三分のタワーマンションに入って行く。
あー、なんで高層階に住むかなー。
低層マンションの方がいいと思うんだけどなー。
趣味の問題だから仕方ないんだろうけど。
専用のキーで部屋に上がり込んで、ひとまずリビングに入って荷物を置いてソファーに身を投げ出す。
眺めは抜群なんだろうけど……。
興味がとんと湧かないせいか、さっさとカーテンを閉じて再びソファーに寄りかかるとくわっと欠伸がでて、そのままクッションを抱えると、あっという間に眠りに引き込まれてしまった。
一方、麗がいる部屋の主である叔父の雅美は、夕飯の買い物をして家路を急いでいた。すると珍しい人物と遭遇し、それによって麗の人生が大きく変わることとは、知るよしもなかった。
[雅美]
「あ」
たった一音の声音に懐かしさを覚え、思わず振り返る。
「恭一?」
「やっぱり、雅美だったか」
「お前、相変わらずだなー」
およそ十年振りの再会だが、変な気負いもなければ感動なんてものもなく、ただなんとなくこのまま別れるのもなんだと、声を掛ける。
「暇なら付き合えよ」
「車なんだ」
「なら、家に停めればいい。車は?」
肩を竦めて歩き出した男が、路肩に停車中の助手席側のドアを開ける。
「お前ね、俺が荷物で手が塞がってんの気がついてるよな?」
「女じゃねーんだから開けられるだろ」
しかたないとばかりに後部座席のドアを開けた恭一の顔を見ながら荷物を置く。
「そこの信号、左に曲がった先に関係者専用の地下駐車場があるから入ってくれ」
「相変わらず、高いとこ好きだなー」
「うるせーよ」
十年のブランクなど互いに感じさせない軽口に思わず笑みが浮かぶ。
中高一貫の男子校という、ひどく閉鎖的な環境で、互いに高校三年間は寮生活をした仲だからか。
どこか気を許す部分があったのは間違いない。
駐車場から直接部屋にいけるのは大家の特権だからな。
恭一を連れて部屋に帰ってやっと思い出した。
「お前、女イケるようになったのか?」
「んなわけねーだろ。姪が泊まりにくることになってたんだ」
「ほお?」
「女子高生だけど……。お前、範疇外だったよな?」
リビングの電気がついてないことで、思わず舌打ちがでる。
「あいつ、また寝てんな」
「寝る間も惜しんで遊ぶ年頃なのにか?」
「うちのは特別よく寝るな。昔っから寝顔見てる方が多いぜ」
キッチンに続くドアを開けてそっとダウンライトを付ける。
「恭一、その辺に転がってないか見てくれ」
「猫じゃねぇんだから」
「いや、割りと床で寝てたりすんだよ」
買い物してきたものを仕舞いながら、恭一に行かせるとビタッと立ち止まった。
あぁ、ソファーで寝たのか。
しかし、恭一が慌ててジャケットを脱いで被せる。
「何やってんの?」
「……制服着たまま寝てるから」
「……ふーん……。お前の守備範囲に入ってたか」
「そんなんじゃねーよ」
「麗にとっちゃ、お前の顔はどストライクゾーンだろうがな」
「は?」
華奢な美男子よりも、鍛え上げた美丈夫が好きなタイプだからな。
慌てる麗が目に浮かぶ。
「その内起きるだろう。っつーか、泊まってくだろ? シャワー浴びてすっきりしてから一杯やろうぜ」
まだ四月と言っても、今日は夏日に近い気温で、恭一も遠慮なくとシャワーを浴びに行った。
麗がいつ起きるか楽しみにしつつ、自室のシャワーを使って汗を流した。
着替えて出てきたところで、変わらず眠っていることに呆れつつ、腰下に掛かったジャケットを剥がせば……。
スカート捲れるってレベル越えてんなー。
姪に女を感じることは一切ないが、他人がコレを見れば欲情すんだろう……多分。
露になった白い脚と群青の布地のコントラスト……。
分かってんじゃねーか。
姪の趣味のいい下着を誉めつつ、代わりに肌触りのいい薄手の毛布を掛けてやる。
寒かったのかくるまった後、ゆっくりと全身が弛緩したのが見てとれる。
「麗?」
「う、うん……。みゃ、びちゃ……おかぇり……」
「ただいま……。勝手に飯始めるからな? 食べたいなら風呂入ってきな」
「うん……」
再び微睡みに落ちたらしい。
そんなに寝てると喰われちまっても知らねーからな。
っとに……。
俺がどれだけお前に群がる羽虫を蹴散らしてきたか知らねーだろ。
男にしか興味なくとも、お前の可愛いさはまた別だと言うやつも少なくなかったんだが……。
一切気にも留めない麗に、相手は心折られてったこともあった。
ま、弟の静は男にモテても困るから、誰かがいるときにここには呼ぶことはないが。
姉も俺がまともに面倒見てると思ってんだろうけど……。
俺がまともじゃねーのに、何を考えてんだか。
それを分かってはいるものの、仕方がないのでこうしてやってくるので、姪はやっぱりかわいいなとも勝手におもうのであった。