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52■ 債務が重たい


 アルジャーノン=フレイザーは、絶望していた。

 何に対しての絶望かと言えば、雇い主の息子デヴィド=ジュニアが出した証文である。

 古式に倣い羊皮紙に刻まれた文章を彼は読む。

 鎧の被害が及ばなかったファットマン家の別宅。

 その一室で、彼は青い顔をしながら文面を追う。


「…嘘だろ」


 書き込まれているのは、己の賠償金。

 恐ろしい金額である。払える気が微塵もしない。

 桁が違う。


――――これ、一人で払えと?


 アルは証文を渡した主を見る。

 デヴィド=ジュニアは、自分同様包帯を巻いた姿で言う。


「フレイザー、現実だ」


「デヴィド様。いくらなんでもコレ、無理ですよ」


 アルが太っちょの雇い主に言うと、彼も渋い顔をする。


「とは言え、誰かが責任を負わねばならんのよ」


 アルは何も言えなくなる。

 貴族は面子が命だ。

 鎧に討ち入られたとするより、体面的には下男の失火で終えたいらしい。

 実情を知られても、だ。

 

「武功は認める。お前は凄い。だけど、うん…」


 デヴィドの口も重い。


「燃えたのがなあ…」


「うっ、すみません」


 アルは申し訳なさで胸が一杯になった。

 鎧を倒すため、火魔法を放ったのは自分だ。

 

――――まさか、残骸が燃えてこんなことになるとは…

 

 アルは己の行いを心底悔いた。


「まあ、命あっての悩みだが」


 デヴィドも目の下の隈を更に濃くしながらボヤく。

 眠気取りの為、特製のミント菓子を噛みながら彼は書類の処理を続ける。

 犯人不明の鎧による討ち入りは、デヴィドに重大な被害を与えていた。


 当主の負傷による当主判断でのスライディング気味の爵位の獲得。

 屋敷の再建。負傷した私兵の補填。


 これらに加えて通常の領地の管理も行う羽目になった彼。

 突然の仕事の増加にデヴィドは七転八倒していた。

 数日前に父から当主は譲らないと言われていての、この手のひら返し。


――何だ?!俺に恨みがあるのか父よ!!


 デヴィドは大いに父に対して腹を立てていたが、当主による禅譲を拒みようがないのも事実であった。こんな悲しい内情もあり、家の事を考えればアルに借金を負わせるしかなかった。

 デヴィド本人としては戦功一番のアルに借金を負わせたくは無い。

 だが、金周りを考えるとやむをえなかった。

 

 元より腕っ節の立つ男であったが、鎧を落したのを見れば話は変わってくる。

 他の貴族の勧誘も激化するだろうし、体面としてコイツによる失火にしておかないと他家が余分なことをしかねない。


――こいつを逃がしてはならない。


 その考えからデヴィドはアルに言う。 


「拒否すれば奴隷落ちだ」


 アルは頭を掻き毟った。


「どう考えても無理でしょうが!俺、何年働いても無理だと思います!」


 するとデヴィドはにやりと笑った。


「…手は無いわけではないさ」


「??」


 アルは怪訝そうに主を見る。


迷宮征伐(ダンジョンアタック)だよ」


 アルは、主を見る。


「…デヴィド様。休んでください、お疲れなんですよ」


 アルの口から出たのは、ほぼ憐れみの声であった。


▽▽▽


 迷宮(ダンジョン)とは、冥府からこの世に顕れる異界である。

 しかし異教の伝承にによれば、冥府の神は富める神であるとも言う。

 この富める神の庭でもある異界は内部に数多の宝物を抱え込み、その守たる魔物が跋扈する危険な場所であった。

 そんな迷宮(ダンジョン)をこの世に繋ぎとめるのは『芯』なる鍵である。

 この芯をを抜けば、異界はたちまち現世より消え去る。

 芯を抜き異界を払った勇者へ、莫大な力と財宝を残して。


 だが、そんな異界の征伐を叶えた人間は少ない。

 何故か? 実は迷宮(ダンジョン)の完全攻略とは割に合わないのである。


 その理由の一つに単純に攻略の難度が高いと言う事実がある。

 が、人間の底力とは恐ろしいもので実は征伐できない迷宮(ダンジョン)は無いとされる。

 では何故実行されないかと言えば、費用対効果がすこぶる悪いの一言に尽きる。


 現実として迷宮(ダンジョン)は危険な場所である。

 しかし長期的に見れば微々たるとは言え利益を生む場所でもあった。

 適度に魔物を駆除すれば魔物が外へと湧きだすことはなく、財や素材と言う形で鉱山を持たずとも各種の素材を手に入れられる。

 領地持ちの貴族からすれば、自領に湧いた厄介な魔物の巣と忌み嫌われる面もあるものの、この事実から世間一般では迷宮(ダンジョン)をもっぱら冒険者や傭兵が素材をあさる場所として見ていた。

 

 完全な余談ではあるが、そんな迷宮(ダンジョン)潜る冒険者達の別称である草刈は、何故か迷宮(ダンジョン)周辺は土地が肥えるため、その生い茂る草木の間に混じって魔物を狩る姿からついたものである。

