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40■ 少年三人


 朝食の席であった。

 (ファットマン)は美術商を呼びつけた父を忌々しく思いながら見送った。

 領地経営的に、美術への投資は控えて欲しいのが彼の本音だった。

 だが、海千山千の社交界と言う国政の伏魔殿を生きる父の息抜きだと思えば、強くも言えない。

 世間的に自身が後継者だと目されているが、現党首は“金貸し”のままである。

 父が釘を刺したように、今の自分では当主としては若すぎる。

 ままならないと、(ファットマン)は飯を食いつつ美人なメイド長と父親を見送った。


「若は良いのですか?」


 御者兼従者の下男が話しかけてくる。

 

「別に不要だよ。茶器、花器、絵画、彫刻…欲しいものは何もない」


 下男は下がる。が、彼は思い出したように「そういえば」と質問してくる。


「劇場を買うか建てようという案は、若だったと記憶してますが」


「ああ、父上の金を他の業者に入れるのは不愉快でな」


 下男に答えつつ、ファットマンは話題を変えた。


「ボイドはどうだ?」


「…何事もありません」


「含みがあるな」


「オハラ翁に付けた為、私兵の若い者から侮られているようです」


 ファットマンは、食事の手を止めなかった。

 丸パンにバターを塗りつけながら、彼は答える。


「放置だ。古兵のオハラはお前も知るだろう?」


「はい。オハラ翁の武勇は屋敷の古参なら知るところです」


「なら、何が不満だ?」


 ファットマンはパンをかじりながら、下男を見る。


「若い衆ですから…」


 下男が言葉を濁して、ファットマンは不快そうに眉を寄せる。


「腕っ節だけの荒くれどもが」


「先代からの流れですので」


 ファットマンはパンを飲み込む。

 

「……ガス抜きさせるか」


「それがよろしいかと」




 食事を終え、外に出る。

 ファットマンも学園への出席を自粛していた。

 ボイドが除籍、関係者が謹慎の中、自分が通学するのは角が立つ。

 決闘後、各方面の動きを見極めるために出席したのが唯一の例外である。


 さて、部屋で二度寝でもするか…


 ファットマンがそんなことを考えていると、ミリベルに声をかけられた。


「おはようございます、デヴィドさま」


「ん?ああ、おはよう」


 ファットマンはミリベルを見る。

 

「お話が…」


 ミリベルは、そこで言葉を止めた。

 はて、何か言われることでもあったかとファットマンが考えていると、頬を赤くしながらミリベルが言った。


「アルジャーノンとお付き合いしたら、どうなりますか?」


 落雷のごとき衝撃だった。

 ファットマンは目を見開き、ミリベルを見た。


「え?」


 言葉が浮かばない。それでも彼は頭を回し、状況を精査する。

 まったく予期せぬところからの、予期せぬ発言にファットマンは混乱したものの返答を絞り出す。


「それは、フレイザー君とゆくゆくは家庭を持ちたいと?」


「…はい、出来ることなら」


 即答されて、ファットマンは胃が痛くなった。

 朝食がここで胃の中で主張を始める。ファットマンは、息を吸い込み呼吸を整える。

 思い出せ、そうファットマンは記憶を探る。


 彼女とアルジャーノンが幼馴染だとは聞いている。

 それによりアルジャーノンが一度、ミリベル奪還のために我が家を襲撃したのは事実だ。

 だがヤツ本人に聞き取りした結果、その行動は義憤からだったとも俺は知ってる。

 それ以降の二人に怪しいところは無い。

 ミリベルの片思いだなんて聞いてもいないぞ……


 ファットマンはカラカラになった口を開き、ミリベルに質問した。


「それは…父上に確認したのかな?」


「いえ、まだです」


 ファットマンは安堵した。

 父なら即答で「おめでとう、好きにしたまえ」と言うに決まっている。

 歌姫が結婚する影響も、何もかも父は考えない。


…大ジャン劇場の歌姫が結婚ってなったら俺が勘ぐられるだろうが!!

 それに今後の興行的収入、未来のミリベルをダシにした俺のスケベオッサン懐柔策が潰れる!!


