08 そしてイベントが始まる
ストック切れで済みませんでした。
「スプリングパーティー?」
決闘騒ぎの翌日だった。
セリーヌが胸を張って答える。
「そ、学園のイベント」
「…何するの?」
私が質問すると、セリーヌは何処か嬉しそうに言った。
「社交界デビューよ」
セリーヌは胸を張る。
ぽよんと大きく揺れた。
眼福である。
「私たち、平民よ」
【記憶】が希に言う『マジレス』すると、セリーヌは教えてくれた。
「そうね。けど、上流階級との交遊は必要じゃない?」
それは本当にいるのだろうか?
私が考え込んでしまった横で、セリーヌは続ける。
「デビュタントと合わせる形で、学園でもやりましょうって伝統みたいね」
「ふうん」
それは結構なことだ。
勝手にやってほしい。
第一、平民と貴種が混じって何かいいことあるのだろうか?
そう思った私は関係ないと思っていると、がっとセリーヌに肩を掴まれた。
「でね、モニカにも出てほしいのよ」
「私が?なんで?」
嫌そうな顔をしてしまったが、セリーヌは気を悪くすることなく続ける。
「モニカがいてくれたら、美人だし、私も安心だから」
そうセリーヌは言ってくれる。
だが、私は困惑した。
貴族の男性に言い寄られたら面倒くさいじゃないか…
金持ちかもしれないけど…
そう内心思ったし、自分が貴族の男子と付き合えるとも思わなかった。
こっちは大家族の長女だ。考え方など恐ろしく異なるだろう。
私はため息をつきたいのを我慢しながら言う。
「……それなら、マリアの方が良くない?」
「学園の生徒限定なのよ」
あ、そういうことね。
私は、しばらく悩みつつも友人に返事を返す。
「わかった。友達の頼みだし、出るね」
「ありがと!」
こうして私は、初めての社交界に顔を出すことが決まった。
私がパーティーに出席することを家族に話すと、マリア以外の妹が死ぬほど羨ましがった。
お父さんなんて「変な虫が付く!絶対駄目だァ!」と涙を流しながら反対した。
が、お母さんの「何ごとも経験よ」と真っ向から否定されたため、なんとも言えない顔をしてパーティーに出ることは許してくれた。
ちなみにマリアは、パーティーにあまり興味がなさそうだった。
そうしてパーティー当日。
セリーヌが馬車を出してくれると言うので、私は彼女に甘えて同席させてもらった。
家の前で待っていると、ゆっくり止まった馬車の窓からセリーヌが顔を出す。
「…モニカ…あんたね」
「???」
何か言いたそうだが、御者に言われるまま私は馬車に乗り込む。
馬車は意外と広かった。
そんなちょっと高めの馬車の中にて、制服姿でない豪奢なドレス姿のセリーヌは私を見て呆れた。
よくよく見ればセリーヌのエスコート役らしい、セリーヌの従兄の御兄さんも驚いている。
あ、これ私なにか仕出かしたな。
「制服って…」
セリーヌが絞り出すように言った。
若干の恨みも感じる声だった。
「え、制服が駄目?礼服として使えるじゃない?」
どうやら制服を着たらアウトだったらしい。
「一応社交界デビューよ」
「……あー、ドレスコードを守らなかったのね」
私が言うと、セリーヌは頭を抱えた。
「制服は問題ないけど、ちょっと…ね」
私は、この先が怪しくなったと感じた。
けれども言わせて貰おう。
「一般的な平民がドレス持ってるとでも?」
会場である学園の大ホールは込み合っていた。
セリーヌは「大人しく待ってて!」と言うが早いか、金持ちそうな貴族組と何かわちゃわちゃやっていた。
一人になった私は、大人しく周囲を観察する。
大半の生徒はドレスを皆着こんでいた。
豪華絢爛過ぎて目が痛い。
いやあ、イケメンに可愛い子はいいねえ。
ま、その中で私は制服なんですけどね。
ちょっと、空気を読めない自分の姿にいたたまれなくなった私は自分と同じ制服組を探ことにした。
「あ…」
見つけたと思ったが、それはリリシア様と別の少年だった。
伯爵令嬢なのに制服姿だなんて変だなと思ったが、何か意図があるのだろう。
そう思うと私は忘れることにした。
制服組はすぐ見つかった。
私は、制服組(親に出ろと言われた組)と壁側でブッフェを散らかしながら話すことにした。
時計職人の倅キミ。
著名な絵描きの息子ポール。
木材商の次男ヘンリー。
そして学園の才媛メリダ。
同じ商業科のクラスメートは皆、やる気なさげにだべっていた。
どうにも全員出ないといけないが、積極的に貴族とは絡みたくないらしい。
特にヘンリーは兄上が貴族のお嬢様方に囲まれているらしく、ソレを遠巻きに見ながらぼやく。
「兄貴は、貴族から見りゃ貯金箱なんだろな」
「金持ちじゃん、ヘンリーん家」
テリーヌを食べつつ、ポールが言う。
ヘンリーは悲しそうに呟く。
「ポール、お前にわかるか?」
「何がさ」
「実家の借金を俺や兄貴の持参金で帳消しにしようとする令嬢の恐怖が」
「怖っ」
モムモムと食事を続けていた私にメリダが言う。
「モニカさんもお父さんに出ろって言われたの?」
「ううん、セリーヌに誘われたんだけど」
私が言うと、メリダは悟ったようだ。
「ああ、そういうこと」
「?」
「セリーヌも当てが外れたんだろうね」
良く分からないから、「どういうこと?」とメリダに質問しようとした時だった。
【記憶】が珍しく補足してくれた。
>コンパの数合わせってやつだろ
>こんぱって何?
