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67■ その日、遂に運命は切り替わった


 アナベルは飛行船舶の自室に戻っていた。


 あの後、当然大騒ぎになった。

 まず迷宮(ダンジョン)の構造変化が問題とされ、殿下に大事がなくてよかったものの、ほぼ奇跡のようなものとされた。

 ただ…問題はまだ残る。

 ファットマンの行方である。


 これは、実に微妙で政治的な問題を孕んでいた。


 現状彼は伯爵を自称している。

 実際彼は前当主から爵位の贈与が行われており、まったくの詐称ではない。

 事実伯爵就任は確定である。

 伯爵として彼が認められてないのは、ファットマン伯なのかそれともハムブルグ伯なのか、彼の名乗りについて王都が認証を出していないからだけにすぎない。

 そんな確定していない不確かな地位のまま彼は迷宮の奥底で消えた。

 ファットマン家としては救援しなければならない。

 が、他の貴族には違う。

 当主不在、それも単なる伯爵ではなく金貸し。

 各家が動くのも当然の流れだった。


 学園としても救出をしたいのだが、旧都派と目される彼を助ければ王都とのバランスを疑われる。


 そう、全てはアナベルの想定通りだった。


「痛快だ!一石二鳥とはこの事だ!」


 アナベルが呟くと、部屋の物陰から陰鬱そうな男が出てくる。


「出来すぎでは?その分、対価も大きかったですが…」


 アナベルの隠密諜報たる男は、苦言を示す。主の優秀さを疑わない彼だが、諫めることは必要だと理解していた。


「まあバレやしないさ。まさか迷宮の芯がノミの市に出回っているとは思わんだろ」


 豪気なものだ。

 迷宮の芯と言えば、素材として一級品である。

 アナベルの実家の宝物庫にさえ存在しないものだ。

 それを使って迷宮を書き換える。

 影はその狂った発想に驚くしかない。


「しかし、迷宮(ダンジョン)を書き換えるのはやり過ぎでは?」


「ま、そうだろうな。ただ現状だと俺とリリシアにフラグが建たない」


 アナベルは、額をこんこん指で叩きながら続ける。


「やる必要はあった。あと、実証だな。本当にバグまで残っているのかの…」


「バグ?」


「ああ迷宮(ダンジョン)を攻略せずに難易度操作は基本できない。だが、芯を使った迷宮(ダンジョン)の復元でバグが使えるんだ。設置する箇所を別の迷宮(ダンジョン)に指定すると、疑似的に迷宮(ダンジョン)の設定を行える」


 アナベルは、このバグを使ってモニカらを嵌めたのだ。

 

「まあ、焦ったがね。ファットマンどもが王子に追いつくとは思わなかった」


「影に潜んでいた私を、やつは看破しましたからね」


「ああ胆が冷えたよ。上手いことリリシアと分断させようって時にアレだ」


 アナベルはベッドに横たわる。


「強引にせざるを得なかった。形状操作で捻じ曲げ、リリシア以外は適当な階層に落した…思えば自分の上がるルートを楽にすればよかったか」


「珊瑚とファットマンは最深部近くまで落しただけでも上出来です」


 珊瑚の奇想天外な脱出方法を二人は悩んだものだが、あれは例外だとアナベルは除外する。

 全攻略対象中、個のスペックで見ると珊瑚とロランは公式の調整ミスとしか思えない数値を持っている。

 アナベルは、ゲーム中のスペックを思い出す。


 中衛勇者のルドヴィク。

 前衛魔法剣士のヘリオス。

 後衛純魔法使いのミコラ。

 中衛僧侶のクライストス。

 前衛サムライの珊瑚。


 これが本編攻略対象のゲーム中でのキャラの成長方向だ。

 戦略パートがあるので誰が一番強いとは言えない。

 が、珊瑚は残る4人を1人で全員下せるだけの個人武勇を持つ。

 もっとも戦略パートを総合すると、ヘリオスかクライストスがゲーム攻略のRTAに使用されるのだが。

 なお隠し攻略対象の自分と追加攻略対象のスペックは彼らと比較すると偏ったものになる。


 中衛盗賊のローレンス。

 彼は、クライストスを盗賊系のスキルでコンバートした存在だが速度は珊瑚を超える。

 前衛重騎士のロイハルト。

 ヤツは、総火力こそ珊瑚、ヘリオス、ロランに劣るが防御は突き抜けている。

 前衛狂戦士のロラン。

 あの狂人は、火力は珊瑚と同等、魔法は使えないが他のスペックは軒並み高い。


 そして自分。

 後衛銃士のアナベルは、隠しキャラだけあり基本スペックは高い。

 また金魔法で銃を扱う。

 そのことから、ゲーム内と同様との前提さえあれば、手数や火力では劣らない。

 難点と言えば、討たれ弱いことか。

 ただ鎧の技量は高いので、そこまで気にすることもない。


 大丈夫だ。

 脳筋の珊瑚ならダンジョンの物理破壊も不思議じゃない。

 

