48■ 意地だから
鎧相手に立ち回る、モニカからボイドは目が離せなかった。
フレイザー姉弟の武は、ボイドの予想以上だった。
彼女を戦乙女と茶化し、発破をかけたつもりだったが…それすら今思えば恥ずかしくなった。
彼女は強い。流れるような所作で鎧の連撃を回避して見せるばかりか、最後の魔法すら見切った。
勝負勘と実力に、若い彼は痺れるような驚きを感じていた。
そうやってモニカを目で追っていたからだった。
胡乱な眼で、私兵の剣を抜き制止を振り切ってモニカに迫るミリベルに気付いた。
戦いの緊張と連続した魔法行使で倒れそうになっていたボイドだったが、気がつけば彼は走りだしていた。
助けねば、そう思ってはいた。
だが、ミリベルに魔法を打ち込むことを躊躇した気持ちが出たのか、ギリギリで間に合いそうにない。
「モニカ!」
せめて叫んだ、モニカは振り返る。
背後で敵の鎧と、ファットマン家の鎧が撃ち合う。
ボイドは魔法行使を諦め…モニカとミリベルの間に割って入った。
焼けるかのような感覚が胴に走った。
遅れて、痛みが襲う。
失神しそうになるものの、ミリベルの足を蹴って彼女を引き倒し昏倒させることになんとかボイドは成功した。
「ボイド!!!」
モニカの声が聞こえる。
…血が、止まらない。
ボイドは自分の体を見るが、みるみる内に鮮血が溢れ出す。
よればいいのに、モニカはボイドを抱く。
「早く止血を!」
泣きそうな顔をして、彼女はボイドに声をかけ手当てを始めた。
回復魔法は、使えなかったんだったか、彼女は。
ボイドは自分が知らない彼女の顔を見ながら、そんなことを考えた。
▽▽▽
ファットマンはモニカの神技を見ていた。
当然、直後のボイドの負傷も目視する。
「回復持ちはいるか?!刀傷だ!早く診ろ!」
己の立場で出来る強権を口に出しつつも、彼は鎧の方へと向く。
白兵戦となった鎧の戦いであったが、不幸にも敵が競り勝ったらしい。
左の脚部を破壊された味方の鎧が転倒した。
敵は味方の鎧へ止めは刺さず推進部の破壊を優先した。
そのまま追ってきた私兵やまだ動ける鎧を無視し、敵機はボイドとモニカに向かって動き出す。
―――何故だ? 俺も父もまだ息があるのに…
ファットマンにも理解できない敵の鎧の動き。
それを阻んだのは、屋敷の方から敵の鎧目掛け討ちこまれた水の槍だった。
鎧は直撃に、足を止める。
魔法による水の槍は水しぶき上げ砕け散り、直後真っ白に沸騰した。
「アルか!」
攻撃の主の名を呼ぶと同時、湯気に覆われた鎧の足元が突如ぬかるむ。
オハラ翁の土魔法である。敵は、連携した攻撃で手を止めるが、足元のぬかるみを喝破するとそのまま宙へと飛びあがる。
屋敷から一気に駆けてきたアルは、叫ぶ。
「鉄屑!!!」
人生で敵対し、最も苦労した使用人はファットマンの横を駆け抜ける。
敵はアルを目視したらしい。逃げおおせた何敵が再度、追いついたからか、一度逃げ去るようなそぶりを見せるものの、そのまま空中で身をよじる。
経験が警告する。その勘を信じた、ファットマンはその場から飛んだ。
一拍遅れて、敵が投げつけた槍がファットマンの近くに炸裂する。
体に擦り傷を作りながらも、ファットマンは跳ね起きた。
見れば敵は急加速でこちらへと向かってくる。
オハラとアルが魔法にて迎撃しようとするが、敵は被弾しながらも耐えきって槍を引き抜く。そして、空中で体を横に回転させ周囲を薙ぎ払った。
―――モニカはこんなのを捌き切ったのか!
ファットマンが直撃もやむなしと覚悟したその一撃を、オハラが魔法で呼び出した土壁が阻む。3枚の土壁を破壊してなおも止まらぬ一撃だったが、幾分か威力を落としたソレを最後に駆け寄ったアルが受け止めた。
真っ赤な顔をした従者は、剣が折れても鎧の一撃を受け止めた。
「…掴んだ!」
折れた剣を捨て、アルは槍に魔法を叩きこむ。
爆発に鎧はたたらを踏み、再度の光魔法を苦し紛れのように打ち込んだ。
ファットマンもアルも効果は無いが、目くらましとしての機能はまだ健在である。
「くそが!」
すかさず敵から距離をとったファットマンと違い、恐れなく前進したアルは再度魔法を構え飛びかかる。敵も疲弊してきている、彼ならば討ち取れるかもしれない。
ふとファットマンはそこまで考え、戦闘中にも関わらず疑問を抱いた。
何故かこの光景に既視感があり、その感覚に彼の直感が最大の警告を発していた。
――なんだ?先ほどもこんなことなかったか?
そう思った刹那、ファットマンは背後から突き飛ばされる。
態勢を崩すに至らなかったが、それでも彼は驚きをもって突き飛ばした相手を見る。
ケリーだ。それもミリベルと同じように剣を持っている。
「アル!!」
察するなり、喉を壊しかねない勢いで声を張り上げる。
頭に血が上ったアルは、視線だけファットマンにやる。
「逃げろ!」
続けようとする間に、ケリーを視認したアルに迷いが生じた。
そして鎧の狙いを覚ったファットマンが更に指示を出そうとする目の前で、ケリーはアルを刺した。
アルの目が驚きに見開かれ、直後彼は剣を抜くことなくケリーの衣服を掴んだ。
そこから動きを止めることなく、彼はその優れた膂力でもってケリーをファットマン目標にぶん投げた。
「頼みま――」
アルが言いきることは出来なかった。
敵は速度を優先して槍の石突きでアルをはじいた。
アルは、まるでボールのように吹き飛び屋敷の窓を突き破った。
ファットマンは片手でケリーを受け止めると、忌々しい鎧を見た。
バトルもそろそろ…