>女が男を狩る場所 あるいは阿呆な男が女の子に夢を見る場所かな
>……なんか良くわかんない
>お嬢には難しかったか まあ狩りの勢子に誘われたと思っとき
今一、要領を得ないがそんなものかと思っていると、ひときわ勇壮な音楽が流れる。
「王族の入場だ。第三王子様だね」
ポールが言った。
キミが目を細める。
「カーミラ様がいないけど」
ふと見れば、第三王子の婚約者様であるカーミラ様は、仲の良い令嬢と歓談していた。
それも異例であると知らなかった私は、パンをかじりながらふうんと思っていた。
音楽が止む。
階段の上で第三王子は止まったままだ。
ヘリオス様が、制服姿のリリシア嬢の手を引いて階段に上がる。
カーミラ様はソレを無視していた。
とたんに場の空気が悪くなる。
が、それ以上は何も起こらなかった。
>婚約者を放置ってありなのか?
【記憶】が私に質問する。
>知るわけないでしょ、平民だから
>だよなあ…
王子も公爵令嬢も何もせず、そのまま歓談が始まった。
しばらくすると小休憩が入る。令嬢たちはドレスを直したり休憩するらしい。
どうやら、もう30分もしたらダンスが始まるようだ。
人ごとなので、カラフルな令嬢令息が踊るのは見ていて楽しい。
私たちは、取り立てやることがないのでそのまま壁際で暇を潰していた。
やることがないので、流行の芝居の話しをしていた時だった。
セリーヌがこちらに素っ飛んできた。
「お待たせ!」
「あ、お疲れセリーヌ」
私が砂糖菓子を片手に言うと、彼女はメリダと私を交互に見た。
「ちょうどいいわ…メリダもいるなら、なおさらよ」
「ん?」
「え?」
メリダと顔を見合わせると、セリーヌは言った。
「今、衣類商の息子と宝石商の娘を口説き落としてきたから」
何を言ってるの?
メリダとセリーヌを私は交互に見た。
「衣装を借りれる約束付けてきたから」
「…セリーヌ?何言ってんの?」
私が言うと、普段忘れそうになるがパン屋ギルドのトップの愛娘は断言した。
「いいから。こっから本番だから!」
訳のわからないまま、私とメリダは何処からともなく現れた侍女さんたちに囲まれた。
あれよあれよと言う間に別室に連れて行かれ、そこで地獄を見た。
着たくもないのにドレスを着せられた。
そこで内臓が出るんじゃないかと錯覚するほどコルセットを締められた。
トドメとばかりに、しなくてもいいのにメイクまでさせれた。
履きやすい靴は没収され、ヒールの高い靴に代わる。
…戻ると、男子は全員黙った。
メリダもめっちゃ可愛くなっていたが、本人は不機嫌そうである。
眼鏡を取られたらしい。
手持ち眼鏡を持たされていた。
度が合わないらしく、しきりに眼を細めしかめ面をするので、セリーヌが軽くはたいて注意していた。
セリーヌは赤いドレス、メリダは華やかな黄色のドレス、私は濃紺のドレス。
>図らずも戦隊カラーだな
>戦隊カラーって何?
>ん? ああ、そうか 赤青黄緑黒とかの五色の言い方よ
>戦隊って軍の用語?