「事故だよ。俺も俺で、ファットマンの鎧斬りと会った」


「視線に気がついた、あの女ですか」

 

 アナベルは、一度転生者だと疑った女を見た時のことを思い出す。

 自作した鎧の強襲から生き残ったのだ。気にならない筈がない。


「ああ、勘がいいんだろう。腕もそこそこ、直感の鋭さからファットマンが近くに置きたがるのもわかる」


 アナベルは体を起こす。


「さて…豚はもう終わりだ」


 影は言うべきか悩んだ。 

 陰に潜んだ自分を看破する男が、はたして死ぬだろうかと。





 カーミラはロイハルト経由で手渡された三馬鹿からの手紙を見てため息をついた。

 おそらくソレオの手元へも行っているだろう。

 彼女は部屋の窓をにらんだ。


「サイアク…」


 そう最悪である。

 このフィールドワークイベント、かなりの鬼門だ。

 好感度を上げた攻略対象と愛を確かめ、戻ってきたヒロインをカーミラがなじるイベント。

 その後、空賊に襲われるおまけ付き。


 そんなイベントが、妙な方向で狂ってきている。

 珊瑚とのダイナミックな邂逅も意外だったが、豚の行方不明はちょっとまずい。


 ヤツを救援した方が、旧都派貴族的正解なのだろう。

 が、わざわざ近未来に自分を狙う悪役を助けたくないのが心情である。

 

 絶対安全がいい!!

 

 と、ロランでなく鎧乗りとしても上手なロイハルトをパーティーに選んだのが地味に痛い。

 防御に徹せば、抜き辛いことこの上ないロイハルトだが、火力に欠点がある。

 猟奇大好きッ子(リョナキチ)ロランなら頭の可笑しい剣術(本人は胸を張って技術だと言ったが、ほぼ魔法)でダンジョン踏破すら出来た。

 だが、アイツを連れて行ったら暴走しそうだと旧都に置いてきたのは自分だ。

 

「どうすんの、カーミラ様」


 ロイハルトは知恵の輪を解きながら質問してくる。


 頭の痛い話だ。


 最下層付近まで行ける猛者はこの島にどれだけいるやら。

 一応、各家最低でも20層までは到達できる護衛をつけているだろう。

 が、40層50層と最深部に挑めるかと言えば別だ。 

 迷宮芯付近は、魔物の強さが桁違いなのだ。

 ゲームでもレベルを上げねば辛かった筈。

 この世界でも同様だとすれば厳しいことこの上ない。


「ねー」


 地味にロイハルトがウザい。


「どーするって、やんないわよ」


 カーミラはキッパリ結論を出した。


「え、意外。ファットマンのレスキューなら僕、無傷で行けるよー魔物倒さなくていいならだけど」


「アタシが手を貸したくないの」


「ああ、旧都と王都の兼ね合いね」


「…一応嫁ぐ身なのに、アイツを助けるとか駄目じゃない?」


 ロイハルトは知恵の輪を分解すると、指摘する。


「でも、じゃ誰が出す?って話じゃない? 人材の層から見ると、ソレオ様でも無理じゃ?」

 

