61 逆ハーレムパーティーと出会ったせいで……
迷宮に“お手洗い”は無いので、ちょっと苦労する。
ちなみに水源近くや、安全地帯でいたすのはマナー違反なのだそうだ。
とりあえず全員で警戒しながらお花を摘んだ。
豚? 知らないけど一人でよろしくするだろ。
安全第一の我がパーティーは、そのまま食事休憩を取ることにした。
リーダーの豚曰く「王子たちより先に戻ると不味い」らしい。
「とっても美味しいです!ファットマン様!」
マリアが出来あがった料理を褒めた。
本音だろう。
妹がおべっか抜きで称賛するように、意外にもファットマンは料理上手だった。
どうやら趣味らしい。
ダンジョン内で煮炊きするなんて自殺行為らしいのだが……
そこはファットマンが風魔法で上手いことやっていた。
地味に器用な男である。
>迷宮で豆と干し肉の煮物が食べられるとは…
>豚 侮れないねえ…
恐ろしいことにヤツは白パンも用意していた。
私に迷惑をかけるが出来る男だったな、こいつは。
「よかった、よかった」
ファットマンは御満悦である。
そうだろう、そうだろう?
キレイどころに囲まれ、褒められれば鼻も高くなるさ。
「紅茶も淹れるのもお上手なんですね」
クララも紅茶を褒める。
そう、ファットマンの淹れる茶は美味しい。
性格に難はあるが、茶と料理の腕は確かだ。
「いや? そうでもないよ。ちょっと今は手抜きしてる」
耳を疑う発言が出たものの、私はスルーした。
その後も和気あいあいと話しは弾んだ。
意外や意外、ファットマンが野菜好きで驚愕する。
その肉で野菜好きはないんじゃない?
その後、クララが話題提供のために実家の貧乏エピソードを披露したのだが、途中でファットマンが止めた。
私とマリアはクララに共感したのだが、彼としては令嬢の話題ではないとの判断したのだろう。
えー、釣りとか野草拾いとか良いと思うんだけどな。
「さて…行こうか、皆」
ファットマンが切り出す。
食事を終え、準備を整えた私達は武器を手にする。
皆、折り返し地点となる第10階層へと進むことにした。
▽▽▽
第10階層から環境が激変…
なんて事はなかった。
変化は、ゴブリンに混じって茸の化け物が加わったことかな?
大きなマッシュルームっぽいソレを棍棒でブッ飛ばしながら、ぼそりとマリアが言った。
「お姉ちゃん」
「ん」
ゴブリンの眉間を剣でぶち抜きつつ、同意する。
絶命したゴブリンは砂のように砕けていく。
風魔法を発動しようとしていたファットマンも異変に気づいた。
「……ゼペットさん、俺の近くに」
彼の発言はスケベ心からではない。
警戒からだ。
「モニカ、マリア…どう思う?」
ファットマンが十字路を指さす。
そこに突然灯りが灯ったのなら、警戒して当然だ。
今までの階層に、照明の類は無かった。
あったとしても、休憩できそうな場所に冒険者が残していったカンテラが大半だ。
目の前で突然灯るような魔力灯はなかった。
「妙だな」
警戒しながら灯りに近づいたファットマンが、魔力灯を検分する。
クララが、マップと比較する。
「地図には書かれていません」
「確認ありがとう。出迎え用に点灯ってのは……考えにくいな」
ファットマンは、そのまま魔力灯に風魔法をぶつける。
光が揺らめき、魔力灯が消えた。
「高度な闇魔法か光魔法による幻惑だな」
ファットマンは断定する。
クララは不安そうにファットマンに聞いた。
「何が起こっているんですか?」
「分からない」
ファットマンは考え込む。
そう私達が進むかどうかで迷った時だった。
一際大きな炸裂音の後、人の話し声が聞こえた。
▽▽▽
「ヘリオス!突出してます!」
「構わない!ミコラ、援護を頼む」
「ほう、では俺も行こうか」
進むか引くか私達が迷った道の奥、十字路の向こうからゴブリン二匹が逃げてきた。
そんなゴブリンを追うように飛び出したのは、第三王子とヘリオス様だった。
二人はゴブリンに斬りかかり、ヘリオス様はゴブリンの首を刎ねる。
しかし王子はゴブリンに抵抗された。
「小癪な!」
王子はそのまま「援護!」と叫んだが、援護は来なかった。
なんとか王子はゴブリンを倒す。
ちょっと苦労してなかった?
