表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/68

53■ メイドあざとい、アイドルきたない

シュラーバ

「アル君!」


 迷宮やります!


 とはどうしても即答できず、どうしたものかとアルが悩んでいた時だった。

 ひとまず自室に帰るかと思っていた彼は廊下の曲がり角でケリーの声を聞いた。

 

「あ、ああケリー」


 思わず顔がぎこちなくなる。

 突き刺された相手である。意識しない筈がない。

 姉に相手が自分を意識していると指摘されていれば尚更だ。


「デヴィド様とどうされたんですか?」


「いやちょっと屋敷を出ることに…」


―――迷宮征伐(ダンジョンアタック)で相談


 とは言えなかったが、何故かケリーの目にみるみる涙が溜まってくる。


「それは…私のせいですか?」


「いやちが」


 言いかけたアルの否定よりも早く、ケリーはアルに抱きついた。

 彼は姉らや妹らに囲まれていたため女性に対しての理解は高い方だろう。

 けれども年頃の少年が、意識していた異性に抱きつかれて動じない筈が無かった。


「ちょ!!」


 柔らかい感触。

 香料を付けているのか、ほのかに漂う花の香りにアルはぐらっと来た。

 強引に彼を抱きしめたケリーは上目遣いをしながらアルを見た。


「行かないでください」


 アルは頭がどうかしそうだった。

 主に頭と下半身が危険水域だ。

 知識として私兵連中とは馬鹿話もしているのだ。

 ヤったことはないものの、その手の知識はアルも知っている。

 ただ突き放すのは不味いと、彼の頭の中で何故かマリア姉が指摘する。

 アルは悩みに悩んでケリーの肩に手を置いた。


「あのな、ケリー」

 

 そう口にして、アルはあれ? と疑問を抱いた。

 ケリーを意識しているのは間違いない。

 実際、こう抱きしめられといて自分に好意を抱いていないと考えるほど彼は朴念仁でもない。

 ただ、この状況よろしくないのではないだろうか?

 はたから見れば告白…


「アル…君」


 ケリーは頬を薄く紅潮させている。

 吐息がなんだか色っぽい。

 アルは咳払いしてから、「ケリーの気持ちは嬉しいけど、大したことじゃない」的な事を言おうとした。

 言おうとしたのだ、アルは。


「ケリーのきッ…いってえ?!」


 しかし言葉は途中で切れた。

 アルの視界に星が飛ぶ。

 視界が点滅するので自身の喧嘩の経験から、アルは自分が叩かれた事を理解する。

 嫌な予感が的中したことに慄きながら、アルが振替ると……

 そこには美しき修羅(オーガ)がいた。


「アル、ケリーちゃんの仕事を中断してなにしてるの?」


 幼馴染のミリベルである。

 街娘だったのに、すっかりファットマン家の生活に慣れて美しくなった。

 無駄に婀娜(アダ)っぽいな、とアルが不適切な事を思う中ミリベルは続ける。


「……まさか、連れ込もうとかしてたとか?」


 ギクっとした。

 アルは、何故だか自分でも理由の解らない冷や汗をかきながらミリベルに返事をする。


「いやんなわけ」


「アル君がいいなら…わたし…」


 ケリーの腕がアルの首に巻きつく。

 普通なら嬉しいのだが、今は嬉しくない。

 近いし、嬉しいけど!!


「…へえー」


 ミリベルの視線がヤバい。


「私を助けに来てくれたのにね」


 ミリベルは、ケリーを見る。


「ケリー、離れようかアルから」


「え、嫌です」


 笑顔でミリベルは言い、笑顔でケリーは答えた。

 冷凍魔法をぶっ放したわけでもないのに、周囲の空気が急速に冷えていくのが分かる。

 アルは、青い顔をしながら二人を交互に見る。


「アルは…誰が好きなの?」


 答えにくい質問をミリベルはアルに振った。

 胃袋に鉄の塊を入れられたかのように、彼の腹部が痛んだ。

 なんだこれは…なんだこれは…

 目の前のキツイ現実に、唇を戦慄(わなな)かせながらアルは口を開きかけ、嫌な予感から止めた。


――――これ、まだ考えたくないって言ったらヤバいんじゃ?


 モニカ姉も呆れて怒ったのだ。

 正直言えばヤバいと、彼は本能で覚った。

 実際、異性と向き合うと言うことを、アルは今まで考えてこなかった。

 ミリベルは友人、ケリーは同僚である。

 で、そんな二人から好きですと言われて…


 「はい、わかりました」と答えるのは何か違う気がする。

 

 またアルは断った時のことを考えて、ゾッとした。


 二人とも狂信者(ファン)が多いのだ。

 下手にフッたら、それだけでファンの手で私刑されかねない。

 けれども何時までも黙っている訳にも行かず……アルは自分でも最悪の選択をした。


「イケね!俺、別件頼まれてた!」


 必殺バックレである。

 即座にケリーをひっぺがし、アルは魔法行使も辞さず廊下を駆け抜ける。

 走りながら、彼は決めた。


……迷宮征伐(ダンジョンアタック)に行こう、と。


 まだ魔物相手に剣を振りおろしたり、魔法を放った方がマシだ。

 ファットマンの意図通りなのだが、なんとも情けない理由で迷宮征伐(ダンジョンアタック)を決意したアルは、速度を上げた。

 行先は決めてなかった。



▽▽▽


 

 家中の者が知っている呆れた運動能力を全開にして走り去ったアル少年。

 残された二人の少女は、自然と向き合った。


「ケリー、アルに近いんじゃない?」


 先手はミリベル。

 幼馴染と言うある種、聖域を共有するものとしてハッキリ言い放つ。

 次手はケリー。

 幼少期から付き合いがあってもモノに出来ぬ女が何を言うと返す。


「そうですね、惚れた男子ですから当然です」


 両者、視線が交差する。

 

…ここで、このアンケルト大島の文化的な美男美女を説明しておく。

 半世紀前まで戦乱が続き、現在は平和とは言えど小規模な争いが続くのだ。

 この島の美男美女の条件は、もちろん顔がいいのは当然として、その後に続く美男美女の条件があった。


 男なら、軍人、武弁としてやっていけるだけのガタイ。

 女なら、腰回りと声。

 女性の声を重要視するのは、歯並びと骨格の良さを判断する為だと言う。


 さて、そんなアンケルト的な美男美女の物差しで見ると、アルはほぼ全ての要素を満たしていた。

 目つきは(いささか)か悪いが、顔はいい。腕っぷしも十分。更に魔法使いだ。

 実はアルが気づいていないだけで、ファットマン家に仕える女性の多くがアルをイケメンだと判断していたのである。


 稼ぎは今は怪しいが、当主の信任も厚い男である。

 実はファットマン家の女性からの人気で見ると、家令に次いで順位が高いアルであった。


 平民のケリーは好意も手伝い、アルを逃してはならないと確信していたし、

 ミリベルも半ば貴族階級とは言え昔から一途に惚れた男の子を逃したくない。


 それ故に二人の少女は睨みあい…やがて、どちらともなく笑った。


「……アルを刺した癖に」


「ええ、愛してますから。ところで婚礼は何時でしょうか歌姫様」


 バチバチと火花を散らせ、互いを好敵手と判断した二人。

 二人の睨み合いは、軽食を取るため部屋の外に出たファットマンが仲裁するまで続いた。





 

 

 



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