57 人事言えば影がさす
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久しぶりに出席した教室の空気に、私は思わずにっこりしてしまう。
豚は、いない。
愚弟もいない。
頭が痛くなる愚弟の恋人未満もいない。
嗚呼、なんて気分がいいんだろう!!
私の気分はとてもよかった。
決闘騒ぎのほとぼりは冷めてるし、豚は面倒を持ってこない。
なんて素敵なんだろう!
と小躍りしたくなる気分で授業を受けられた。
もうあれ、絶好調かつ広い心だった。
セリーヌに豚との事を聞かれても許せたし、メリダが子爵だか男爵だかの男の子と結婚秒読みになっているのも、心の底から羨むことなく応援できた。
今なら下の妹らの喧嘩も拳なしで仲裁できる気分だった。
「ああ、いい。とってもいい、学園っていい」
私が下校時にそう言ったものだから、帰り際にセリーヌにめちゃくちゃ変な顔をされた。
さて帰って料理でも…と思ったら、校門出て直ぐに男の声に呼び止められた。
誰?
>お嬢 お嬢 忘れてる負け犬だ
【記憶】のフォローで思い出す。
ああ、トットじゃないか。
「無視しないでくれよ…地味に傷つく」
「ごめんトット」
私が言うと負け犬は変な顔をした。
「ダットだ」
あ、ダットだった。
で用は何だろう?
「私を待ってた?」
「ああ、ちょっと野暮用ってか…豚の件で」
私は頭痛を覚えた。
▽▽▽
誰かに噂されると嫌なので、さびれた喫茶店に入った。
ダットは席に着くなり本題を切り出した。
「豚が何かを考えているらしい」
ほう?
「イベントにない展開なんだよ…」
そう言えば、コイツはこの世界が『げえむ』だの何だの言ってたっけ。
そんなことを思い出していると、ダットは今世話になってる空賊の事務所に豚が乗り込んできた話しをしだした。
…時期的にアレか、私とボイドで遠乗り行った時かな。
私もアイツも黙って馬に乗って(私は不快じゃなかった)弁当を食べて楽しかったっけ。
私は何も不満なかったのだが、【記憶】は呆れてたっけな。
「それ、何か問題でも?」
「めちゃくちゃヤバくはない。ただ…シナリオの強制力が恐ろしくてな」
そう言ってから、彼は背後を気にした。
やましいことしている様にも見える動きに、私は指摘してしまう。
「何してんの?」
「いや…ファットマンの私兵がいないかって」
「はあ?」
「……俺、あのクソブタに死ぬほど嫌われてるんだ」
その後、ダットはファットマンにされた嫌がらせを全て私に教えてくれた。
私は何やってんだ豚と思いつつ、ふと気が付いた。
「てか、私と喋ってアンタ大丈夫なの?」
ダットは視線をそらした。ほー… 豚的には私も守備範囲か。
やはり、あの豚とは距離を置かねばならん。
「てかさ、んなの気にしてたら生活できないじゃん?」
私が言うと、ダットは気まずそうにする。
「そのシナリオだっけ? 未来を知ってるようなものじゃん…何かに生かしたら?」
ダットは私を見た。
「て言われてもな…リリシアやらカーミラの今後は分かるけど…一般人の未来は」
「……あー」
知らないってことか。
「それに、モニカみたいな雑なヒトばっかじゃ…」
あ?
「目つきが怖えよ!最近何だ?!黒髪のやつと会うと皆目つきが悪いんだけど!!」
「知らないし、私目つき悪くないから。アンタのツキが無いだけ」
「嘘だ!ボイドとドッコイドッコイの顔してたぞ!」
「なんでボイドが出んの!」
「え、なんで今食いつかれたの俺?!」
ぎゃーぎゃー言い合う。
やがて疲れたらしく、ちょっと息の荒いダットは話題を変えた。
「兎に角、気をつけてくれ…そろそろフィールドワークだろ?」
「何それ」
私がキョトンとすると、ダットはハッとした。
「あー…失礼。これ貴族だけのイベントだった」
「ああ、貴族科の行事ね」
「そ。旧王家の開祖の功績を知るってことで、彼が修練したダンジョンに潜るイベントがあるんだ」
「ふうん」
「…興味なさそうだな?」
「湧くわけないじゃん。なんで穴倉潜るのに興味そそられるわけ?」
「気になる男とズッポリ…」
イラっとしたので、私はダットの脛を蹴飛ばした。
悶絶するダット。
ざまみされ、けけけ。
「ホント、お前なあ!」
「先に馬鹿言ったのアンタでしょ」
プリプリ怒るダットをシカトして私は茶を飲む。
それから近況を話して、その日は別れた。
ダットは結局何だかんだで、その空賊の世話になっているらしい。
まあ、関係ないか。
▽▽▽
安定の我が家である。
マリア抜きで食卓を囲む。
メイド服を着て仕事していた。
とうっかり漏らしてしまうと、お父さんが食いついた。
「見たかった」と言いながら、お母さんが若いころ着てたなと昔話をする。
…幼少期、お父さんが冒険者していたのは覚えている。
が、よくよく考えるとお父さんとお母さんの経歴は謎である。
まあ、筋肉達磨のお父さんはどうせ前衛冒険者だろうと経歴にアタリを付けているが、お母さんの職歴はまったく想像できない。
無駄に家事スキルが高い。
無駄に美人。
お父さんが絶対頭が上がらないことから、何かあると思うんだけど。
そんなことを考えているとあっという間に夕食は終わった。
戻ってきたマリアの為に軽く食事を出す。
豪傑の庵でまかないを食べてきたらしいが、彼女はぺろりと食べる。
マリアは今、貰いものの果実水を飲みながら愚痴を私に吐いていた。
「んでさ、その底辺冒険者の一人が言うわけ。この俺は、いつかは迷宮の芯を抜くってね」
「うっわ」
「でしょ?夢見すぎでしょー?」
相槌を打ちながら、マリアに続きを促す。
「で、その底辺冒険者どうなったの?」
「あんまりにも妄言吐くからさ、常連の人が嗜めてさ」
「ほー」
「したらば、酔っぱらってるからか喧嘩売ってさ、その馬鹿ども」
「げ…」
「おかげで大変だったんだから」
マリアはそう言ってグイッと果実水を飲み干すと、机に上体を投げ出す。
「あー…お姉ちゃん、私お貴族様になりたいなー」
「何でよ」
「刺繍して、お茶して、うふふと笑ってればいいだけじゃん?よくない?」
私はちょっと想像してみた。
マリアと私がスプリングパーティーの時みたいなドレスを着てお茶している…
駄目だ、ガワはそこそこ行けるだろうが私たちは何か違う。
どうせ途中から酷いことになる。
「お姉ちゃん?」
「あ、ごめん」
想像したことは口に出さず、私は妹を諭すことにした。
「でも大変だと思う。ミリベルちゃんがいい例じゃない」
そだねー、そうだわーとマリアは言う。
「私は嫌だな、貴族」
「お金は欲しいけど」
間髪入れずマリアは言った。ぷっと私は噴き出し、椅子から立つ。
さあ、そろそろ寝よう。
ああ…いつの間にかブクマが50件を超えている……
何時もご愛読いただきありがとうございます。