「ええいミコラ! 珊瑚! お前は闘わんのか!その杖やら弓やら腰の剣はなんだ!」
どうにも、それが面白く無かったらしく、王子はプリプリと怒った。
「信じておりますから」
珊瑚が真顔で即答し、ミコラ様はそんな珊瑚に呆れているのか眉間を揉んでいる。
「まったく、さぼりか!」
王子は詰るように続け、ミコラ様が宥めた。
「申し訳ありません。先ほどの状況ですと、殿下にも当たりますから」
ミコラの謝罪で溜飲が下がったのか、王子は言う。
「むう、それはスマン…しかし何時まで私達は同じところを…お?」
王子がこちらに気づく。
と、後ろからリリシア様、クライストス様が走ってきた。
どうやら追いかけていたらしい。
「ちょっと、殿下達…先走りすぎ…ってあ!!」
リリシア様がファットマンとクララを見て声を上げる。
驚き、そして出会いたくなかった、なんて表情に見えた。
あ、リリシア様、豚のこと嫌いなんだ。
「悪い悪いリリシア。魔物を倒すのは貴族の義務故な…」
王子はリリシア様に謝罪しつつ、こちらを見た。
「ファットマン、ゼペット、良いところに来た。力を貸してくれ」
うっぁ、面倒なことになった。
▽▽▽
殿下達の話をまとめると、どうやら第10階層の構造が完全に変化したらしい。
おまけに進行ルートも変化するようだ。
なんだそれ、あり得るの?
「はっはっは、迷ったんだ!」
殿下はあっけらかんと言う。
豚は、無言である。
けど内心呆れているんだろうと、その背中を見て私は思った。
事実豚の手は、握りこまれ真っ白だ。
「それは大変でしたね」
豚は返事を返しつつ、ちらりと視線を私にやった。
……警戒しとけってね、はいはい。
私は王子一行を観察する。
ヘリオス様は剣から手を離していないし、無言でこちらを見定めていた。
ミコラ様も杖を下げてはいない。彼も私達を警戒しているようだ。
クライストス様はリリシア様の横で守るように立っている。
珊瑚様は、……小石を足でふみふみしていた。
「殿下!」
あ、リリシア様が諫めるように言った。
「すまん、リリシア」
あれ? スゲー素直じゃん王子。
「でだ」
王子はファットマンとクララ(入れ替わってるのでマリアだだ)に言う。
「ファットマン、ゼペットにも力を貸してほしい。どうにも高度な魔法のようでな」
王子の発言を受け、ミコラ様が補足する。
「光か闇魔法による広域認識汚染です。正直、この階層で起きる現象ではありません」
彼らの見解はファットマンと同じか。
ココでファットマンは口を開く。
「ご説明ありがとうございます。このブタ、殿下らに協力すること吝かではございません」
自分より偉い奴にはトコトン腰低いな、ファットマン。
「しかしながら申したいことが」
ファットマンは言葉を止めた。
具体的には、私とマリアに視線をやった。
……動けるようにしろって訴えられた。
わかってるって、見るからに怪しいじゃん。
私は魔法を準備し、マリアも棍棒の柄に手をやる。
「殿下ら、7人に協力すればよろしいので?」
7人。
そうハッキリと、ファットマンは言った。
「7人?何を言う、ファットマン」
殿下が言った瞬間だった。
ファットマンが声を張り上げる。
「殿下、無礼をお許しください。モニカ!マリア!クララ! 撤退する!」
その巨体から放たれる大声を合図に、私もマリアも動いた。
マリアはクララを強引に引っ張り棍棒を肩に背負う、私も剣を構え背後へ飛ぶ。
おそらく直感だろう。
ヘリオス様、珊瑚様が武器に手をかけた。
瞬間、世界が反転した。
リリシア様、クララが悲鳴を上げる。
文字通り、私達がいる場所の天地が逆転したのだ。
周囲の照明が一気に消え失せる。
完全な闇の中…私達は落ちていくこととなった。