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09■ 敵から見たモブ

敵役のボイド少年からの視点です。

彼はイケメンです。魔法も剣術も達者です。

表情筋が死んでるだけです。


 ボイド=バンダンは古い貴族の次男である。

 家は代々武官を出す家で、開祖から数えて5代目には元帥まで登った。

 彼の性格を人は愛想がない、剣術・鎧にしか興味がないと揶揄する。

 が、本人は気にしたことがなかった。

 まだ彼も思春期の男子でしかない。

 成人したものの、彼も考えの浅い若者に違いなかった。


「……」


 今彼は、友人の一人が話した話題に顔をしかめ、なんと返事をするか迷っていた。


「ボイドもそう思わないか?あんな女」


 公爵家の放蕩息子でもある友人ソレオの言う、あんな女には覚えがある。


「クララ=ゼペットのこと?」


 ボイドは顎のニキビに触れないようにしながら、顎に右手を添えた。

  彼の好感度で言えば、クララは嫌いな人間だった。

 10も年の離れた兄と佐官の座を争った政敵コッぺリア=ゼペット、その妹である。


 ボイドの兄は国軍のヨロイ乗りの軍人である。


 ボイドはこの兄を尊敬していた。

 父上や母上も立派な人間であるが、実際に兵を率いて敵国の騎士を討つ兄をボイドは英雄だと信じていた。

 兄に並び立つ、その思いからボイドは武術と魔法に打ち込んできた。

 だがそんな敬愛する兄でなくコッぺリアが近衛騎士の次席に選ばれたことは、ボイドにとっては大きな驚きだった。


 兄は強い。コッぺリアも強い。

 が何故、兄ではないのか?


 兄への尊敬が歪んだ感情としてゼペット嬢に向けて現れていることを、まだ彼は気づいていなかった。


「婚約者もいないんだ。なのに遊んでやるって言ってむげに断るなんてな」


 ボイドはソレオを見る。

 彼は古い友人ではある。

 だが、あまり良い友人ではない。

 嫡男であることを鼻にかけ、金と権力で女を買うような奴だ。

 辟易するような悪癖があれども、それでも愛想が悪いボイドに親しく話しかける友人は彼くらいであった。


 ボイドとて、人と話すのは苦ではない。


 しかし彼は口数が多い方ではなかったから、無口で暗いやつだと思われていた。

 それに容姿も悪くなかったこと、更に実家が侯爵と言うこともあり、法衣貴族の子弟はあまり親しくしたくなかった。この事がより彼の人間関係を細くしていた。


 もちろんボイド本人もソレを薄々感じ取っていた。


 同じような立場のソレオは開き直っているが、やはり旧都の法衣貴族は大領地持ちの高位貴族を警戒する。彼らにとって役職を失うことは、法衣貴族としての家の死を意味している。

 ボイドにその気はないのだが、領地持ちと争ったり目を付けられる可能性を彼らは徹底的に避けた。

 そうして避けるクラスメートが一人でもいれば、周囲も避け出すのは自然な流れである。

 もともとの出自も手伝ってボイドには友人が少なくなってしまった。


 だからだろう、彼は好ましくなくても友人としてのソレオには気を使っていた。


「ソレオが悪いんじゃないか」


 冷静にボイドがそう言うと、ソレオは自尊心が傷ついたらしい。

 やや怒気を滲ませながらソレオは言った。


「お前な、お前なら分かってくれると思ってたのに」


 言われてボイドは目の前のソレオの気持ちを考えた。


…俺たちは貴種なのだ。

 好いた異性との結婚が出来ないことなんて、とっくにソレオも理解しているだろう。

 だからこそ、ソレオは十代の衝動や快楽を止めようとしないとは想像出来た。


……今だけは自由にいられるのに、ソレを拒む貴様はなんだ?


