41 火薬庫への着火_前
ボイドから逃げて、我に返った。
駆けこんだ本館の廊下で、【記憶】が馬鹿にした口調で指摘する。
>おぼこがばれたな お嬢
>うるさい!
自分でも明確に言えないくらい、もやもやとしていた。
自分でも驚くほどボイドを意識していた。
…確かに恥ずかしい事を言われて動揺していたんだけど。
>しっかし、コミュ障だけあってドストレートだったわな
また顔が熱くなるのが分かる。
落ち着け、私。
ボイドが気になるのは、当然だろ。だって私、アイツを倒したんだから。
ヤツの関心は…
>おい、フリーズしてないか?
【記憶】に言い返す余裕もなかった。
心臓が激しい。あんなの不意打ちだ。
「……ふー」
息を吐く、心臓を落ちつけようと胸に手をやる。
「ないな、気の迷い」
自分に言い聞かせられるように私は口に出して言った。
「ボイドは、ない」
【記憶】は空気を察して黙っている。
私は、昼食に戻ろうと歩き出す。食べれば、忘れるだろう…そんなことを考えていた。
―――――――刹那、万雷のごとき爆音が館に轟いた。
「?!!」
大きく、地面が揺れる。
咄嗟に館の壁に手をついて、転倒を避けた私は周囲を見る。
「なに――?」
私の独り言に、返事をするかのように少女の悲鳴が続いた。
「いやぁああああああ!!ファットマン様ぁあああああああああああ!!!」
ケリーちゃんの絶叫。
私は、弾けるように駆けだした。
>バカか?!お嬢!?何やってんだ?!!
>女の子が助けを呼んでるじゃないのよ!!
>こんの…お人よし!!
【記憶】の指摘を跳ねのけ、私は大急ぎで声の元へと走る。
近づくほど、何かが軋む音、そして“聞きなれた音”がする。
そう、まるで検査をかけている時のヨロイのような…
「ケリーちゃん!!」
不作法を承知で、応接間の扉を開け放つ。
私の目に飛び込んできたのは…
「ヨロイ?!」
石膏か何か…白い破片を散らす、銀のヨロイ。
大きさは、現在主流のヨロイより二回り小さい。だが、私は直感で覚った。
「ケリーちゃん、ソレ、鍛造!!しかも名工の一点物よ!」
そう私は叫びながら、応接間を見る。
腹部に大穴が空き、倒れる金貸し。腰を抜かしたケリーちゃんは、鎧に睨まれ動けない。私は、そこで違和感を覚える。
変だ、メイド長がいない…
来ていた筈の美術商は? そしてこの鎧の鎧乗りは…?
「モニカさん!!見ちゃ、駄目です!!」
ケリーちゃんが、叫ぶ。
直後、鎧が眩いばかりの閃光を放った。
「?!!!」
グラリ、頭の中に違和感がある。
焼きついた目が見えない筈なのに、私は…そうだ…ああ…あれ?
この鎧の指示を、私、聞かなきゃいけないんじゃないか?
あれ…あれ?
「ッ!!!」
どうにかなりそうな思考を断ち切るため、私は思いっきり顔を叩いた。
その痛みで無理やり自分を確かめ、私はケリーちゃんに叫ぶ。
「ケリーちゃん動いて!」
「足が、足が動かないんです!」
腰が抜けたケリーちゃんは、じたばたと動く。
光魔法の洗脳を跳ねのけた私を、鎧は見逃さなかった。
ぎりぎりと関節を固定していた石膏を破壊しながら、得物の矛を取る。
>お嬢!ヤバいぞ!
>わかってる!!
瞬時に、魔法を二つ呼び出す。
【何か】を倍つぎ込んで、発動までの間を潰す。
全身をありえない痛みが襲うが、それを歯を食いしばって耐えつつ、私は魔法を発動する。
「モニカさん!!」
ケリーちゃんの悲鳴を合図に身体強化で跳躍する。
直前まで私がいた場所に、矛が突きささる。一歩で、ケリーちゃんのところまで私は飛び込むと、断りを入れケリーちゃんを持ち上げた。
「逃げるわ!」
視界の端に鎧の次の動きを捕えた。
調度品や壁があることも承知の上で、銀の鎧は矛を薙ぎ払う。
「きゃああああああ?!!!」
女の子一人抱えて、無理やり跳躍する。
当たれば即死の薙ぎ払いを回避するも、高速で天井が迫る。
そんな中、私は強引に体を捻る。スカートがめくり上がるのも承知で天井を蹴り、更に加速する。
グッと慣性がかかる。ケリーちゃんが私の首を締めるように力を込めるが、止める暇がない。
「チッ!」
鎧を飛び越えるが、敵は反応した。
ぐるりとそのまま一回転しつつ矛を振り回す。
床に着地と同時、ガツンと目の前に矛が突き刺さり、ケリーちゃんが絶叫する。
>お嬢!
私はケリーちゃんを背後に投げ、飛び上がりながら二つ目の魔法を発動。
自重操作で自重を1/10まで削る。
二度目の薙ぎ払いが来る中、私は跳躍中にケリーちゃんのメイド服を握り、跳躍の頂点で天井を掴んだ。びしりと軋むものの、少女二人の体重がかかっても天井が抜けることは無かった。
鎧が私たちに向けて再度、突きを放つための予備動作を目視した私は、ケリーちゃんに大声で先に言った。
「絶対痛いけどごめん!!」
足を振り上げ、同時に自重を5倍まで引き上げる。
天井が軋むとほぼ同時に私は渾身の力で天井をけっ飛ばす。
天井を大きくへこませつつ、私たちは矢のように加速する。
矛が天井へ突き刺さるのを見ながら、私はケリーちゃんを抱き締めつつ、壁に向かって拳を振り上げ、来るべき衝撃に備えた。