>俺ちゃんが知る中で、一番優しく立派な軍だよ
【記憶】と会話していると、満足したらしいセリーヌが言う。
「いい仕事したわ!さあ踊るわよ!」
「パス」
私が言うと、セリーヌは頼み込む。
「お願いだから二人とも協力して!ウチのギルドの未来の為なのよ!」
とは言えなあ……私は隣のメリダを見た。
メリダは平均身長、私は平均身長を大きく引き離した大女だ。
ヒールを履くと、平均身長の男子と比較しても、なお高い。
「目立たない?」
「だからいいのよ!」
「……セリーヌ、完全に私たちで客寄せ」
セリーヌが何か言いかけたメリダを強引に引っ張っていく。
>お嬢 どうやらセリーヌちゃんは何が何でも踊りたい理由があるみたいだぜ
【記憶】が指摘する。
私はため息をつくと、一人呟いた。
「まあ友達の頼みだもんね」
>貴いねえ
こうして私たち平民三組はダンスホールへと、それぞれの思惑から繰り出した。
私らは平民だから遠慮されるかと思っていたが、お相手はすぐ表れた。
セリーヌは緑髪のイケメンと踊ってるし、メリダもメリダで次席の子爵の次男坊と踊っている。
心なしか、子爵の次男坊ががっついてる気がする。
私か?誘われねーンだな。
成長期まっただ中、これから伸びてく男子より私はデカいのだ。
どうにも踊る相手が困るらしく、誰からも誘われない。
まあ、予想していた。
仕方ないので、優雅っぽくみえるように果実水を飲んでいた。
ゆったりとした空間だったった。
カラフルなダンスを見ていると、ふと気になる人影を見つけた。
私と似た配色の青いドレスの少女である。何時か見た、マリアのそっくりさんだ。
向こうの方が空色のリボンで華やかに見える。
私はマリアがおしゃれしたらああなるんだと勝手に想像していた。
そんな彼女に、踊っていない貴族令息らしき数人が話しかけてきた。
…少し、遠い。
話し声は聞こえないが、お誘いだろうな。
私がそう思った時だった。
私の目の前で、令嬢が声を上げた。
「馬鹿に…しないで!」
淑女にあるまじき声だった。
伴奏近くだった為か、伴奏していた楽団も止める。
周囲の視線を浴びる中、彼女はさらに続けた。
「姉さまの悪口を言わないでください」
ざわざわと周囲が煩くなる。
周囲は勝手に彼女と彼女を侮辱したらしい少年の事を口にする。
「ゼペット伯爵家のクララ様ね」
「とり囲むのはバンダン侯爵家のボイド様たちか」
「どうせ…あのゼペット家のことだから」
「いや、ボイド様だろう?」
そんな会話を聞きながら、私も彼女たちを見てしまった。
ゼペット家のクララに大声を出されながらも、飄々と赤い髪のボイド少年は言う。
「…おや、僕は疑問を口にしただけだよ」
「嘘です」
「戦場働きの姉上と違って、妹はまめな社交ですか?と」
「姉のことを悪く言ったじゃないですか」
クララが返すが、ボイドは鼻を鳴らす。
「それはあなたの誤解です。媚びとは言いませんが、出世の方向が間違いだと言ったんです」
「出まかせを…!」
「クララ嬢、これ以上は侮辱と取りますよ?王族もいらっしゃるのですからね」
「あなたが…ッ」
怒りのあまり、クララ嬢の白い顔が真っ赤に染まる。
「はッ、短気は宜しくありませんよ。姉上が鎧で戦功をたてたからと、自惚れてはおりませんか?そんなに私の言葉を不服に思うのなら、決闘を挑まれては如何ですか」
クララ嬢は黙りこむ。
ぐっと、その手が握りこまれる。
「……無理でしょうね、あなたには。たかが鎧に乗れるだけの姉上もここにはいませんから」
…その空気をなんと言えばいいのか。
ゼペットの事は良く知らないが、会場の空気がおかしかった。
まるで、彼女は嘲ってもいいかのような、そんな感じがした。
ふと見ると、くすくすと笑う人もいる。
>お嬢 やめとけ
【記憶】が制止を呼び掛け、誰かが動いたのは見えていた。
けれど、今にも悔しくて泣きそうなクララ嬢を見てしまった私は――
「今、なんと仰いましたか?ボイド様」
そう、ボイドの目を見てはっきりと声を出していた。
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