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49■ 血腥い技術

 ボイドはそのやり取りを見ていた。

 今、動ければいいのに。そう歯がゆい思いをしながら。

 

「アル!!」


 モニカが悲鳴を上げる。

 彼女の弟は吹き飛ばされた。無理もない。そして…今、雇い主であるファットマンが一人残された。


――何をしているんだろうか 俺は


 ボイドは、血を失ったからか自分の思考まで冷えるような気になった。

 武家の次男だったのだ。スペアとしての教育に、迫りくる鎧の対策も含まれていた。

 よって鎧を前に生身で飛び出す無謀さも嫌と言うほど理解していた。

 だが鎧を目視した瞬間、彼から一切の余裕が吹き飛んだ。

 決闘の比ではない、濃厚な死の実感。

 それから逃れたのに…まだ死は遠くはなってくれないようだ。


「…ぁぁッ」


 奥歯を噛みしめる。

 もういいかと、諦めたかった。

 だが自分を抱きかかえる少女とその弟の姿が頭から離れない。

 ボイドは、今から自分がやろうとしていることの愚かさを考えた。


――おそらく、鎧に討たれるのではなく自滅する可能性の方が高い。


 今でも死にかけなのに、更に死に近づくのか。

 そう臆病な自分が、いまさらながら「死にたくない」と叫んでいる。

 それでも怖気を全てねじ伏せた彼は、ただただ己の魔術盤を回す。


 

 魔術盤は、魔法使いなら誰もが己の内に持つ仮想の盤である。

 この古い何某(なにがし)が見出した盤は、二つの機能を持つ。

 

 一つ、魔法使いの内側から湧きだす魔力を受け止める大皿。

 二つ、盤に描かれた魔法を成すための計算尺。

 

 逆説的に言えばこれら二つの機能が正しく働く魔術盤を抱えねば、一個の魔法使いと言えない。

 魔法が操れぬ人間は一つかその両方を欠いているのだ。


 この世界で、ボイドの理解上では魔法とは技術である。

 この仮想上の―――いくつもの盤が層として重なる魔力に濡れた大皿―――魔術盤に魔法を書き込むことで初めて魔法は術者のものとなる。

 書き込まれた魔法は一つの物語であり歴史であり技術体系であった。


 この世ならざる(おきて)を成すための計算こそ、魔法の核。


 盤に書き込まれたこの脈々と受け継がれる魔法を現す為に、魔法使いは世界に干渉するための贄、そして盤を回す潤滑油として己の命より湧く魔力をつぎ込んでは、盤を正しき形で回し計算を解く。

 その解が、魔法としての発露。 

 計算が複雑であればあるほど、盤に刻まれた魔法が多いほど、盤を回すために魔力は消える。

 そうして盤が巡るほどに、盤上の魔力は枯れ、乾いた盤は痛みを術者に与える。 


 ボイドは今まさに、己の魔術盤を割りかねない速度で回す。

 そして己が知る中で最大の威力故に家人が禁じた大魔法を彼は放った。


「____________ッ!!!!」

 


 雷魔法の難点は、持続時間にあった。

 火、風、水、土、金が比較的長く現世に留まるのに比較すると、雷、光、闇は持続する時間が極めて短い部類に入る。魔力の燃費もまた悪い。

 だが、それを補って余りあるほどの威力もまた事実。


――持続時間が短いならば、それを補ってやればいい。

 

 古の魔法使いが考えたアイディアは、現代まで続いている。

 バンタン家がその解決に用いたのは、自身の血肉を魔法の燃料として焚くことであった。

 

 ボイドは自身の右腕を弩に見立てる。

 矢は血、弓は骨、弦は肉。彼が放った魔法は、その見たてのまま彼の右腕を燃料に発現する。





 ファットマンはケリーを肉の盾として使うかと考え、諦めた。

 コレは死ぬ。死ぬしかない。彼は理解し、“術”を編んだ。


――今回は俺の敗北だな


 さあ、殺せと開き直り、死なれても寝ざめの悪いケリーだけは放り投げた。

 鎧が軋む。見ればボロボロだ。

 洗脳の光魔法しか使えないこの鎧だが、おそらくその炉の機能の大半が乗り手として捕えられたものを傀儡とするための魔法で埋め尽くされているが故であろう。

 ファットマンは、敵の正体にあたりを付けながら死を待った。


 だが、ファットマンを血達磨にする筈の槍は来なかった。


……血かと見間違うほど赤い、雷の矢が鎧をしたたかに打ちぬいたからであった。


 ファットマンは目を見開く。

 そして振り返らざるを得なかった。モニカが叫ぶ横で、ボイドが真っ青な顔で笑った。

 右腕は炭化まで見える酷い傷である。


「…笑えるのか、アイツ」




「バカじゃないの!!」


 そう叫ばれ、俺は悪い気がしなかった。

 また見たことのないモニカの表情が見れた。


「…悔いないさ」

 

 俺はそう右手を見る。見るも無残な俺の腕、直すのは容易ではないだろう。

 だが効き手を代償にしただけあった。鎧は機能停止一歩手前だ。

 

「俺もやるだろ、モニカ」


 俺は暗く塗りつぶされそうな意識の中、それだけ言った。

 本当は、さよならを言おうとしたけれど、それは叶わなかった。

 俺の意識は溶けて行った。



 

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