 暗にそう言われた気がして、ボイドは考える。

 ちらりと友人を見やる。

 ソレオの容姿は王子と言ってもいい。血統も王家の人間に近しいほどであった。

 そんな貴種の中の貴種であるから、今まで異性に遊びを持ち掛けて断られた経験がソレオには無かったのだろう。


……思い通りにならなかったから、同意が欲しくて俺に言ったのだろうか。


 ボイドは、そう一人納得すると友人に言った。


「悪かったよ」


「ほんとにか?」


 ソレオの機嫌が直ったことを見て、ボイドはほっとした。




 それからしばらく経った。

 父より出席するなと言われていたスプリングパーティーに出席することを、母が許した。

…父は兄の予備としてしかソレオの事を考えていないのだが、母は違うようだ。

 兄、姉、自分、そして妹を生んだ母。

 彼女が言うには「ボイドも好きにしていいのよ」との事だ。

兄のスペアでしかない自分が出ても意味がないと思うのだが、ソレオの誘いもあって彼はパーティーに出席することにした。

 だがボイドは、パーティーに来たことを早くも後悔していた。


 元より話す相手も多くいない。

 所詮兄のスペアでしかない自分に声をかけてくる令嬢なんていない。

 声をかけてくる相手なんて時折、法衣貴族で武器屋や防具屋の元締めの家の娘が話しかけてくる程度だった。


 こんなことなら、剣でも振っていた方がましだった…


 そう結論を出した、ボイドが会場から帰ろうとした時だった。


「ボイド!」


 声の主は機嫌が良さそうなソレオだった。

 どうやら婚約者のベラドンナを上手く撒いたらしい。

 ドリンク片手に鼻歌を歌いだしそうな雰囲気だ。

 ソレオの周りにはあまり親しくない、ソレオの友人らもいる。


「ああ、ソレオ」


 何気なく返事をして、しまったとボイドは気づいた。

 帰ろうとしたことを感づかれてしまった。


「どうしたんだ?もう帰るのか?」


 ソレオになんて返事をするか、ボイドは悩んだ。


「…王子の入場も済んだ。もう帰ってもいいんじゃないか?」


 考えてから正直に本心を言うと、ソレオが笑った。


「早いって。カーミラ様との不仲を見て満足か?」


 ソレオの指摘に周囲の取り巻きも同意して笑う。

 ボイドは何故かそれが面白くなかった。


「やることもないし」


 はっきり言うと、ソレオが笑いつつ言う。


「ダンスくらい、踊って行けよ?ああ…そうだな」


 ソレオはぐるりと周囲を見る。

 ボイドも同じように周囲を見た。

 ポツンと果実水を飲んでる背の高い女など、まだ踊り始めてない相手もいるものの、周囲のダンスは続いている。

 けれど、ソレオはその中に何かを見つけてにやりと笑った。


「ちょうどいいや」




……ソレオにやられたと思ったのは、彼女に近づいてからだった。

 そこには青いドレスのゼペット嬢がいる。


「やあ、ゼペットさん」


 ソレオはクララに話しかける。

 クララはソレオに嫌な顔をした。ボイドは黙っていた。


「…何でしょうか?」


 そう警戒しながら言ったクララに、ソレオは言った。


「彼はバンダン卿の弟でね、尻軽の妹にモノ申したいんだと」


 ソレオの発言にボイドは血の気が引いた。

 クララも同様の反応だったが、彼女はボイドより先に立ち直った。

 彼女はキッとボイドを睨みながら言った。


「馬鹿に…しないで!」


「待ってくれ!」


 自分へのソレオの手酷いやり返しに、ボイドはゼペット嬢に説明しようとした。

 だが、ボイドの釈明は彼女にとって逆効果だった。

 気性が荒いらしい、クララはボイドの言葉を聞く間もなく言った。


「姉さまの悪口を言わないでください!」


 なんて日だと、ボイドは思う。

…得たくもない周囲からの好奇の視線に晒されて、ボイドもまた頭に血が上った。

 本来はソレオにぶつけるべき感情だったが、兄の件も手伝ってボイドの口から出た言葉は自分でも信じられないようなものだった。


「…おや、僕は疑問を口にしただけだよ」


「嘘です」


「戦場働きの姉上と違って、妹はまめな社交ですか?と」


 明確な嫌みだった。

 クララへの苛立ちから言ってしまった。

 クララ嬢の美しい頬に赤みが差す。彼女も興奮しているようだった。


「姉のことを悪く言ったじゃないですか」


…釈明すら聞かないのか、この女は。

 ボイドは鼻を鳴らすと、言い放つ。


「それはあなたの誤解です」


 ボイドにとってもクララにとっても事実だった。

 ボイドからは侮辱を始めていない。

 ここで辞めればまだボイドは一歩引いた対応だったのだが、彼の口からは内心の鬱憤から言葉が続いてしまう。


「媚びとは言いませんが、出世の方向が間違いだと言ったんです」


「出まかせを…!」


「クララ嬢、これ以上は侮辱と取りますよ?王族もいらっしゃるのですからね」


 そう言いつつもボイドは、何処か冷めていた。

 これ以上続けない。ここは修めてくれ。そう苛立ちながらも相手に願っていたのだった。

 だが、クララから出た言葉は彼を大きく失望させるものだった。


「あなたが…ッ」


 もう駄目だろう。クララは本気で怒っている。

 ボイドは、ここでお互いに拳が下ろせないのだと悟った。

 そもそもはソレオが発端だが、失態したのは自分だ。

 彼は、それでも落とし所を探るため怒りつつも言った。


「はッ、短気は宜しくありませんよ。姉上が鎧で戦功をたてたからと、自惚れてはおりませんか?そんなに私の言葉を不服に思うのなら、決闘を挑まれては如何ですか」


 クララ嬢は黙りこむ。

 ぐっと、その手が握りこまれる。

 いいぞ、そうボイドは内心安堵する。


「……無理でしょうね、あなたには。たかが鎧に乗れるだけの姉上もここにはいませんから」


 クララが怒りで震える中、ボイドはこう続けようとした。


――だからお互いに、非礼を詫びて忘れましょう。


 そう言いかけた。

 そう言おうとした。


 だが、ボイドはその時、周囲を見てしまった。

 【ゼペットと言う名】を忘れ、呼びとめてしまった事実に気付いてしまった。


……ボイドは、己の失態を明確に自省した。


 彼女と口論するのでなく、ソレオらに笑われようと自分は引くべきだったのだ。

 そう思いながらも、終わられるのは自分だと気を引き締めた彼は、視界に入った一人の少女を見た。


 背の高い、黒髪の少女だ。


「今、なんと仰いましたか?ボイド様」


 その青いスミレ色の目で、ボイドの目を見てはっきりとその少女は言った。

 ボイドは何が起こっているのか、判断が出来なかった。

この国のヒエラルキーです。


王族>公爵>侯爵=辺境伯>伯爵>子爵>男爵>騎士>平民


準が付くと権力はその半分。


ボイド少年は偉いのです。

ボイド少年は偉いのです、ただ十代のDTなだけなんです…!!

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