 ファットマンは叫びたくなった。 

 素晴らしい才能がある『女性作家』だけを支援する父。

 彼は政治的な駒として、そんな美術家を扱える筈なのに、それをしない。

 本人が「美術は政治に用いてはならない」と言う美学を公言しているため、もし仮にミリベルとアルジャーノンが結婚するとしても父は何もしない。いやむしろ推奨するだろう。

 それによって、ミリベルの興行的価値が下がることを知っていてもだ。 


「…ミリベル」


 言いかけて、ファットマンはハッとした。

 父がミリベルを囲う時、反対したのは俺だった。

 自由に|(貴族と)恋愛してもいいと、言ったのも俺だったような気がする。

 

 不味い。


 ファットマンは冷や汗をかく。

 父の審美眼に叶うだけあり、ミリベルは美系である。

 そして才能もある。

 「ぜひ、養女に…」そんな貴族も少ない。なんならファットマン自身も養子縁組の上、自分の義理の妹として政略の駒使う積りだった(実際ミリベルには貴族教育を受けて貰っている)。


「そこまで…アルジャーノンが好きなのか?」


 なんとか絞り出すと、ミリベルは頬を染めつつ頷いた。

 この反応でファットマンは、やっと冷静になった。


 こりゃ黒だ。もうどうにも出来ない。そう彼の勘が告げる。

 しかし、ファットマンとて“惚れた”“はれた”で流せる問題とミリベルの恋を軽視するつもりがなかった。


「けれど彼は平民だぞ」


 そう言うと、ミリベルは怪訝そうな顔をする。


「君はほぼ貴族だ」


 ファットマンは、淡々と事実を言う。

 ミリベルは困ったように、言う。


「…でも!私稼いでます!」


「そうだ、でもそれも我が家あってこそだ」


 ミリベルは戸惑った様子だ。


「もろ手を挙げて祝福とは言えない…少し考えてほしい」


 ファットマンは、直近の危険に対しミリベルの決心を揺るがせるような文言を投げて逃げ出すことにした。くるりとミリベルに背を向けて、自室へと向かう。

 ふと窓から、ボイドとモニカが見えた。

 真っ赤な顔をしてモニカがボイドから駆けていく。

 

「ああ…どいつもこいつも…」


 自分がクララに手も足も出ないのに、好きだ嫌いだと甘酸っぱいことしやがって…

 ファットマンは内心に嫉妬と偏見の暗い炎を灯しながら部屋に引っ込んだ。



▽▽▽



 ボイドは走って行ったモニカが良く分からなかった。

 なぜ走っていくのだろう?と彼は不思議に思った。


 気になる人の質問だが、実際にボイドはモニカが気になっていた。

…武門の家の出の俺に匹敵する武、そしてヨロイを扱う才能。

 気にならない筈がなかった。

 また、あのヨロイを断った魔法も気になる。


「あの鎧斬りの技を知りたいだけだったんだが」


 そう一人呟くと、ボイドは視線を感じた。

 見上げると、ファットマンがとてつもなく不快そうな顔をしている。


「…」


 不幸なことに、ボイドはそこで勘違いをした。

 なるほど、モニカはファットマンに好意を抱いているのか。

 奴は口も顔も態度も悪い。が、目的に対しては真摯である。

 そして領地経営にも見解があり、寄り子からは忠誠と信頼を勝ち取っている。なにより金持ちだ。

 

 そうか、モニカは道ならぬ恋をしているのか…

 

 ボイドは一人納得した。

 平民が貴族、それも伯爵の正妻に収まるのはほぼ不可能だった。

 濃い血の呪いを避けるため、時折高位貴族が法衣貴族や下級貴族から婿取り、嫁取りをすることは多々ある。しかし、それでも一応は何処かの家の養子となり家同士の婚礼と言うことで落ち着く。

 

 ボイドはモニカのことを考えた。

 

 彼女がファットマンの正妻になるのならば、少なくとも男爵以上の家の養子とならねばならない。

 だが、ファットマンは悪名高くもその財産は本物だ。

…伯爵家の後継者として、彼は上は公爵家から下は騎士爵まで、色々な令嬢を伴侶として検討できる立場である。一平民であるモニカが、その好敵手達に勝てる望みは薄そうだ。


…悲しいかな妾として寵愛を得ても、後ろ盾がなければ底からの人生は寂しいものになるだろう…


 ボイドはそう、立ち去ったモニカの背中に失礼な結論を見出していた。

  