 事実だ。

 本職の草刈たちをファットマン救援に出すことも学園は考えているだろう。

 けれども、何処にいるかもわからない対象を救出しろだなんて無謀な依頼を、多くの草刈は蹴るはずだ。


「王子が出るならそれはそれで面白いけど」


 ロイハルトは皮肉たっぷりに言う。


「出来るの珊瑚だけじゃん…」


 カーミラが言うとロイハルトは笑う。


「僕、意外と鍛えてるって自信あったけど…流石西国出身の珊瑚、どうかしてるわー」


 お前が言うなと思った。

 そう、どうかしているのが珊瑚だ。

 戦略パートではウルトラ苦労するのだが、個別戦なら他キャラの追随を許さない。

 ヤツはカンストさせると、裏ボスを三発で落す男なのだから。

 ちなみにロランは四発である。


「ひとまず静観。ロイハルトも三馬鹿宥めておいて」


「おっけー」


 ひらひらとロイハルトは手を振る。

 ふとカーミラは気になった。


「ねえ、ロイハルト」


「んー?」


「あんた、リリシア様…どう思う?」


 隠しキャラであるアナベル。

 ヤツが拒否したのと実家が辺境伯な為、カーミラは彼の取り込みを断念した過去がある。

 だが自分は完全とは言い難いけれど、3ロの手綱は握っている自信がある。

 けれど彼らが、リリシアに落されると非常に不味い。

 カーミラはドキドキしながらロイハルトを見た。


「嫌いじゃないけど好きでもない。興味ないし、カーミラ様より面白くないもん」


 ロイハルトは仮にも己の恋愛対象になりえたかもしれないリリシアをぼろくそに言った。

 ちょっと感激したカーミラだった。

 しかし即座に、ん? と疑問を抱いた。

 主に、後半部分。


「私より面白くない…って何?」


「模型作らないでしょ?遊んでくれなさそうだし、アイディア出すタイプじゃなさそうだし」


 ちょっとホッとしたカーミラである。

 ロイハルトは空気を読んで、


 カーミラの面白いところは腐っているところ


 とかとは言わなかった。

 彼は姫の腐を諦めていたからである。


 その後二人は穏やかに会話を終えた。 





 ソレオは三馬鹿の嘆願をどうしたものかと思っていた。

 出来ることなら、ファットマンを助けてやりたい。

 だが自身の護衛は30階層までは行けても、40層以降は厳しいのが本音だ。

 仮にボイドがいても断念しただろう。


「…豚」


 どうしようもない。

 無力さにソレオは悔しさを募らせた。






 リリシアは自室で頭を抱えた。


「んー…コレは…いい機会なの?かなあ?」


 状況を整理しよう。

 イベントクラッシャーの女の子と、また会った。

 逆ハーパーティーで攻略していたのに、隠しキャラのアナベルとイベントクラッシャーと帰還した。


「これ、どういう状況?」


 アナベルはあのアナベルだろう。

 隠し攻略対象の。

 ゲーム中も、ヅカ感出してたもんね。人気あったよね。

 ソレがホントに攻略出来てさ、スタッフ良くやったと思うよ。

 ただ、ゲーム中ではアナベルは最終的に男の子だと発覚する。

 百合クラスタが発狂し、TSクラスタとNL推しが狂喜したっけな。


「どうも…アナベルは…男の子って思えないし…避けてたのが不味かったかな?」


 ちょっと自信がない。

 ほぼゲームの世界に転生したが、微妙に細部は違うのだ。

 だからアナベルはついてない可能性が高いと言うことで、話こそすれ親しくしようとは思っていなかった。

 だが……


「あれ?5人からアナベルに乗り換える方が…楽?」


 アナベルは辺境伯の跡取りだ。

 辺境伯と言うことで寒い土地だがリッチだ。

 しかも蛮族はほぼ下しているから安全な土地だ。

 歴史的には旧王家、現王家と代々臣下の礼こそ取っている。

 だが、実質公爵・侯爵に準じる自治のような状況である。


「逃げ込めば安定」


 ヤバい、今さらアナベルが魅力的に見えてきた。

 ヘリオスは実家パワーで妥協していたが、アナベルでもいいではないか。

 懸念は、ついてるかついてないかだ。

 けど、はいてるはいてないくらい目を瞑れることじゃないか。


「………あの女の子のおかげでラッキーかも」


 イベントクラッシャーの女の子とは、ステータスでまだ水をあけられてるが、悪い子ではなさそうだ。

 女の子なのに主人公の自分ばりにとっても強い。


「アナベルに会ってみようかな? 未来とは言え、敵対するファットマンも消えた今なら…」




 リリシアは知らない。

 アナベルが転生者で男で、リリシアを手に入れたいと思っていることを。


 アナベルは知らない。

 リリシアが転生者であること、そして現状のハーレムが本人の意図していないことを。


 カーミラは知らなかった。

 リリシアの手で、このフィードワークイベントの後半移行キーである【意中の相手に会いに行く】と言う選択肢が選ばれたことを。


 そしてダットは何も知らされぬまま、シナリオは継続する。

 誰も望まなかった方向へと向かって――



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