 この迷宮(ダンジョン)周辺に茂る草木は有用なものも多い。

 迷宮(ダンジョン)の深部を目指さず、それらを採集する冒険者を嘲って草刈と呼ぶのは自然な連想であろう。


 さて迷宮征伐(ダンジョンアタック)が行われない理由の説明に戻ろう。

 いくら荒くれ無鉄砲無計画の冒険者の彼らとて、まずは生活が第一であった。

 草刈と嘲笑されようと迷宮(ダンジョン)産の物資を売れば金になる。

 また迷宮(ダンジョン)の芯を抜くのが冒険者の(ほまれ)だとしても、実行しようとする酔狂な冒険者はとても少ない。

 生活の糧、仕事場、そんな存在である迷宮(ダンジョン)を壊せるか? と言う訳だ。

 また万が一、芯を抜くことに成功してしまうと、その迷宮(ダンジョン)は死ぬ。

 死んだ迷宮(ダンジョン)はもう何も生み出すことが無い。

 こうして非常に生活がかかっていると言う理由で、数多の迷宮(ダンジョン)は芯を抜かれることなく、草刈が仕事にいそしむ場として存在していた。


▽▽▽


 一攫千金のために博打みたいな案を口にした。

 そうアルは判断し、デヴィドの迷宮征伐(ダンジョンアタック)と言う発言を流そうとした。

 が、デヴィドは目を見開き口調を荒げて言った。


「憐みの目を止めてくれるか?当てもなく言うわけないだろ」


「…」


 アルは口籠もる。

 ロクな考えじゃないだろうなと、彼はデヴィドを見る。


「忌地カーラーンは知ってるだろ」


 アルは思い出す。

 ファットマン領に隣接する湿地帯だ。


「ええ」


「あそこな、結構な大きさだが開発はまったく進んでいない」


「ファットマン領なんですか?」


「いや、天領だ。ただ、王家は旧王家同様…忌み地は開発に成功した家に与えると言ってる」


 天領、王族の土地か。

 アルは一人納得し、デヴィドは続ける。


「で、だ。そのカーラーンにある迷宮の芯を抜いて領主権を獲得する」


 アルはデヴィドを見た。

 迷宮(ダンジョン)がカーラーンに存在するなんて初耳だ。

 デヴィドは謳うように言う。


「昔々ある魔法使いが、かつて豊かだったカーラーンに湖を作ろうとした。

 その魔法使いは、怠惰から横着をして湖の予定地に魅かれるよう水の妖精に魔法をかけた。

 彼は土を掘り起こし水を溜め湖とするのではなく、水の妖精を集め彼らに湖を作らせようとした。

 ところが、水の妖精は魔法使いの魔法を拒んだ。

 魔法をかけられたことに水の妖精らは腹を立て、魔法使いを手ひどく呪った。

 哀れ魔法使いは陸で溺死し、その躯は呪いに耐えきれず泥水を七日七晩噴き上げ、カーラーンは泥と泥水に沈んだ」


 子供向けの御伽話。

 アルも聞いたことがある。カーラーンの泥男伝説だ。

 それくらい知っていると思ったが、彼は黙ってデヴィドの次の言葉を待った。


「これが表向きの話しだ。裏は別にある」


 デヴィドは淡々と語る。


「あそこは古い貴族が領地を渡すまいと、迷宮を暴走させた結果だ」


「は…?」


 迷宮(ダンジョン)を暴走させる?

 アルが驚いたのに気付いたデヴィドは疑問を投げかける。


「豊かなファットマン領の隣だぞ?何故、あそこだけ環境が激変してるんだ?」


「そりゃ、そういう土地だからでしょう」


「馬鹿言え。地形的に無理なんだよ、あの環境。であれば継続して呪うか魔法をかけなきゃあり得ない」


 土地を呪う、アルはスケールの大きな話しに頭が痛くなった。


「で、本宅調べれば大当たりだ。フレイザー、お前にしか出来ん」


 デヴィドは手短に本宅の歴史資料の調査結果と、迷宮(ダンジョン)の傾向をアルに伝える。

 アルはデヴィドを見る。

 口ぶりからしてカーラーンに迷宮(ダンジョン)があるのは本当らしい。

 また、芯を抜けばファットマン家が領地拡大になるのも事実だろう。

 だが…アルは重たい口を開いた。


「主、死ねと?」


 迷宮(ダンジョン)に潜って芯を抜けなんて、死んでこいと言うようなものである。

 そんなアルの指摘をデヴィドは流す。


「まさか、信じてるからだ。これでお前がカーラーンの解放に成功したら、俺は王都に言う」


「…何を?」


「フレイザー男爵として推薦するってな」


 アルは色々と考えた。

 貴族にするって重たい話だ。

 アルは太っちょの主を見る。

 黙って色々と聞いてきたが我慢の限界だった。


「主の出番ですよ。俺より強いじゃないですか」


 はっきりアルが事実を言うと、デヴィドは眉を寄せた。


「勘違いだ」


「何度も魔法が直撃しても立ち上がったのに?」


 アルは討ち入りをしかけた時の事を思い出していた。

 オハラの爺さんもタフだったが、それよりタフだったのは目の前のデブである。


「気のせいだ」


「………」


 アルは考え込む。

 どうやら主は、腕が立つと言うのを隠していたらしい。


「兎に角、金がいる。芯さえ抜けば、それが解決する。悪い話じゃない」


 デヴィドは言うが、アルは即答できない。

 やりたくない。けれど出来ませんと言うのも気が引ける。

 ふと、アルの頭の中で一つの疑問が浮かんだ。

 

「でも主」


「ん?」


「ならなんで今までカーラーンを解放しなかったんですか」


 デヴィドは苦い顔をする。ぽつぽつとデヴィドは説明する。


「これ以上の大身になることを父が望まなかった。祖父もハムブルグからファットマンを取り込む一心しかなかったしな」

 

 アルは渋い顔をする。


「俺の特典(PERK)を知ったからでは?」


 デヴィドは何も言わない。何時かはやらせようと思っていただけに別に何も思わない。

 アルは、証文片手に悩むことになった。

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