▽▽▽



「おい、アル。どうしたんだ?」


 夜勤のため夕方まで半休だった俺は、私兵の詰め所で同僚バカどもカードゲームをしていた。

 汚いテーブルにて、俺はゲームの順番が巡ってくることも忘れるほど考えていたのか…

 自嘲しながら、俺はテーブルの上のデッキ、手札を交互に見る。

 役は出来ていない。俺は、周囲を見る。

 だれもビットはしていない、らしい。


「考え事だよ。パス」


 山札からドローしつつ、俺は知人に返事を返す。


「へえ、アルが考え事ね」


 コインを賭け、相手もパス。

 一巡したらしい。これで二巡目が終わり、三巡が始める。

 役が出来る奴もそろそろ出るだろう。俺は、カードを見やる。


「ケリーちゃんか?」


 4人でゲーム中だった。俺の対面のバカの指摘に、俺は堪らず噴き出した。


「なんでケリーなんだよ!」


 俺が言うと、3人の視線がキツくなる。

 

「おい、アル」


「んだよ」


「おめえ…ミリベル様は友人だって言ったよな?」


 ドスを効かせ、メンチ切られつつ、俺は指摘された。


「ああそだよ。幼馴染で、友人だ」


 言って、少し違和感を感じた。


「分かった。答えは変わってねえな、んん!!で、ケリーちゃんはどうなんだ、え?」


「……同僚」


 少し答えに困った。

 同僚だ、ケリーは。可愛いけど、同僚だ。たまにあざといけど同僚だ。

 うん。俺の反応は普通だ。


「「「ギィルティィィィィィィ!!!」」」


 全員からの大声の返答に俺は驚いた。

 言い返そうとする前に、胸倉を掴まれる。


「いいか、アル。お前はわかっちゃいねえ」


「何をだよ!」


「うちの女中(メイドズ)はみんなキレイどころだ」


「……かもな」


 俺が言うと横から叩かれた。

 後で覚えてろ、くそ。


「お前は目つきが悪いが、良い顔している」


「やめろ、地味に気にしてる」


「そう、片方だけ目隠ししていても、お前は女中(メイドズ)から悪い扱いはされねえ」


「なんなんだよ!お前ら俺が嫌いか!」


 俺が叫ぶと、即座に「色男って事実は嫌いだ!」と全員から熱い答えが返ってきた。

 

「お前ら…」


「だがなあ、俺らにも優しくしてくれる女中(メイドズ)でケリーちゃんは天使だ!」


 激しい同意が上がる。


「その天使から好かれている!てめえは有罪だ!」


「付き合ってもねえよ?!同僚って言っただけだろうが!!」


 俺も負けじと声を張り上げると、大ブーイングが湧く。


 「色男は死んでね、すぐでいいよ!」「これだからヤリ●ンは」「同性愛に目覚めようか?」


…おい、外野、好き勝手言ってんなよ?!


「ケリーちゃんは同僚で無い、現代の天使だ。いいね?」


「……えぇ…じゃあ、ミリベルは?」


「女神様か聖女様に決まってんだろ」


 詰め所にいる全員が同様の反応だった。

 俺は困惑しながら、言う。


「で…ケリーの事を考えて何が問題だって?」


 俺が言うと、やつらは言った。


「ケリーちゃんが幸せになるべきだと俺らは考えてる…しかぁあしッ!!」


「煩い、暑苦しい!やめろ!」


「やめん!!!いいか、アル!!俺たちはケリーちゃんの幸せを祈ってるが、その相手ってのは俺らが認めた奴でねえとイケねえ!!」


「……は?」


 俺が意味が分からず、周囲を見る。


「告白もよし、お付き合いもよし、ただそんなケリーちゃんのお相手ってのは我々が祝杯をあげてやらねばならん…」


 俺は、ぞっとした。

 え、何?仮にケリーとソレになったら、こいつらからの襲撃があるってこと?


「マジ?」


「マジだ」


 俺は呻いた。


「…ええええ」


 俺は、ただただ困惑していた。


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